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冒険者になりたいと都に出て行った娘がSランクになってた 作者:門司柿家

帰って来た娘

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十八.せっかくの春告祭だというのに


 せっかくの春告祭だというのに、ベルグリフは全身の筋肉痛に顔をしかめていた。
 昨日のアンジェリンとの立ち合いで、普段しないような動きをしたのもあるし、全力を超えたような無理な力の出し方をしてしまった。体が動かす度にぎいぎいと軋みを立てるようだ。
 けれど、それだけの事をした意味はあった。アンジェリンが自分の知る以上の動きが出来るという事が分かったのは僥倖だ。
 自分如きに勝てたからといって絶対安全とも言い切れないが、少なくとも見破られる癖のある動きばかりしているわけではないらしい、という事はベルグリフを安心させた。

 だが、親子の縁を切るぞ作戦は、その反動も凄かったらしく、昨日の立ち合い以来アンジェリンがべったりくっついて離れない。
 頬を膨らまし、終始不機嫌そうにベルグリフに抱き付いている。
 いい加減で引き離そうとすると「がるるる」と唸って威嚇するので手が付けられない。

「……アンジェ」
「……なに」
「その……お父さんが悪かったから、もう離れてくれないか?」
「だめ……まだ許さない」

 結局、アンジェリンを背中にくっつけたまま春告祭に出掛け、村人たちはそれを見て大笑いした。
 ケリーが笑いながらベルグリフの肩をつつく。

「わっはっはっは、おいベル! 随分でっかい赤ん坊だな!」
「はは、ちょっとな……アンジェ、笑われてるよ。もう降りたらどうだい?」
「やだ!」

 より一層力を込めて抱き付くアンジェリンに、ベルグリフは諦めたように苦笑した。
 秋祭りと違って村人ばかりの祭りだから、礼拝は教会で行う。モーリス神父が祈りの言葉を捧げ、村人たちは目を閉じて手を合わせる。
 自然の厳しさを知っている人々は不思議と敬虔である。トルネラの人々もその例に漏れないが、この辺りは帝都や公都などと違って、自然に対する土着の精霊信仰のようなものと、ヴィエナ教とが自然に混ざったような信仰を持っている人が殆どだ。主神ヴィエナも敬い、自然の精霊にも感謝をささげる。ベルグリフもそうだ。

 さて、礼拝が終わると広場に出て飲めや歌えの大騒ぎだ。
 旅のジプシー程の上手さはないが、村の演奏上手が楽器を持ち出して賑やかに演奏し、若い娘たちがくるくると舞い踊る。
 大鍋でシチューと粥が煮られ、干した山葡萄や岩コケモモを練り込んだ甘いパンが出、たき火で肉や魚が炙られ、林檎酒の樽が開けられる。
 アンジェリンがオルフェンから持って来た数々のお土産も、この際だからここで振る舞ってしまう事にした。トルネラでは中々味わえない砂糖菓子や蒸留酒に村人たちは喜んだ。ようやく家の中が片付いて来て、ベルグリフもホッとしている。

 ベルグリフは広場の隅の方に腰を下ろして、演奏や踊りを眺めて林檎酒を舐めた。アンジェリンも抱き付くのは止めたが、ベルグリフの脇にぴったりと寄り添って、同じように林檎酒を飲んでいる。
 その光景を見て、アネッサとミリアムは何だか可笑しくなってくすくす笑った。アンジェリンが怪訝な顔をして見る。

「……なに?」
「いやあ……親子だなあ、って思って。なあミリィ?」
「うん。仲良しー」
「そうだろう……ふふ」

 アンジェリンはにんまりと笑い、ベルグリフにぐいぐいと体重をかけた。筋肉痛に拍車がかかり、ベルグリフは顔をしかめた。

「……アンジェ、あんまりのしかかられると痛いんだが」
「だめ。大人しくしてて」
「むう……」

 ベルグリフは諦めたような曖昧な顔で顎鬚を撫でた。
 あちこちで談笑があり、陽気だが調子っぱずれな歌声に笑い声が上がる。村の若い男たちがもじもじしながらアネッサやミリアムに料理を取り分けたり花を贈ったりして、それで村娘たちに小突かれている。

 もうじきアンジェリンたちもオルフェンに戻る。彼女たちはオルフェンでも必要とされているのだ。戻らなくてはならない。
 それを思うとベルグリフは少し寂しかったが、娘が評価され、頼りにされているのは嬉しい。素直に気持ちよく送り出してやらねば。
 そんな事を考えているうちに、自分でも気づかないうちに林檎酒を何杯か空けていたらしい、ベルグリフは少しふわふわした良い気分になって来た。体が鈍感になったのか、筋肉痛もさほど辛くはない。
 不機嫌そうにしていたアンジェリンもすっかり表情が和らいで、ぽわんとした目つきで何処ともなく遠くを見ている。

 そこにホフマンが上機嫌な様子でやって来た。

「おうベル! 飲んでるかあ?」
「ああ、いただいてるよ。今年も春告祭は良い天気だな」
「ははっ、精霊と主神ヴィエナのお恵みだ!」

 そう言ってホフマンはベルグリフの隣にどっかりと腰を下ろした。

「でよ、街道の整備の件なんだが」
「ふむ……どうなってる?」

 ベルグリフは前のめりになって膝に肘を突いた。
 アンジェリンが帰って来てから、ベルグリフは村の会議には時折顔を出すくらいで、参加らしい参加はしていない。見る度に侃々諤々だか喧々囂々だか、ともかく大騒ぎになっているからどういう話になっているのかも知らない。
 ホフマンはにやりと笑って手にした林檎酒を一口飲んだ。

「爺さま連中は難色を示していたがね、昨日でようやく皆折れてくれた。大手を振ってボルドー伯に返事が出来る」
「そいつはよかった。トルネラも世間に取り残されずに済むな」

 ホフマンは声を上げて笑った。そして懐から手紙を取り出す。

「ついてはだ、ベル。この返事をボルドー伯に届けたいんだが……頼まれてくれるか?」
「俺がか?」

 ベルグリフは怪訝な顔をして林檎酒を含んだ。ホフマンは頷く。

「大事な手紙だからな。確かな奴に任せたいんだ。お前は腕も立つし、何よりボルドー伯からの信頼がある。手紙を届けて、詳しい話があれば聞いて来て欲しいんだ」
「……それは村長の仕事だと思うんだがなあ?」

 ベルグリフがいたずら気に笑うと、ホフマンは口をへの字に曲げた。

「俺の礼儀が変だと言うから、お前に頼んでるんじゃないか」
「拗ねるな拗ねるな。分かったよ」

 笑いながら林檎酒を飲むと、横に座って聞いていたらしいアンジェリンがひょいと身を乗り出した。

「……いつ行くの?」
「ん? ああ……いつだ?」
「そうだなあ、早い方が助かるなあ……」

 それを聞いて、アンジェリンは目を輝かせてベルグリフの腕に抱き付いた。

「それなら……わたしたちがオルフェンに行く時に一緒に行こう、お父さん!」
「む……そう、だな。そういう手があったか」

 確かに、アンジェリンたちも間もなくオルフェンに戻る。その時に馬車を駆って一緒に行けば時間も短縮できるだろう。何より一緒にいられる時間が増える。アンジェリンからすれば、ベルグリフと一緒に旅が出来るなんて最高の体験だ。
 ベルグリフは杯に残った林檎酒を干し、頷いた。

「そうしようか。アンジェたちに守ってもらおう」
「やった……! いつにする!?」
「早い方がいいなら明日でもいいんだが……アンジェ、お前はもう少しトルネラにいたいんじゃないのか?」
「ううん、お父さんと旅が出来るなら平気……明日ね!」

 アンジェリンは嬉しそうに立ち上がり、村の若者をあしらっているアネッサとミリアムに声をかけた。

「明日オルフェンに戻るぞ! お父さんも一緒!」
「えっ! ベルさんも?」
「わあ、ベルさん復帰するんですかあ!?」

 二人は興奮した様子で駆け寄って来た。ベルグリフは慌てて手を振る。

「違う違う、別の用事だよ。俺が行くのはボルドーまで」
「え……そっか、残念……」
「ぶー、ベルさんと冒険できると思ったのにー」

 アネッサは残念そうに頬を掻き、ミリアムは不満そうに頬を膨らます。いつの間にか随分慕われていた事を知り、ベルグリフは苦笑して顎鬚を撫でた。照れ臭いが、まんざらでもない。

 ともあれ、そうと決まれば準備をしなくてはならない。まだ春告祭の盛り上がりはあるが、ベルグリフたちは家に戻り、荷物をまとめる。
 ボルドーまで行って戻って来るならば一週間近くは家を空ける事になるので、掃除もしておく。留守の最中に鼠にあれこれかじられなければいいが、とベルグリフは大事なものは丈夫な箱にしまい込んだ。
 しかし、筋肉痛のせいか、いつものように滑らかに動けず、準備にやたらと時間がかかってしまった。
 そんな風にあれこれ準備しているうちに日が傾き、すっかり暗くなって来た。広場の春告祭も宴たけなわを過ぎたらしく、村人たちは三々五々散って行き、いつも通りの夜が来ようとしている。

 春告祭でとうにたらふく食べたから、夕飯を一々作ろうとは思わない。
 ベルグリフはホフマンに確認する事があると出かけて行った。一緒に旅に出られるという事で機嫌を直したらしいアンジェリンは付いて行くとは言わず、家に残った少女たち三人は体を拭いた後、暖炉の前でぼんやりと座っていた。
 ミリアムがぽつりと呟いた。

「はー……なんかあっという間だったなー……」
「うん。二週間はいた筈なのに、なんだか凄く早い感じ」

 そう言って、アネッサは抱いた膝にぽんと顎を乗せて嘆息した。

「どうしよ……ゆっくりし過ぎて元の生活に戻れるか不安……」
「うわー、そうだ。勘が戻るかにゃー……アンジェとベルさんの鍛錬には付き合ってたけどねー」
「わたしらは前衛じゃないからな……うん、でも大丈夫だ。多分」
「そうそう、リフレッシュした分パワーアップできる筈だー。アンジェもビシッとやられたし、オルフェンに戻ったらパワーアップかなー?」

 寝床に仰向けに転がるアンジェリンの脇腹を、ミリアムは指先でつついた。アンジェリンは「むう」と言って身をよじった。

「……わたしは元々油断したりしない。お父さんが特別なだけ」
「おいおい、そんな事言ってたらまたベルさんに怒られるぞ」
「ふふーん、親子の縁切られちゃうかなー? そしたらわたしベルさんにお父さんになってもらおーっと」
「何だと……! 許さんぞミリィ!」
「きゃー」

 アンジェリンはミリアムに飛び付いてくすぐった。二人はけらけら笑いながらじゃれ合う。暖炉の近くだからアネッサがはらはらした表情で、しかしどうしていいか分からないらしい、体を左右に動かして、じゃれ合う二人を見ている。

 オルフェンで日々魔獣を倒していた生活と、トルネラでのここ数日の暮らしはまったく別物だ。このSランク冒険者のパーティも、すっかり力が抜けてしまっていた。
 オルフェンの休日は刺激があって目まぐるしくて、確かに楽しいが、こうやって体を休めるという感じではなかった。
 それがここ二週間ばかりは何の煩いもなく、日々のんびりと仕事をし、雑踏とは程遠い野山を歩き回り、夜は暖炉の前で談笑する。その心地よさに根が生えたようになってしまって、いざ帰るという時になって、どうにも気持ちが落ち着かないのであった。

 そこにベルグリフが帰って来たらしい、どんどんと扉が叩かれる。
 ミリアムとじゃれ合っていた筈のアンジェリンが瞬く間に扉に駆けて行き、開ける。外気がひゅうと入って来て、暖炉やランプ、蝋燭の火を揺らした。
 ベルグリフは外套を脱いで壁に掛けながら、筋肉痛に顔をしかめ、寒さで固くなったらしい首をくきくきと鳴らした。

「やれやれ、夜はまだまだ冷えるな……皆、寒くないかい?」
「大丈夫でーす」
「最初の頃より随分暖かくなりましたよ。慣れただけかも知れないですけど」
「それはよかった。けど慣れたところで帰るのも惜しいかな?」

 ベルグリフはそう言って笑いながら薪を取って暖炉にくべた。その背中にアンジェリンが飛び付く。

「お父さん……明日はいつ出る?」
「寝床を片づけて、朝ご飯を食べて……昼前には出ないとな。そうでなきゃ野宿になる」
「ん! 分かった!」

 アンジェリンはにまにまと笑いながらベルグリフの髪の毛に口元をうずめる。一緒に出掛けられるのが嬉しくて仕様がないといった様子だ。
 ベルグリフは苦笑しながら靴を脱ぎ、寝床の毛布の上に腰を下ろした。それから注意深く右の義足を外して古布で丁寧に拭き、脇に置く。

 不意に誰も口を閉じて静かになった。
 外で風が吹いて戸をがたがたと揺らす。くべた薪に火が移って燃え上り、ちろちろと揺れた。静かになると、ちょっとした物音がやけに大きく聞こえる。
 ミリアムは小さく揺れながらぽやぽやと目線を何処ともなく泳がせ、ベルグリフの背中に抱き付いているアンジェリンも目をうっすら半開きにしてまどろんでいる。

 ぱちん、と木がはぜて火の点いた炭が暖炉の外に転がり出た。ベルグリフは事もなげにそれを手で掴んで暖炉に放り込んだ。アネッサが驚いてベルグリフを見る。

「あ、熱くないんですか?」
「ん? ああ、炭かい? 長い事野良仕事やら剣を振るやらしてたら手の皮が厚くなってね。そりゃずっと持ってれば熱いけど、一瞬持って放るだけなら大丈夫だよ」

 そう言ってベルグリフはアネッサに手の平を見せた。確かにごつごつと固く分厚い。
 アネッサは思わず触ろうと手を伸ばし、ハッとして顔を上げた。

「あの……触ってみても?」
「ん、いいよ」

 そうっと触れてみる。何とも言えない感触だ。豆が潰れて固くなった所も多く、その隙間に土や汚れが入り込んで取れていない部分もあった。
 しかし、嫌な感じはしない。何だかベルグリフの生きて来た証そのもののようだ。
 それゆえに、まだ自分がほんの若造だと感じさせられるような気がして、アネッサは何だか恥ずかしくなった。

「……すごいな。こんなになるまで色々頑張ったんですね」
「なに、不器用だっただけだよ。他にやりようがなかったのさ」

 ベルグリフはくつくつと笑い、手を伸ばして暖炉にかかっていた薬缶を取り、杯に白湯を注いだ。

「さて、トルネラの外に出るのは久しぶりだ……おじさんをきちんと連れて行ってくれよ? 冒険者さん」

 ベルグリフはおどけたように言って、白湯をすすった。アネッサはくすくすと笑う。
 うとうとしていたらしいアンジェリンがハッと目を開けて、もそもそとベルグリフに抱き付き直した。

「眠い……」
「うん、明日もあるからもう寝ようかね……ミリィちゃんはもう寝てるみたいだし」
「あ、ホントだ……」

 アネッサも気付かなかったが、ミリアムはとうに寝床に仰向けになって寝息を立てていた。
 ベルグリフはアンジェリンを寝床に転がすと、立ち上がってランプを消し、蝋燭を吹き消した。暖炉の火の明かりだけになり、天井の隅や壁際はすっかり宵闇が包んでしまった。
 毛布をかぶり、横になる。
 アネッサも起きてこそいたが眠かったようで、しばらくするとすぐに寝息が聞こえて来た。

 ベルグリフは目だけ閉じてじっとしていた。隣にいるアンジェリンの息遣いと、時折暖炉の木がはぜる音が聞こえる。
 こんな形でトルネラから外に出る事になるとは思わなかったが、これはこれで面白い。娘と一緒というのもいいじゃないか。何だかんだいって、アンジェリンがオルフェンに行ってしまうのはベルグリフも寂しいのである。少しでも一緒にいられて悪い気はしない。

 ただ、自分がトルネラを出ると、魔獣などの対策をどうしようと思う。しかし、さっきホフマンにそれを言うと笑い飛ばされた。
 曰く、ベルグリフが剣を教えた若者たちの中でも、それなりに腕の立つ者が居るから安心という事。また、ベルグリフがいない事でどうにかなるのであれば、そもそもトルネラなぞ存在していない、という事だ。
 それは確かにそうかも知れない。自分が気負い過ぎていたというか、うぬぼれていたというか、ちょっと恥ずかしい気分である。

 ともあれ、寝なくてはいけない。しかし年甲斐もなく高揚しているのか、中々寝付けない。じっとしていると筋肉痛も気に障って仕様がない。これだけ続くとは、余程昨日の動きは無理をしたのだと思う。
 羊でも数えてみようかと思っていると、横で寝ている筈のアンジェリンが、小さく言った。

「お父さん……起きてる?」

 ベルグリフは目を閉じたまま小さく答えた。

「ん……起きてるよ」
「えへへ……なんか寝れない……さっきまで眠かったのに」
「そうだな……お父さんもだ」
「あのね……このままオルフェンに来ない? わたし、お金いっぱい稼げるし……お家だって広い所を借りれば二人で住めるよ……?」

 ベルグリフはしばらく黙ったまま目を閉じていたが、やがてゆっくりと手を伸ばしてアンジェリンの頭を撫でた。

「嬉しい事を言ってくれるね」
「……じゃあ?」

 肯定と受け取ったのか、嬉しそうなアンジェリンを制して、ベルグリフは続けた。

「けどね……そうなったらもうトルネラに来る事はなくなるよ」
「んむ……それは……だけど……」
「お父さんはね……ここが故郷だと思ってる。お父さんにとっても、アンジェにとっても……もちろん、アンジェの気持ちは嬉しいよ。だけどね、お父さんはアンジェの帰って来る場所として、ここを守っていようと思う。アンジェはトルネラが好きだろう?」
「うん……好き」

 アンジェリンはぎゅうとベルグリフに抱き付いた。

「分かった……でも、ボルドーまでは一緒!」
「ああ、そうだな……だからもう寝なさい」
「うん……お休みなさい、お父さん」
「お休み、アンジェ」

 夜はゆっくりと更けて行く。
ちょいと稲刈り期間に入りますので、更新をお休みします。
他の面白い作品を読みながらのんびりお待ちください。
土曜日頃には再開したいと思います。
+注意+
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