ドラマチック
H市北部にあるスーパー銭湯。
「ふぅ・・・」
仕事帰りの笹端は一日の疲れを癒すべく、大浴場の湯船に浸かっていた。
「あー、今日も疲れた。」
そんなことを言いながら両手を伸ばす。
「おや?笹端さんじゃないですか。」
「ん?」
背後から声を掛けられ、振り返るとパチ文の姿があった。
「チッ!余計疲れそうな奴が来やがった・・・」
笹端が舌打ちとともに小声でぼやく。
「今なんか言った?てか舌打ちしなかった?」
「いや?」
隣に入りながら問い詰めるパチ文に小刻みに、首を振ってごまかす笹端。
「まあ、いいや。奇遇だね。仕事帰り?」
「ああ、そうだけど。そっちは?」
「俺も。」
パチ文が歯を見せて笑う。
「そりゃあ、お疲れさん。・・・そういや、話変わるけどさ。俺、走り屋引退しようと思ってんだけどさ・・・」
「へー、そりゃ大変だね・・・ん?!今何つった?」
聞き流そうとしたパチ文が爆弾発言に気づく。
「走り屋を辞めようと思ってる。っていうか辞める予定。」
「は!?なんで?」
「近ぇよ!気色悪ぃ!」
信じられないといった顔をして詰め寄るパチ文を笹端が押し返す。
「まあ、維持費がな・・・今後のことを考えると今が潮時だと思った。」
そう言って笹端は遠くを見つめた。
「そうか・・・次に乗る車とかは決めてるの?てかそれで走れよ。」
「いや、次はもっと楽なコンパクトカーにでもするよ。」
パチ文の言葉に苦笑いで答える。
「・・・じゃあ、最後に俺と走ってくれ。」
パチ文が笹端を見据える。
「いいぜ。」
スーパー銭湯から数キロほど離れた場所に位置する戸田工業団地。その中心を走る片側二車線の広い直線道路は、夜中ともなれば通行する車両はほとんどいない。
道路の起点にある交差点では、エボ7とワンエイティが赤信号により並んで停止していた。
「ゴールは二つ目の信号な!」
ワンエイティの開かれた窓から、パチ文が前を指差しながら叫ぶ。
「わかった!」
パチ文に手を上げて大声で答えた笹端は、正面を向くとエボ7の窓を閉めた。
戦闘モードに入った二台がエンジンをふかしながら青信号を待つ。
そして、前方に延々と続く多数の赤信号が一斉に青に変わる。
それと同時に飛び出す二台。
四駆のエボ7が前に出る。しかし、ワンエイティが猛追するも、差は開いていく一方だった。
そのまま勝敗は呆気なく決した。
「あーあ、負けちゃったか。」
コンビニの駐車場でパチ文は悔しがるが、その様子はどことなく爽やかだ。
「お前、負けるのわかってて走っただろ?」
笹端が呆れ顔で聞く。
「だって最後じゃん。」
「・・・このバカ。」
「なんか引退って思ったより呆気ないもんですね。」
週末。ファミレスで引退発表をした笹端が心の内を語る。
「俺も実際に何人か辞めるのを見たけど、みんなあっさりだったな・・・」
そう言って陸斗は、手元の煙草から立ち上る煙を見つめた。
「引退がドラマチックなのは漫画の世界だけか・・・」
笹端が残念そうに呟く。
「えっと・・・俺とのバトルは?」
「ドラマチックではなかったな。」
「ああ、そう・・・」
パチ文が目に見えて沈む。
「ところで車は何買ったの?」
二人のやり取りを見ていた芳文が興味津々に聞く。
「じゃあ、ちょっと見に行きましょうか。」
「良い車買ったね。」
芳文が駐車場に停められた笹端の新しい愛車、ヴィッツRSを見て感心する。
「・・・引退したんだよな?」
陸斗が聞き直す。その青いヴィッツには、GTウイングやエアロなどの走るためのパーツが搭載されていた。
「しようと思ったんですけど、この車を見つけちゃったんで、もうちょっと続けようと思います。」
笹端がニヤリと笑う。




