70絶対殺すマン 中編
「はあ・・・」
村本とのバトルを明日に控えた陸斗は、重苦しい空気を纏いながら煎餅屋の店番をしていた。
「・・・臼井君、大丈夫?」
陸斗の様子を見かねた岩木が心配そうに声を掛ける。
「大丈夫じゃないっす・・・」
うなだれたままの陸斗が言葉を垂れ流す。
「そんなに気が進まないバトルなら、いっそ逃げちゃったら?」
「逃げられるもんならそうしてるんですが、結局のところ進もうが退こうがろくなことにならないのは目に見えてるんですよ。」
顔を上げてそう話すと、陸斗は再び肩を落とす。
「そうか・・・」
「まさに詰んだ状態です。」
「今の状態じゃ力になれそうにないけど、協力が必要になったらいつでも言ってよ。」
そう言って岩木は陸斗の背中を叩く。
バトル当日の朝。
「ん・・・ん?」
自室のベッドで目覚めた陸斗は身体に違和感を覚え、上半身を起こしたまま動きを停める。
「頭痛ぇ・・・」
意識が鮮明になるに連れて違和感の正体がはっきりする。
「寝方が悪かったか?・・・とにかく、飯と薬・・・!」
頭痛の原因を考えても状況は変わらないと判断した陸斗は、パンと牛乳で朝食を済ませ、食後に頭痛薬を流し込んだ。
「ちゃんと来てえらいね。てっきり前みたいに逃げ出すかと思ったよ。」
夜になり、社峠の頂上に位置するY字路で陸斗達を待っていた村本がいやらしく言う。
「・・・。」
頭痛薬が効かず、村本の嫌味など気にする余裕すらないほどの頭痛に襲われている陸斗は、表情のない顔をしていた。
「陸斗さん、大丈夫ですか?」
「薬飲んだから。バトルする頃には効くと思う。」
心配をするまどかに、陸斗は今にも死にそうな声で答える。
「バトルはここからよーいどんでスタートして、下にある運送会社前に先についた方が勝ち。わかった?臼井ちゃん。」
一方的にルールを説明する村本に陸斗が手を挙げて答える。
「じゃあ、準備が出来たら始めようか。」
「カウント行きまーす!・・・五!四!三!二!一!スタート!!」
アイリの合図と同時に二台がY字路をスタートし、70が頭を押さえる。
「あー・・・やべぇ・・・」
二度目の薬も効かず、激しさを増す頭痛を抱える陸斗にとって、70に先行されたことなど最早どうでもよくなっていた。
「うぷ・・・気持悪ぃ・・・」
さらに走行によって身体を揺さぶられ、吐き気をもよおす陸斗の目に涙が滲む。
だが、前を走る70にはなんとかついて行けている。
「なんだよ・・・体調が悪いんじゃねぇのかよ。」
ルームミラーに反射するFDのヘッドライトを浴びる村本が眉をひそめる。
「ムカつく・・・死ねよ!雑魚!」
暴言とともにコーナーの入口で乱暴にブレーキを踏みつける。
「うお!?」
70の急ブレーキに陸斗が驚いてステアリングを回す。
「うあ・・・」
70の横を上手くすり抜け、バランスを崩してハーフスピンに陥るもどうにか立て直す。
「なんだよ・・・」
ルームミラーの中で小さくなる70を虚ろな目で見上げた陸斗が言葉を漏らす。
「陸斗さん、大丈夫かな・・・」
ゴール地点である運送会社の正門前のスペースで、芳文とともに待機していたまどかが不安そうに呟く。
「うーん・・・きついこと言うかもしれないけど、陸斗があの様子じゃ厳しいかも・・・」
「どうしよう・・・」
まどかが頭を抱える。
「・・・でも、最悪ダメだったら朝木ちゃんが言ってた作戦があるから・・・あ、来た!」
視界の端で上り方向のアスファルトがヘッドライトによって照らされるのを確認した芳文が言葉を切ってまどかとともに振り返る。
低いエキゾーストを振りまきながら現れたのは陸斗のFDだった。そして、遅れて村本の70が現れる。
「やった・・・!」
「おめでとう。朝木ちゃん。」
目を丸くするまどかに満面の笑みで祝福する芳文。
FDと70はそのまま正門前に停車し、アイドリング状態のまま二台のドアが開かれる。
「ブレーキの調子が悪かった。後日、仕切り直さねぇ?」
ふらふらとFDから降りた陸斗に、村本が歩み寄ってさらりと言う。
「は・・・!?おい!お前・・・」
村本の信じられない言葉に、温厚な芳文が声を荒げる。
「なあ、臼井ちゃん。これじゃお互い不完全燃焼だろ?」
芳文のことなどお構いなしに村本が続ける。
「うっ・・・!おええぇぇ・・・げほっ!げほっ!」
頭痛と吐き気が限界を超えた陸斗は、とうとう胃の内容物を吐き出してしまった。
「・・・。」
嘔吐物を真正面から浴び、呆然とする村本。
「あーあ・・・」
「うわぁ・・・直撃・・・」
そして、その様子を見て唖然とするまどかと芳文。
「・・・て、てめぇ!こんなことしてただで済むと思うなよ!」
正気に戻った村本はそう怒鳴りつけ、グチャグチャになった上着を脱ぎ捨てると70に乗って去っていった。
しかし、陸斗はそれを見届けることなく排水溝に二発目を発射していた。
「陸斗さん、大丈夫ですか!?」
まどかが駆け寄り、陸斗の背中を擦る。
「救急車呼ぶ?」
「はあ、はあ・・・いや、いい。・・・ちょっと休みたい。」
スマホを取り出した芳文を陸斗が制止する。
「陸斗さん、本当にありがとうございました。」
「・・・ああ。」
「・・・というわけです。」
後日。テテティの控室で、サキと凛子に事の顛末を説明したまどか。
「結局、その後臼井君どうしたの?」
サキが聞く。
「芳文さんがFDを運転して送ったみたいです。体調の方は次の日にはよくなってましたよ。」
「なるほどね~。でもさすがにちょっと気の毒だね。そのストーカー男。」
そう言って凛子がけらけら笑う。
「でも、負けを認めたわけじゃないんでしょ?」
サキが真顔で切り込む。
「そうですね。陸斗さんが吐く前までバトルをやり直そうとしてましたし・・・」
「なら、まだ注意した方がいいわね。」
サキが眉間にしわを寄せ、忠告する。
「ちょっとコンビニ行ってきます。」
お昼休みに入り、テテティの裏口から一人コンビニへ向かうまどか。
「おい、あの女じゃねぇか?」
「ああ。あいつだ。」
そんなまどかの様子をガラの悪い二人の若い男が物陰から覗き見ていた。
「結構可愛いじゃん。よし、行こうぜ。」
「でも、こんなことして本当にいいのか?ほぼ犯罪だぜ?」
「今更何言ってんだよ。あの人がいくらか出してまで頼んでんだぞ?ほら、行くぞ!」
「ああ、捕まえたか・・・」
F市のパチンコ店の駐車場に停められた70。その車内で村本は誰かと電話をしていた。
「・・・ん?かまわねぇよ。好きにしてくれ。・・・ああ、わかった。ありがとな。じゃあ・・・」
二、三言葉を交わし、電話を切る。
「・・・臼井ちゃん、お前が悪いんだぜ?」




