エアロウイングにドロップキック
今夜僕の行きつけのショップでBBQやるんですけど、よかったら来ませんか?
・・・といった内容のメッセージをライカンスロープの内田から受け取った陸斗は、H市のカスタムショップ「スピリット」へFDで向かっていた。しかし、暇を持て余していた陸斗が自宅を出たのは、昼前であった。
現在時刻、十三時。
「あれ?内田ももう来てる。」
H市東部の倉庫街に位置するスピリットの店舗敷地内にある駐車場には、内田の白い34GT-Rが停まっていた。
そして、R34の隣にFDを停めた陸斗は、車を降りて内田がいるであろう店舗に向かって歩き出した。
「お・・・い・・・」
何処からともなく人の声のようなものが微かに聞こえる。
「?」
陸斗が辺りを見回すも、声の主が見当たらない。
「・・・気のせいか?」
「た・・・す・・・けて・・・」
再び歩き出そうとした陸斗の耳に、今度ははっきりと声が聞こえた。
「あ!」
後を振り返った陸斗は声を上げた。
陸斗の視線の先には、駐車場の端に置かれたゴミコンテナの縁に内側から寄りかかるようにして、力なく引っ掛かっているライカンスロープメンバーでショップメカニックの高林の姿があった。
「え・・・どうしたんですか?」
陸斗は困惑しながらも高林の元に駆け寄った。
「あばらやっちゃったみたい・・・誰か呼んできて・・・」
「わかりました!」
苦しそうな高林に、陸斗は早口で答えると二階建ての店舗に駆け込んでいった。
「高林さん!今、救急車呼びました!」
数名のショップスタッフと常連客を引き連れて、高林の元に戻ってきた陸斗が呼び掛ける。
「大丈夫?今、助けるから。」
集まった人達が心配そうに声を掛けながら協力をし、高林をコンテナから救出する。
そして、救出が完了した頃に救急車が到着し、高林は病院に搬送された。
「あー・・・びっくりした。」
救急車を見送った陸斗がぼやく。
「お疲れ様です。陸斗さん。」
「おおっ。内田か。」
いつの間にか隣にいた内田に陸斗が軽く驚く。
「すごい現場に遭遇しましたね。」
「ああ。すげぇビビった。」
お互いに苦笑いを浮かべる。
「それにしても早く来ましたね。バーベキューは夜ですよ?」
「死ぬほど暇だったんでな。」
「俺もです。」
そう笑って内田は煙草をくわえた。陸斗も煙草を取り出すと、二人で一階部分にある喫煙場所に向かった。
日が傾き始めた頃、スピリットにはちらほらとバーベキュー参加者が集結を始めていた。その中にはまどかのS15と葵のBRZの姿もあった。
「あれ、陸斗さんも来てたんですか?」
S15から降りたまどかが、バーベキューコンロを運ぶ陸斗に声を掛ける。
「ああ、内田に誘われた。」
結局、昼間からずっといた陸斗はバーベキューの準備を手伝っていたのだった。
「どうも昼間はお騒がせしました。」
葵とともにBRZから降りた高林は、そう言って頭を下げた。
「結局、何があったの?」
準備の手を止めて高林の下に集まった常連が聞く。
「不良品のウイングを捨てようとしたんですが・・・」
「まったく・・・使えねぇなぁ。」
昼間、ぶつぶつと文句を言いながら高林はサイズ違いにより、不良品となったFRP製のエアロウイングをコンテナに放り込んだ。
「・・・。」
コンテナから微妙にはみ出たウイングを見て高林が眉間にシワを寄せる。
「しゃあねえ。」
はみ出たウイングが気にくわなかった高林は、コンテナの縁を乗り越え、中に飛び込む。
「・・・こんにゃろ!」
数歩の助走をつけ、壁に立て掛けられた状態のウイングにドロップキックを決める。
「あっ・・・」
キックの直撃を受けたウイングはしなりはしたものの、折れることはなく、高林の身体を弾き返し、コンテナの縁に叩きつけた。
「めちゃめちゃ痛かったですぅ。」
「ぶふっ・・・!」
高林の話を聞いていた者の一人が吹き出したのを皮切りに、周囲に笑いが伝染する。
「・・・はい、じゃあ、コンロに火を入れるよ。」
大笑いしていた巨漢の常連客はそう言うと、真っ赤に焼けた炭をバーベキューコンロに入れた。
「このソーセージ美味しいですよ。」
様々な食材が香ばしい音をたてて焼き上がる中、葵がハーブの入った大きめのソーセージを取って陸斗の皿に乗せる。
「おー、ありがと。」
「あれ?臼井君?」
「ん?・・・あ!」
背後から声を掛けられ、振り返った陸斗は驚きの表情を浮かべる。
そこには右頬に大きな傷痕のある三十代くらいの男が、陸斗と同じ取り皿を持って立っていた。
「石倉さん・・・。お久しぶりです。」
「うん、久しぶり。」
石倉と呼ばれた男がにこりと笑う。
「あれ?お二人とも知り合いなんですか?」
葵がキョトンとした顔で、石倉と陸斗を交互に見て聞く。
「ああ。俺の師匠だ。葵君、知ってるのか?」
「ええ、僕も石倉さんもここの常連なので。」
「・・・内田ー!」
このバーベキューに誘われた理由を察した陸斗は、まどかと話し込んでいた内田を呼びつけた。
「はい!・・・なんでしょうか?」
呼び出しに応じて飛んできた内田が聞く。
「これが目的か?」
内田を睨み、低い声で問い詰める。
「ええ、まあ・・・」
高圧的な問い掛けに目をそらして答える。
「俺、こういうの苦手なんだけど。」
陸斗の表情が困り顔に変わり、トーンの下がった早口で内田に抗議する。
「そうは言ってもちょうど良い機会でしたし、石倉さんも会いたいって言ってたんで・・・」
「つっても何話しゃいいんだよ?」
「いや、知りませんよ。・・・とにかく、俺は戻りますね。ほら、葵行こ。」
ばっさりと陸斗を突き放した内田は、葵の手を引いてまどかの下に戻っていった。
「あ・・・!おい!」
陸斗の声がむなしく響く。
「まったく・・・」
「久しぶりだね。会社辞めたんだって?」
苦笑いをしながら石倉が話す。
「は、はい・・・」
ばつが悪そうに陸斗が答える。
「内田君から聞いたよ。村山が原因でしょ?」
「はい。」
自らを退職に追い込んだ人物の名前が出たためか、陸斗の表情が一瞬強ばる。
「なんかごめんね。俺が海外出張を受けたばっかりにこんなことになって・・・」
そう言うと石倉は、ため息まじりに大きく肩を落とした。
「いや、いいんです。今はそれなりに楽しいんで。」
「そうかい?それなら良いんだけど。」
陸斗のフォローに石倉が微笑みを浮かべる。
「・・・ああ、そうだ。今度ここの走行会に参加するんだけど、臼井君もどう?」
「走行会・・・ですか・・・」
陸斗が渋い顔をして視線をそらす。
「大丈夫。村山は来ないよ。」
陸斗の気持ちを察した石倉は優しく言う。
「それに、友達の15ちゃんはすごく行きたそうだけど?」
「15ちゃんって・・・」
にやにやと笑う石倉の視線が、自分に向けられたものでないと気づいた陸斗は後ろを振り返った。
「走行会がなんですって?」
そこには内田達と話していた筈のまどかが目を輝かせていた。
「わかりました。行きます。」
陸斗がふっと笑い返事をする。




