成長と油断
「はい、皆さんおはようございますー!それでは開会式を始めたいと思うので、集合の方をお願いします!」
愛知県のミドルサーキット、シーサイドGの駐車場で数十人の走行会参加者を前に、高林が声を張り上げる。
「走行会の流れついては、まず五グループに別れていただいて、一グループ十分間の走行で回していきたいと思いますので、よろしくお願いします。・・・それでは早速グループ分けを行いますので、大まかに五グループに別れてください。」
高林の指示に従い、一つにまとまっていた参加者達が動き始める。
「臼井君、こっちこっち。」
「あ、はい。・・・まどか、行くぞ。」
人混みの中で手招きをする石倉の下へ、陸斗がまどかを連れて歩いていく。
「よろしくね。」
そう言って石倉が微笑む。
「こちらこそお願いします。」
「よろしくお願いします。」
そして、二人は同時に頭を下げた。
「それではこちらから一グループ、二グループ、三グループ、四グループ、五グループとさせていただきまーす!」
一個五、六人ずつの塊に対し、高林がグループを振り分けていく。ちなみに陸斗達は三グループだ。
「車、EK9にしたんですね。」
走行会が始まり、一グループがエキゾーストとスキール音を振り撒く中、ピットでハッチバックのシビック タイプRに出走前の最終点検をする石倉に陸斗が声を掛ける。
「元々こいつにも興味があったからね。」
そう言って石倉は口元に笑みを浮かべてボンネットを閉めた。
「以前は何に乗ってたんですか?」
陸斗の隣にいたまどかが聞く。
「いろいろ乗ってたよ。13、14、ワンエイティー、ダルマセリカとS2000・・・あとFDか。」
石倉が指を折りつつ、今まで乗ってきた車を上げていく。
「そんなに乗ってたんですか!?」
まどかが目を丸くして驚く。
「まあ、昔は結構無茶やってたからね。その体験を踏まえて臼井君には無理のない練習方法を教えた。」
「おかげさまでずっとあのFDに乗ってますよ。」
陸斗が親指で後方に停めてあるFDを指す。
「なるほど、だから地味な練習が多かったのか・・・」
まどかが修行を思い出して呟く。
「教えはちゃんと受け継がれてるね。」
石倉が嬉しそうに頷く。
「それじゃあ、三グループの方準備お願いしまーす!」
拡声器で高林がピットに呼び掛ける。
「もう、そんな時間か・・・」
「じゃあ、臼井君の成長を見させてもらうよ。」
FDに向かう陸斗の背中に石倉が声を投げ掛ける。
「陸斗さん、私の成長も見てください。」
「はいはい。」
隣で無邪気に笑うまどかを適当にあしらいながら、陸斗はFDの屋根に乗っているフルフェイスヘルメットを手に取った。
「三グループ、コースインお願いしまーす!」
高林の指示に従い、陸斗のFDを先頭に続々と三グループの走行車両がコースに入り、スタート前のフォーメーションラップを開始する。
「さて、行きますか。」
最終コーナーに入った陸斗は、ルームミラーに映るEK9に語り掛け、ストレートに入ると同時にアクセルを踏み込んだ。
暴力的な加速の中、ルームミラーには現在進行形で小さくなるEK9が映っていた。
「おおー、臼井君だいぶ速くなったな。」
第一コーナーを攻めるFDを見た石倉は、ヘルメットの中で微笑みを浮かべる。
「弟子の15ちゃんも中々だね。」
EK9の後方には一定の距離を置きつつもしっかりとついてくるS15の姿があった。
「それじゃ、そろそろ本気で行くか・・・」
まるまる一周、陸斗の走りを後ろから見て成長を確認した石倉はそう呟くと、最終コーナー出口でアクセルを踏み、立ち上がりでもたつくFDの真横を通り抜けていった。
「まだまだ石倉さんには勝てねぇな・・・」
悠々と前に出ていくEK9を見送りながら陸斗が呟く。
「ん?・・・って、おお!?」
視界の端に入る赤い物体を認め、その方向を見た陸斗は思わず声を上げる。
なんとまどかのS15が真横から抜きに掛かっていたのだった。
「クソッ!油断した・・・」
コーナーが近く、抜き返しが出来ないことを悟った陸斗はS15のテールランプを見ながら悔しそうに声を漏らす。
「・・・ま、ちょうど良い。成長を見てやるか。」
第一コーナーに飛び込んでいくS15を見て、気持ちを切り替えた陸斗はその後に続いた。
「よし!陸斗さんを抜いた。」
第一コーナーを抜けたまどかは、嬉しさのあまりステアリングを片手で握りながら小さくガッツポーズをした。
「そのまま私の走りを見ててくださいね。」
ルームミラーに映るFDにそう言うと、まどかは第二コーナーへ突入した。
「おー、綺麗なライン取り。」
しばらく見ないうちに飛躍的に向上したまどかの走りを見て陸斗は思わず呟いた。
「あれ?」
感心したのも束の間。第二コーナーを抜けたS15は突然、マフラーから大量の白煙を吹き出し、失速した。
「あー、ありゃブローだな。」
ハザードランプを点滅させるS15を追い越しながらトラブルを推測する。
「社長に引き上げの連絡したよ。」
走行会終了後。駐車場の端に安置されたS15の前で呆然と立ちすくむまどかに、陸斗はそう告げた。
「陸斗さん・・・」
「多分、エンジンブローだな。」
「どうしましょう・・・」
まどかの眼に涙が滲む。
「まあ、そう気を落とすなって。多分、今回も社長が何とかしてくれる。」
「二人ともおつかれ。」
片づけを終えた石倉が、横から二人に声を掛ける。
「お疲れ様です。どうでした?俺の走り。」
「速くなったじゃん。ラインの取り方も悪くなかったし、特に言うことはないね。」
石倉が笑顔で高評価を贈る。
「じゃあ、あとは石倉さんに勝つだけですね。」
陸斗がニヤリと笑う。
「まあ、当分無理だろうけど、楽しみにしてるよ。・・・ところで15ちゃん大丈夫?」
玉砕状態のまどかの顔を覗きこむようにして気遣う。
「エンジンブローのようです・・・」
負のオーラを完全に纏ったまどかが答える。
「すみません。ブローでかなりのショックを受けてます。」
苦笑いをして陸斗が詫びる。
「臼井君も駆け出しの頃バンパーちょっと擦っただけで世界の終わりみたいな顔してたじゃん。」
「そんな頃もありましたね。」
石倉と陸斗が笑い合う。
「まあ、15ちゃんも気を落とさずに、修理ついでになんかやろうってくらいの気持ちでいた方が楽しいよ。」
「それもそうですね。・・・それじゃあ、いっそのことRBに載せ換えようかな・・・」
石倉の言葉にハッとしたまどかがいつもの調子に戻る。
「もう立ち直っちゃったよ。」
「いいね。楽しみにしてるよ。じゃあ、俺はそろそろ・・・」
そう言い残すと石倉は愛車の下に戻っていった。
そして、その後。まどかのS15は紅葉によって七原自動車に運ばれるのであった。




