RB最強論
「さて、どうしようか?」
七原自動車の駐車場の片隅に停められたS15を前に、紅葉が聞く。
「そうですね・・・良い機会だからRBを載っけちゃおうかな・・・」
「うーん・・・ホントにそれやっちゃう?」
紅葉がわずかに困りの入った表情をする。
「え!?まずいですか?」
慌ててまどかが聞く。
「まあ、まずくはないんだけど・・・マジな話しようか?」
「はい。」
「うん、まあ、実際RBを積むとなるとそれに合わせてブレーキとか足回りの強化とか、エンジンだけの話じゃなくなっちゃうから・・・」
シルビア純正のSR20型エンジンから、GT-R用のRB26に載せ換えることによって必要になることを紅葉は大まかに説明した。
「つまり、いろいろ面倒くさいってことですか。」
「お互いにね。」
「・・・となると、リビルトエンジン載せ換えかオーバーホールですね。」
「まあ、RBじゃないけど載せ換えるんならちょうどいいのがあるよ。」
紅葉は工場に入ると、一基のエンジンが置かれた作業台の前にまどかを誘導した。
「このエンジンは・・・?」
まどかがエンジンを覗きこむように凝視して聞く。
「CAエンジン。前期型のS13のエンジンだけど、かなり丈夫だよ。」
そう言って紅葉がエンジンの上部をパシパシと叩く。
「へー、丈夫ならこれにするのも手かな・・・」
「うん、普通にやめた方がいいよ。」
横で作業をしていた芳文が釘を刺す。
「え?それは一体・・・」
「丈夫な所くらいしかメリットがないから。・・・確かにアルミ製のSRに比べれば、鉄製のCAは丈夫だけど、その分重くなるし排気量も低い。ボアアップしたとしても癖のあるエンジンだから、かなり扱いにくくなるよ?」
「なんでそんなエンジン勧めたんですか?」
芳文の説明を聞いたまどかがじっとりとした目で紅葉を見る。
「いやいや、ほんの冗談だよ。」
「いや、冗談に聞こえなかったです。」
「まあ、やるなら無難に載せ換えかオーバーホールだね。」
手についたオイルをウエスで拭き取りながら芳文が言う。
「・・・で、結局どうしたの?」
深夜。春葉山へ向かうBRZの車内で、ステアリングを握る葵がナビシートのまどかに聞く。
「予算の都合でリビルトエンジン載せ換えにしたよ。」
「それで他は?」
興味津々な様子でさらに葵が聞く。
「他って?」
まどかがきょとんとした顔で葵を見る。
「エンジンを載せ換えるついでに何かやるんでしょ?」
ちょうど赤信号で停止し、葵もまどかを見る。
「何もやらないよ?」
「ええっ!?」
「ああ!ほら、信号青だよ。」
大袈裟におどける葵を横目に、まどかが青に変わった信号を指さす。
「おっと・・・でも、いつものまどかなら何かしらするのに、どうしたの?」
車を発進させて葵が聞く。
「別に?確かにやろうとはしてたけど、冷静に考えてみると特に今やることはないんだよね。」
「なるほどね・・・あれ?」
葵が真横をちらりと見る。
「どうしたの?・・・あ。」
葵の視線を追って後方に流れていく道路脇のコンビニを見たまどかは、その駐車場に見覚えのある黒いFDを見つけた。
「今の陸斗さんのFDだよね?」
「うん。あの青いホイールは間違いない。」
まどかが先ほど見たFDと記憶にある陸斗のFDの特徴を照合する。
「戻る?」
「うーん、この先の道の駅で待ってよう。」
静まり返った真夜中の道の駅「ふくふく亭」の駐車場で待つこと十数分。FDはエキゾーストとともに現れ、BRZの隣に停止した。
「やっぱり葵君だったか。」
陸斗はFDから降りるなり、そう言って煙草に火をつけた。
「どうも。」
「こんばんわ。陸斗さん。」
「なんだ、まどかもいたのか・・・エンジン載せ換えだって?」
煙を吐きながら陸斗が聞く。
「はい。・・・てか、情報速いですね。」
苦笑いのまどかが答える。
「まあな。」
「一台上がってきますね・・・」
葵が下り方向を見て呟く。
確かに、その方向からスポーツマフラーの重低音が近づいている。
「・・・なんか変な音もしねぇか?」
エキゾーストに混じって何かを引きずるも聞こえてくる。
程なくして一台のチェイサーがひしゃげたフロントバンパーを引きずりながら道の駅に滑り込んできた。
「こんばんわ~。すいません。突然で申し訳ないんだけど、タイラップと粘着テープ持ってます?」
チェイサーを降りたドライバーは、開口一番にそう言った。
「「あ!」」「あ。」
まどかと陸斗、そしてチェイサーのドライバーがお互いを認識して同時に声をあげる。
チェイサーに乗っていたのは、なんとZ32使いのシュウゾーだった。
「え?え?」
何が起こったか理解していない葵は困惑気味に三人を見回している。
「いつぞやのFDさんだぁ。」
「なんだあんたか。こんなとこでどうした?」
「いやぁ、ちょっとしくじっちゃって・・・」
シュウゾーがばつが悪そうに頭をかく。
「知り合い?」
葵がまどかに聞く。
「何度かイベントで一緒になったの。」
「葵君、ちょっとヘッドライトで照らしてくれ。」
両手に粘着テープとタイラップを持った陸斗が指示を出す。
「あ、はい。」
「いやー、ありがとう。助かったよ。」
応急処置の終わったチェイサーの前でシュウゾーが礼を言う。
「それはいいんだけど・・・Zは?」
陸斗が作業中ずっと気になっていたことを聞く。
「ああ、あれは最高速チャレンジ用。」
「ってことは二台持ち!?」
まどかが驚いて口にてを当てる。
「正確には三台と原チャリ。」
「金持ってるなぁ。」
「ハードワーカーなんスよー。へっへっへ。」
感心する陸斗にシュウゾーは変な笑みを浮かべる。
「・・・ああ、そうだ。お礼と言っちゃなんですが・・・・」
ポケットから革製の名刺ケースを取り出したシュウゾーは、中に入っているカードを三人に配った。
「これは・・・?」
メイドカフェ テテティ H店千円優待券と書かれたカードを見た葵が顔を上げる。
「あと僕こういう者なんだけど、うちで働いてみない?」
シュウゾーはまどかだけに追加でカードを渡していた。
「んん?」
陸斗が覗きこむとそれは名刺で、株式会社テテティ社長の肩書きとシュウゾーの名が記載されていた。
「社長だったんですか!?」
「まあね。近々H市に出店するから、お店で働いてくれるメイドさんを探してるんだよ。どうする?バイト代は弾むよ。」
「少し考える時間が欲しいです。」
「まあ、いきなりだからね。何か聞きたいことがあったらいつでも連絡して。・・・それじゃあ、俺はこの辺りで・・・・」
そう言うとシュウゾーは小破したチェイサーに乗り込み、道の駅を出ていった。
「メイドカフェかぁ・・・どうですかね?陸斗さん。」
嬉しそうにまどかが聞く。
「・・・いや、まあ、ここは普通、似合わねーとかって笑うところなんだろうけど・・・なあ?葵君。」
「はい。普通に似合ってるんですよね。」
陸斗と葵が顔を見合わせる。
「えっと・・・なんか変な空気になってません?」
「でも、ちゃんとした店っぽいよ。ここ。」
店の詳細を調べた葵が、スマホのディスプレイをまどかに見せる。
「ホントだ・・・陸斗さん、バイトって掛け持ちして大丈夫ですか?」
「多分、問題ないけど・・・大丈夫か?」
走り気味のまどかを見かねた陸斗が心配する。
「もう少し考えてみますが、もしやるとしたら無理のないようにします。」
「まあ、それならいいんだけどさ。」
まどかの答えを聞き、陸斗は安心した。
「場合によってはRB載せ換えも夢じゃないかも・・・」
「それはやめた方がいいぞ。」
まどかの独り言に陸斗が釘を刺す。
「へ?」
「エンジン自体の癖が強いからS15に無理矢理載せたところで扱いづらくなるだけだぞ。」
間の抜けた顔をするまどかに陸斗が解説する。
「そうなんですか?」
「セッティングの仕方にもよると思うが・・・まあ、扱いやすさを考えるなら標準で載ってるSRの方が断然いい。」
「あー、確かに・・・それを考えるとRB載せ換えってかなりの下手物チューンかも・・・」
「え!?今気づいたの!?」
葵が驚いた顔でまどかを見る。
「まあ、映画とかじゃ平然とやってるからな。」
「ああ、そうだ。それでRB載せ換えに憧れてたんだ。」
RB26に憧れていた原因にまどかが気づく。
「なんだお前もか。」
「お前も?」
まどかが首をかしげる。
「俺も一時期映画のRB最強論を信じてた。・・・さて、そろそろ帰るか。」
微笑みを浮かべた陸斗は腕時計を確認すると、そう言って場を切った。




