70絶対殺すマン 前編
「まどかちゃん、連絡先教えてよ~。」
メイドカフェ「テテティ」にて、茶髪で背の高い客が猫撫で声でバイト中のまどかに要求する。
「ごめんなさい。無理です~。」
まどかはメイドモードで可愛さを振りまきながら男の迷惑行為に対応する。
「まどか、人気者だねぇ。」
ロッカールームを兼ねた控室で凛子がからかうように笑う。
「うれしくないですよ。連絡先教えろってしつこいんですよ。」
うんざりしたような顔でまどかが答える。
「いいじゃん。連絡先くらい。あのご主人様、毎回かなりお金使ってくれるし。」
「じゃあ、凛子さんの連絡先を教えればいいじゃないですか。」
「私は生理的に無理。それにご主人様の希望はまどかの連絡先だよ?」
「その辺にしときなさい。凛子。」
私服のグレーのワンピースに着替えたサキが、凛子をたしなめる。
「へいへい。」
「まどかも絶対に連絡先を教えちゃだめよ。」
そして、まどかに忠告する。
「わかってますって。」
「まあ、最悪なにかあったら連絡して。力になるから。」
そう言ってサキが微笑む。
「私も出来ることなら協力するよ。」
その横で凛子は親指を立ててウインクをした。
「二人ともありがとうございます。」
テテティはH市の繁華街にあり、車での通勤は非常に利便性が悪く多くのスタッフは電車などの公共交通機関を利用していた。
もちろんまどかも例外ではなく、電車での通勤をしていた。
「今日はちょっと遅くなっちゃったなぁ・・・」
バイトを終え駅に向かうまどかは、繁華街の煌びやかな街並みと騒がしい人ごみの頭上を覆う、漆黒の闇を見上げて呟く。
「あれ?まどかちゃんじゃん。」
「へ?」
不意に掛けられた声にまどかが間の抜けた声を出す。
「今帰り?」
さらに肩には手が置かれ、振り返るとそこには昼間の長身の男がいた。
「げ・・・」
「この辺り治安が悪いから送るよ。」
肩の手がまどかの細い腕を掴み、駅とは逆方向に引っ張る。
「・・・け、結構です・・・!」
声を絞り出し、男の手を振りはらうとまどかは駅に向かって走り出した。
「あ!待て・・・!」
背後に男の気配を感じつつも、夜のH市を猛ダッシュで走り抜けたまどかは駅にたどり着き、出発間際の電車に滑り込んだ。
「はあ・・・はあ・・・」
息を切らしたまどかは、動き出す列車内に身を潜めながら外の様子を伺う。諦めたのか男の姿は見えない。
「ふぅ・・・ひ・・・っ!」
安堵のため息をつこうとしたその時、男が現れた。しかし、男が降り立ったのは反対車線のホームだった。
「はー・・・」
今度こそまどかは大きく息を吐いた。
「ふー・・・」
その頃。サキはH市郊外のコンビニ駐車場で、ドリップコーヒーを片手に外国製の煙草を嗜んでいた。
「あら?」
ジャケットのポケットに入っているスマホが着信を告げる。
「サキさん!つけられてました!」
画面をタップし、通話状態になるのと同時に緊迫したまどかの声が響く。
「・・・落ち着いて。今どこにいてどんな状況?」
「電車に乗って今T駅に到着しました。あの人はついて来てません。」
「T駅って・・・逆方向じゃない?」
まどかは必死さのあまり、本来向かう方向とは逆の電車に乗っていた。
「ちょうど出発間際だったので・・・」
「わかったわ。迎えに行く。それまで、駅員に事情を話して事務所で待たせてもらいなさい。」
「お願いします。」
サキは電話を切ると短くなった黒い煙草を灰皿に放り込み、目の前に停まっている自身のランエボⅧに乗り込んだ。
「ありがとうございます。」
数十分後。エボ8のナビシートに座るまどかは、ステアリングを握るサキに礼を言った。
「社長と店長には報告しておいたわ。出禁にするそうよ。」
前を向いたままサキが淡々と告げる。
「そうですか・・・」
「あと、当分バイトの送り迎えは私と社長がやるわ。」
「え!?そんな悪いですよ。」
驚いてまどかが声を上げる。
「安全のためよ。まどかが悪いわけじゃない。それにもう決まったこと。わかったわね?」
「・・・わかりました。」
二人を乗せたエボ8は、まだ車の多い国道をF市に向けて走っていった。
週末夜。社峠のコンビニ駐車場に集まった煎餅屋岩木(自家用)wのメンバー。
「ストーカーね・・・警察には相談したの?」
まどかからストーカーの件を聞いたアイリが聞く。
「社長の方で一報は入れてるみたいですが、まだ実害がないので、どうにも・・・」
「だろうね・・・臼井はこの件どう思う?」
「どうって・・・」
アイリに話を振られ、口を開いた陸斗だが、言葉が途中で止まる。
「どうしたの?臼井。」
一点を見つめ、固まる陸斗にアイリが声を掛け、視線を追う。その先には、駐車場に進入する角張った大振りボディの70スープラがいた。
「・・・陸斗!あの70って・・・!」
驚いた様子で芳文が言う。
「・・・。」
「探したよ。まどかちゃん。」
停車した70から降りた長身の男がまどかに微笑む。
「嘘・・・陸斗さん、あいつです!あいつがストーカーです!」
「・・・。」
長身の男を指さして騒ぐまどかの横を、陸斗が何も言わずズカズカと大股で通り抜けていく。その手には、トルクレンチが握られていた。
「おい!陸斗、待て!早まるな!」
陸斗に抱きつくようにして、芳文が止める。
「離せ!あの野郎、ぶっ殺してやる!」
芳文を振りほどこうともがきながら陸斗が吠える。
「陸斗さん!落ち着いてください!」
「臼井!」
まどかとアイリも芳文に加勢する。
「なんだ臼井ちゃん、いたの?」
陸斗に男が冷めた目を向ける。
「知ってるんですか・・・?」
陸斗に絡みついたままの状態でまどかが聞く。
「ああ。例の二代目リーダー、村本だ。」
冷静さを取り戻した陸斗がまどかの質問に答え、三人を身体から離す。
陸斗は以前勤めていた会社で、社内の車好きによって組織されたチームに所属していたが、初代リーダーを務めていた石倉が海外勤務のためチームを去ったあと、後任のリーダー、村本のやり方に不満を持ち、会社もろともチームを抜けた過去がある。
「会社辞めたんだって?あんな良い職場を抜けるなんて勿体ない。」
「社会不適合者は社畜にはなれないんでね。」
陸斗が煙草に火をつけ、大量の煙とともに皮肉を吐き出す。
「みんな知ってる?こいつ前いたチームを散々引っ掻き回して解散に追い込んだんだぜ?俺らの二の舞にならないうちに追放した方がいいんじゃない?」
「勝手に機能不全に陥って潰れただけだろ?」
「・・・。」
図星をつかれ、村本が沈黙する。
「・・・まどかちゃんもシフトノブすらまともに交換できない雑魚なんてやめた方がいいよ。」
しかし、すぐに笑顔を作り、まどかに向けて言葉を発信する。
「まどか、こんな人の恥ずかしい過去を平気でバラすような奴はやめた方がいいぜ。」
「いや、最初からこんなストーカー眼中にないです。ていうか、シフトノブ交換できないってホントですか?」
冷めた顔でそう言ったまどかは、陸斗を見て聞く。
「まあ、ホントだけど、車買ったばっかの頃の話だぜ?」
まどかの質問に陸斗は苦笑いで答える。
「そんなこと言ったら私だって、プラグ交換のときにプラグ本体を粉砕してディーラーに駆け込んだことありますよ。」
「いやいやいや、俺なんかプラグ外そうとして肩外しそうになったことあるぞ。」
「うえ、痛そー・・・」
二人は村本のことなど気にせず、ポカミスエピソード談議に花を咲かせる。
「ちっ!ちょっと見ない間に随分と生意気になったようだな・・・あ、そうだ、こうなったらまどかちゃんを賭けて勝負しようぜ。」
「バカじゃねぇの?」
村本のあまりにぶっ飛んだ提案に、薄ら笑いの陸斗はバッサリと切り捨てる。
「上等です!陸斗さん、こんなやつの鼻っ柱へし折っちゃってください。」
「いや、お前何言ってんの?」
陸斗が驚いた顔でまどかを振り返る。
「まどかちゃん本人は良いみたいだね。」
村本が嬉しそうに言う。
「く・・・」
「陸斗さんが勝ったら、私や陸斗さんに二度と近づかないでください。」
まどかは村本をキッと睨む。
「オッケー。じゃあ、俺が勝ったらまどかちゃんは俺の物ってことで。楽しみにしてるぜ。う・す・いちゃん。」
村本が不愉快な微笑みを浮かべる。
それを見た陸斗のトルクレンチを握る手に再び力が入る。
「さて、臼井ちゃんに殺されない内に帰るとするかな。それじゃ・・・」
そう言って村本は70に乗ってコンビニを出て行った。
「ああっ!!」
70のエンジン音が聞こえなくなった途端、陸斗が怒声を上げて何もない所にトルクレンチを振り下ろす。
「あ、あの・・・すみませんでした。勝手なこと言って・・・」
陸斗の背後から、まどかがびくびくとしながら詫びを入れる。
「・・・俺、こういうバトルは一番したくねぇんだよ。」
まどかに背を向けたまま、陸斗がぽつりと呟く。
「すみません・・・でも、私は陸斗さんを信じます。」
まどかがきっぱりと言い切る。
「負けたらどうすんだよ?」
陸斗が振り返り、静かに聞く。
「その時はあの男も泣いて逃げ出すレベルの最低最悪なクソ女を演じた上、チーム総出での嫌がらせをして一生忘れることのできないトラウマを植えつけてやります。」
「・・・お前ホントたまに凄いこと言うよな・・・」
まどかのとんでもない発言に、陸斗は先ほどまでの怒りを忘れ、ドン引きする。
「いやぁ、それほどでも・・・」
「いや、褒めてない。」




