70絶対殺すマン 後編
「ふー・・・なんとか見終わったな。」
怪しい二人組と村本が裏で動いていることなど知る由もない陸斗は、返却期限の迫ったアクション映画のDVD五本を午前中から消化していた。
「・・・どうすっかな、飯ついでに返しに行くか・・・」
DVDをプレーヤーから取り出した陸斗は、オレンジ色に染まる外を見ながらぶつぶつとこの後の行動について考えていると、テーブルの上に投げ出されていたスマホが着信を告げた。
ディスプレイには仁と表示されている。
「・・・ん?おう、どうした?」
滅多に掛けてこない友人からの着信に、陸斗は少し嬉しそうに電話を取った。
「あの・・・今、お暇でしょうか?」
電話の向こうで仁がわざとらしく控えめに聞く。
「ん、今?」
「なんならこちらから伺っても・・・」
「いや、ちょうど出掛けようとしてたから行くよ。事務所でいいか?」
「はい、お待ちしております。」
いつもなら二言目には素に戻るはずが終始控えめだった仁に違和感を覚えつつ、陸斗は電話を切った。
H市の中心部にほど近く、飲食店や飲み屋などがぽつぽつと点在する地域に仁の営む探偵事務所がある。
陸斗は事務所の入っている雑居ビルの裏手にある駐車場にFDを停めると、建物に入り、階段を上った。そして、二階の「探偵JIN」と書かれたプレートが貼られているドアをノックし扉を開けた。
「この度は申し訳ございませんでした!!」
「うおっ!?」
扉の向こうで土下座待機をしていた茶髪と短髪黒髪のガラの悪い若者二人による突然の謝罪に、陸斗が驚いて身を引く。
「え?何?」
「陸斗さん。」
二人の奥に置かれた応接セットのソファーに座っていたまどかが、困惑する陸斗を呼ぶ。
「え?なんでまどかがここに?」
「それは今から説明するわ。・・・おう、お前らもういいから立て。りっちゃんにコーヒー入れたれや。」
奥から出てきた仁が申し訳なさそうにそう言うと、ドスの利いた声で床に頭を擦りつけたままの二人に指示を出す。
「はい!」
二人がバッと立ち上がり、素早く事務所の奥に駆け込んでいく。
「りっちゃん、とりあえず座ろか。」
「ああ。」
仁に促され、陸斗はまどかの隣に座った。
「そうやな、今から数時間前の話なんやけどな・・・」
そして、仁は陸斗の正面に座ると語り始めた。
「よし、こんなもんか。」
数時間前。仁は事務所でパソコンを使い、依頼人に渡す調査報告書を作成していた。
「後は印刷やな・・・」
仁が傍らに配置されたプリンターの電源を入れようとしたとき、事務所の電話がなった。
「・・・っと、はい、探偵JINです。」
プリンターに伸ばした手をそのまま横にスライドさせ、電話を取る。
「・・・なんやお前か。久しぶりやな。どうした?・・・相談?おう、ええで。・・・わかった。待っとる。」
仁は二、三言葉を交わし、電話を切った。
「・・・で、こいつらが来た。」
仁がコーヒーを持ってきた二人を顎で示す。
「それで、この二人は一体・・・」
「俺がヤクザやっとった頃に色々世話してた子分みたいなもんや。」
「ふーん。」
陸斗と目があった二人が軽く会釈をする。
「それでな、こいつらが持ち掛けてきた相談ってのが、ツレが女に酷い浮気をされたから、女本人と浮気相手に仕返しをしたいって話やった・・・」
「・・・ちょっと待て。仁、お前なんの話してんだ?」
あまりに飛躍した話について行けず、陸斗は思わず聞いた。
「ああ、詳しく話すわ。」
「仕返し言うてもな・・・」
かつての子分から相談を受けた仁は腕を組んで考える。
「とりあえず、その女を風俗に落として浮気相手にその事実伝えるって方法を考えてるんですけど、確か仁さん風俗関係にツテありましたよね?」
「あるにはあるけどな・・・まあ、ええわ。その女連れて来とるんやろ?ちょっと会わせてくれ。」
茶髪のゲスな提案に仁は眉をひそめつつ、二人を連れて駐車場に向かった。
「開けますね。」
「おう。」
短髪は仁にそう言うと黒いワンボックスのスライドドアを開いた。
「んー!!」
車内には手足を拘束され、魚のようにのたうち回るまどかがいた。
「む!?」
「ん!?」
ガムテープで口を塞がれたまどかと仁の目が合い、二人の動きが止まる。
「仁さん?」
その様子を見た茶髪が声を掛ける。
「・・・。」
仁が無言でまどかの口のガムテープを剥がす。
「ぷは・・・っ!仁さん!?」
「まどかちゃんやん。こんなとこで何しとん!?」
予想外の出来事に茶髪と短髪が困惑の表情を浮かべ、仁とまどかを交互に見比べる。
「え?これ、なんかのドッキリですか?」
「・・・ドッキリなん?」
まどかの質問を仁がそのまま二人に向ける。
「・・・で、改めて詳しい話を聞いたら、村本ってやつが発端らしいんやけど・・・確かりっちゃんを前の職場から追い出した奴も村本って名前だったよな?」
「ああ、同一人物だ。」
くわえた煙草に火をつける仁に、陸斗は無表情で答えた。
「りっちゃん、この落とし前、どうつけさす?」
「いや、俺より一番の被害者はまどかだ。」
陸斗はそう言って隣のまどかを見る。
「そうですね・・・詳しいお話を聞いて思ったことは、もうあの男に関わりたくないですし、顔も見たくありません。」
「よし。そうと決まれば・・・仁、手始めに足のつかないダンプとハジキを用意してくれねぇか?」
まどかの言葉を聞いた陸斗の目に明らかな殺意が宿り、どす黒いオーラが放出される。
「りっちゃんりっちゃん、気持ちはわかるけど、そんなヤクザ映画みたいなことしたらあかんて。」
仁が苦笑いで煙草の煙を吐く。
「それにな・・・俺の方がりっちゃんの倍、頭に来とるんやで?」
一呼吸おいて仁が真顔になる。
「え?」
「かわいい子分がそそのかされて、その子分がまどかちゃんを拉致り、最終的な矛先は親友のりっちゃんや。これで三つやぞ?俺がブチキレる要素は。」
指を一本ずつ立てながら説明し、三本になった指を陸斗に見せつける。
「ああ、わかったよ・・・でもどうするよ?」
仁の迫力に押されつつも陸斗は聞き返した。
「俺に任しとき。落とし前はきっちりつけさしたる。」
それに対し、仁は胸を張ってそう言った。
二週間ほど経った頃、自室でぼんやりとテレビを見ていた陸斗の元に一本の電話がかかって来た。
「どうした?」
「おう、りっちゃん。例の件、ケリが着いたで。」
陸斗が電話に出ると、スピーカーから仁の嬉しそうな声が流れてきた。
「そうか・・・」
「とりあえず、事務所行こか。今、りっちゃんちの前にいるで。」
「マジ?・・・わかった。待っててくれ。」
陸斗は通話を終えるとテレビを消し、スマホと財布をポケットに突っ込んで部屋を出た。
昼下がりの太陽が降り注ぐ駐車場には、仁のセダンが停まっていた。
「お待たせ。」
そう言って陸斗はセダンの助手席に乗り込んだ。
「おう、じゃ、行こか。」
ドアが閉まったことを確認した仁は楽しそうに車を出した。
「あ・・・」
仁の探偵事務所が入る雑居ビルに到着したセダンの中から陸斗はあるものを見つけ、声を漏らす。
「ん?」
声に気づいた仁が、外を向いたまま固まる陸斗の視線を追うとその先には、駐車場に停められた村本の70スープラがあった。
「おう、驚いたか?その車・・・」
仁の話などまるで聞こえなかったかのように陸斗が車を降りる。
「りっちゃん?」
仁が70の前を素通りして歩いていく陸斗を目で追いながら車を降りる。
そして、陸斗は駐車場の端に転がっていたコンクリートブロックを拾い上げると、70の前に戻って来た。
「・・・って待たんかい!」
コンクリートブロックを高々と掲げ、70へ振り下ろそうとしている陸斗を仁が制止する。
「止めるな仁!あのクソバカに思い知らせてやる!」
後ろから羽交い絞めにする仁を振りほどこうと陸斗がもがく。
「待てって!この車の名義、今は俺や!」
「は?どゆこと?」
仁の言葉に陸斗が動きを止める。
「説明するから、その手に持ってるもん下ろそか?」
「ああ。」
陸斗は手に持っていたコンクリートブロックをアスファルトに置くと、仁に促されビルの入口に向かって歩き出した。
「まあ、あの後な、子分に村本を呼び出してもらってまどかちゃんとこの社長とそこの顧問弁護士と俺で話し合いをしたんや。」
歩きながら仁が話し始めた。
「話し合い?」
「おう。まあ、警察に自首するか金で解決するかって話だ。」
「ふぅん・・・で、どうなったの?」
「結果的に金で解決した。」
ビルに入り、階段を上る仁が口元に笑みを浮かべて言う。
「・・・なんだろうな・・・ホントに解決したのか?」
仁の一歩後ろにいる陸斗がしかめっ面をする。
「大丈夫やって、俺を信じ!」
そう言って階段を上りきった仁は事務所のドアを開けた。
「お待ちしておりました。陸斗さん。」
ドアの向こうで待ち構えていた二人の子分がスーツ姿で出迎える。
「スタッフの木田君と岡君や。」
満面の笑みで仁が子分を紹介する。
「雇ったのか?」
「人手が欲しかったんでな。また悪させんように目ぇつけるにはちょうどええやろ?」
「ああ。」
「陸斗さん!」
奥の応接セットのソファーに座っていたまどかが陸斗を呼ぶ。
「なんだ、まどかも来てたのか?」
そう言って陸斗はまどかの隣に座る。
「ええ。仁さんに呼ばれて・・・」
「そんじゃ、揃ったところで始めよか。」
そして、仁がテーブルを挟んで二人と向かい合う。
「・・・それで、ホントに解決したのか?」
「勿論や。ちゃんと慰謝料も払わした上、りっちゃんやまどかちゃんに二度と近づかないよう約束させたで。」
仁が自信満々に言う。
「あのバカが素直に約束を守るとは思えねぇな。しかも大事な車まで取られたんだ。確実に仕返しが来る。・・・ああ、わりぃ。」
しゃべりながら煙草をくわえた陸斗に、茶髪の岡が横から火のついたライターを差し出す。
「それに、どうやって車を取ったんですか?」
「ああ、まどかちゃん。そこは聞かんでくれ。・・・ちょっと前の職場に手伝ってもらったんや。」
笑いながら仁は言うが、その目は笑っていなかった。
「ああ、納得した。・・・でも、ヤクザをけしかけるのはさすがにやりすぎな気もするけど?」
「あんな、俺はそういうレベルで怒っとったんやで?りっちゃんだって村本のこと本気でかわいそうだと思っとる?」
「ざまあみろと思ってる。」
仁の質問に陸斗が即答する。
「正直で結構。・・・ほんじゃ、これ。二人の取り分な。」
そう言って仁が懐から厚みのある茶封筒を二つ取り出し、二人に渡す。
「わりぃな。組に結構取られたから渡す分が少なくなっちまった。」
バツが悪そうに仁が言う。
「でも、結構な額ですよ。ホントに貰っちゃっていいんですか?」
封筒の中身に驚いたまどかが聞く。
「いやいや、まどかちゃんはもっと貰ってもええと思うで。」
「それで、この車どうする気だ?」
まどかが帰った後。事務所を出た陸斗が70を前にして仁に聞く。
「この車で俺も走り屋をは始めよ思ってな。」
仁が70の屋根に肘を置いてニヤリと笑う。
「いや、この車は止めた方が良い。」
「りっちゃん、悪いのは村本であって車やないで。」
そう言って仁が陸斗をたしなめる。
「わかってる。そういうことじゃなくて、この車は初心者が使うにはハードルが高い。」
「そうなん?」
仁がきょとんとした顔をする。
「ああ。古いからメンテに気を使わなきゃならない上にクセの強い車だ。あのバカ、人としてはクソだったけど、車に対してはちゃんとした愛を持ってたらしい。」
「さすがに車を取るのはやりすぎたか・・・?」
仁が眉間にしわを寄せ、首を捻る。
「いや、あんだけ慰謝料払えば首が回らなくなって維持できなくなるのは目に見えてる。」
「そうか。・・・にしても、このどうしような?この車。」
「売って大事にしてくれる人に乗って貰うのがいいと思う。・・・それより飯行こうぜ。腹が減った。」
「おう。何食う?」
そして、二人はセダンでビルの駐車場を後にした。




