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様々な色

 「凄い・・・前よりエンジンが全然軽やかになってる・・・」

 「気持ちはわかるが、慣らし中だってことを忘れるなよ?」

 高速道路の加速車線で新しいエンジンの性能を堪能するまどかに、ナビシートの陸斗が釘を刺す。

 「わかってますって。」

 ご機嫌なまどかが鼻歌混じりに返事をする。

 「・・・ところで新しいバイトどう?」

 「楽しいですよ。あと、車好きがちょいちょいいます。」

 「ほう・・・ん?」

 サイドミラーに大きく映り込む後続車に気づいた陸斗が後ろを振り返る。そこには異常接近したメタリックレッドのランサーエボリューションⅧがパッシングを繰り返していた。

 「まどか、好戦的なランエボが来てる。」

 「あ、はい。」

 まどかはそう返事をして左ウインカーでエボ8に追い越しを促した。

 S15の横を悠々と追い抜いていくエボ8。そのナビシートには、こちらに手を振る凛子が乗っていた。

 「ん?あれ?」

 「凛子さんだな。」

 「ああ、あのエボ8、バイト先の先輩です。」

 S15の前に入ったエボ8は、そのままPAの入り口に滑り込んでいった。

 そして、まどかもそれに続く。


 「いやぁ、サキとドライブしてたら偶然見かけてさ。デートでもしてた?」

 PAの駐車場でまどか達と合流した凛子が楽しそうに話す。

 「やめなさいって。」

 サキと呼ばれた金髪でつり目の背の高い女性が、凛子を肘で小突いてたしなめる。

 「ごめんね。邪魔しちゃって。」

 「いえ、大丈夫です。」

 申し訳なさそうなサキに、まどかが苦笑いで返す。

 「ところで、これがまどかのS15?」

 サキがまどかの背後にあるS15を見て聞く。

 「はい。」

 「ちょっと見てもいい?」

 「どうぞ。」

 サキと凛子がS15に近づき、観察を始める。

 

 「へえ、臼井君ってFD歴長いのね。」

 「まあね。」

 駐車場でお互いの車を見た四人は、その後PAのイートインスペースになだれ込み、雑談に興じていた。

 「そういえば私、二人の車ちゃんと見たことなかったな・・・」

 凛子が思い出したように呟く。

 まどかと陸斗が三波モーターランドで凛子と初めて出会ったとき、二人は紅葉から貸りたハチロク レビンを使っていた。

 「ああ、そうだ!今度、社長と車好きのスタッフで愛知のミニサーキットに行くんですけど、陸斗さんもどうです?」

 「それいいね!一緒に行こうよ。陸斗君。」

 まどかの提案に凛子が目を輝かせて賛同する。

 「そうだな・・・考えとく。・・・そういや、メイドカフェでのバイトのこと、朝木さんは何て言ってる?」

 ふと、まどかの父、幸造のことが気になった陸斗がまどかに聞く。

 「内緒に決まってるじゃないですか。」

 「まあ、そうだろうな。」

 笑顔でさらりと答えるまどかに、陸斗が普通に納得する。

 あの親父が許可するわけがない。



 「陸斗君。最近、まどかが始めたバイトについてなにか知らない?」

 慣らし運転から数日後。煎餅屋岩木に幸造が来店し、開口一番に勤務中の陸斗を問い詰めた。

 幸造の話し方はいつも通りだが、目が笑っていない。

 「え・・・?さ、さあ・・・」

 あまりのプレッシャーに陸斗はしどろもどろになっていると、ポケットに入れていたスマホが振動で着信を伝えてきた。

 「あ、ちょっと電話が・・・」

 陸斗はそう言ってスマホを取り出し、店の奥に避難する。

 「陸斗さん!お父さんにバイトがバレました。どうしましょう・・・」

 通話の表示をタップすると、電話の向こうで慌てた様子のまどかが一気に捲し立てた。

 「どうもこうもそのお父さんが今店に来てんだよ!こっちがどうしましょうだよ!」

 陸斗が声を押し殺して反論する。

 「ええ!?・・・陸斗さん、なんとか上手く言いくるめてください。」

 「はあ!?無茶言うな!」

 まどかの無茶ぶりに陸斗が声を上げる。

 「とにかく頑張ってください。では・・・」

 電話が切れる。

 「あ!おい!」

 「陸斗くーん。」

 店先から幸造の声が響く。

 「ちょっと待ってくださーい!ふざけんなよ・・・」

 額に汗を滲ませながらまどかにコールする。

 「お掛けになった電話は・・・」

 「クソ・・・っ!」

 無機質な音声ガイダンスが流れ、陸斗は乱暴に電話を切る。

 「どうしたの?臼井君。」

 奥から出てきた岩木が、尋常でない焦り方をする陸斗を見て驚いた顔をする。

 「ああ、ちょっとすみません。まどかのお父さんが来てるんですが、対応お願いします。緊急事態です。」

 「ああ、うん。わかった。」

 陸斗の様子から何らかの事情を察した岩木は店先に出て行った。

 「こうなりゃ・・・」

 財布からメイドカフェ「テテティ」のレシートを取り出した陸斗は、記載された電話番号を打ち込んでコールした。

 「お電話ありがとうございます。メイドカフェ「テテティ」サキでございます。」

 二コールで電話が繋がり、透きとおるような声でサキが対応する。

 「あ、サキさん?俺!臼井だけど。」

 「ああ、臼井君。どうしたの?」

 相手が知り合いとわかり、声のトーンが素に戻る。

 「ちょっと緊急事態なんだけど、社長いるかな?」

 「いるけど・・・何かあった?」

 「すぐ換わってほしい。詳しくはまどかに聞いてくれ。ていうか、まどかもそっちにいるよね?」

 「ええ、まどかもいるわ。・・・ちょっと待って。今社長に換わる。」


 「陸斗君。さっきの話の続きなんだけど・・・」

 電話を終えて陸斗が店先に戻ると、岩木と談笑していた幸造は表情を変えて話を戻す。

 「今そのバイトの責任者を呼びました。」

 

 「どうも、こんにちわー。」

 三十分ほどして煎餅屋にシュウゾーが現れ、のほほんと挨拶をした。

 「君か・・・」

 幸造が冷ややかにシュウゾーを睨む。

 「あーお父さん、ここではアレなんで場所を変えましょう。」

 「いいだろう。」

 そして、二人は煎餅屋を出ていった。


 

 「結局、バイトの件どうなった?」

 後日。煎餅屋に出勤したまどかに陸斗が聞いた。

 「社長が説明してくれたおかげで、ちゃんとOKを出してくれました。」

 「おお、よかったな。」

 「ただ、直接関係はないですが、そのことが原因で家に嵐が吹き荒れました・・・」

 そう言ってまどかはため息をついた。

 「嵐?」

 「今週末、ミニサーキットの走行会来ますよね?」

 「ああ、行く。」

 陸斗が小刻みに頷く。

 「来ればわかります。」

 「ほお。」

 まどかのもったいぶった言葉に、陸斗は釈然としない顔でこもった声を出した。



 「やあ、陸斗君。おはようございますぅ。」

 走行会当日。ミニサーキットに到着した陸斗をシュウゾーが出迎えた。

 「おはよう・・・って、あれ?」

 FDから降りて挨拶を返した陸斗は、シュウゾーの後方に黒いチェイサーと白いZ32を見つけた。どちらもシュウゾーの愛車である。

 「・・・二台使うの?」

 「いや?」

 シュウゾーが首を振る。

 「陸斗君、おはよう。」

 受付のある二階建ての管理棟から、まどかとともに歩いてきた幸造が爽やかに笑う。

 「どうだい?私の新しい愛車は。」

 そう言って幸造はZ32を手で示した。

 「新しい愛車?」

 陸斗が首をひねる。

 「いやぁ、あの後なんやかんやで車の話で意気投合してね。その流れでZを安く譲って貰ったんだよ。」

 「・・・買収?」

 陸斗は少し考えて一つの答えを弾き出した。

 「いやいやいや、それとこれとは全く関係ない。実際、安くとは言っても半年分のお小遣いが飛んだ上、維持費も含めて月々の分も減らされちゃったから・・・」

 「まどか。」

 苦笑いで説明する幸造の傍らにいるまどかに、陸斗は声を掛けた。

 「なんでしょう?」

 「家に吹き荒れた嵐ってこれか?」

 「はい。映画で見るようなアクションシーンが家の中で繰り広げられました。」

 陸斗の問いに淡々とまどかが答える。

 「それは恐ろしいな。」

 「はい、そこ。余計なことを言わない!・・・そうだ陸斗君、受付は?」

 「ああ、そうだった・・・。ちょっと行ってきます。」

 そして、陸斗は管理棟に向かって歩き出した。

 

 「十三時枠で予約してた臼井です。」

 「臼井さんね・・・」

 受付のおばちゃんが端末を操作して予約の確認を始めた。

 「おーっす。陸斗君。」

 背後からの声に陸斗が振り返ると、そこにはつなぎを着た凛子とサキがいた。

 「おお、凛子さん。それにサキさん。」

 「おはよう。臼井君。」

 そう言ってサキが微笑む。

 「二人の本気走り、楽しみにしてるよ。」

 凛子が好戦的な笑みを浮かべて言う。

 「本気走りね・・・俺はもっと気軽に走りたいんだが・・・」

 そうぼやきながら陸斗は頭を掻いた。

 「臼井さん、確認取れましたよ。レンタルは計測器だけね?」

 「あ、はい。」



 「よし、これでOK。」

 コース内のピットでS15の最終チェックを終えたまどかがボンネットを閉める。

 「気合十分だねぇ。まどか。」

 サキとともに様子を見ていた凛子が感心する。

 「はい。エンジンを載せ換えたばかりなので・・・」

 「まどかと凛子の実力、見せてもらうわ。」

 サキの目が獲物を狙う猛禽類のように鋭く光る。

 

 「はい、そこのチェイサー!ドリフトは止めてくださーい!」

 走行会が始まり、一周目で先頭のシュウゾーが悪乗りして第一コーナーで派手な横滑りをぶちかまし、監視員から注意を食らう。

 「いきなり何をやってるんだか・・・」

 真後ろでシュウゾーの蛮行を見ていたサキが呆れたように呟き、右ウインカーを出してチェイサーを抜いて行く。

 「お先に失礼。」

 そして、チェイサーの前に出たサキは、ルームミラーでS15と凛子のカプチーノがついて来ていることを確認すると、口元に笑みを浮かべ、エボ8をさらに加速させた。


 「サキのやつ、ペース上げたな・・・」

 S15越しに離れていくエボ8を見た凛子が呟く。

 普通車であるランエボやシルビアに比べ、カプチーノは軽自動車であるため、パワー面では完全に負けている。しかし、このミニサーキットではカプチーノの小さなボディーは大きな武器となるのであった。

 

 「凛子さん、プレッシャー半端ないな・・・」

 コーナリングをするたびに感じる背後からのプレッシャーに、まどかが額に汗を滲ませる。

 サキのエボ8に少しでも追いつくため、コーナー入り口でじわじわとブレーキを詰めるまどかに対して凛子はカプチーノの軽さと低出力を活かし、S15よりかなり遅いタイミングでブレーキを踏んでいた。


 「予想以上だわ・・・」

 安定してエボ8についてくるS15とカプチーノに、サキが驚きの声を上げる。

 「あら?」

 最終コーナーを抜けたストレートで急速に接近する二台に気づき、サキは無意識に左ウインカーを出す。

 すると、その二台はエボ8の横を高速で抜けていき、第一コーナーへ飛び込んでいった。幸造のZ32と陸斗のFDだった。

 「すごい迫力・・・」

 

 そして、様々な色を持った走行会は幕を閉じた。


 「朝木さん、前より速くなってないですか・・・?」

 駐車場に移動し、クーリングのためボンネットが解放されたFDの前で、スポーツドリンクを飲む陸斗が、隣で片づけをする幸造に声を掛ける。

 「いやあ、車のセッティングが大きいね。」

 「うーむ、当分気は抜けないな・・・。あ、そうだ。まどか、エンジンの方はどうだった?」

 管理棟からサキと凛子とともに戻って来たまどかに、陸斗は思い出したように聞いた。

 「ばっちりです。ホント良いエンジンですよ。」

 まどかが親指を立てて笑う。

 「まさか、あそこまでついてくるとは思わなかったわ。」

 サキが微笑みを浮かべて感心する。

 「自分でもよくついて行けたと思うわ・・・」

 憔悴した凛子が言葉を漏らす。

 「陸斗さん、久しぶりに道の駅でジャンボフランク食べましょうよ。」

 まどかがポンと手を叩いて提案する。

 「おお、いいね。行こう。」

 「みなさんはどうします?」

 まどかの問いかけに全員が賛同する。

 「それならお兄さん、みんなにご馳走しちゃうぞー。」

 いつの間にかまどか達の後ろにいたシュウゾーが、満面の笑みでそう言いながら自身の大きな財布を掲げた。

 「さすが社長!」


 そして、片づけを終えたまどか達はミニサーキットを後にし、道の駅へと向かったのであった。

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