砦山の戦い
「じゃあ社長、お先に失礼します。」
ある日の午後のJunya Factory。私服姿の熊之助が、ショールームで陸斗とコーヒーを飲んでいるジュンヤに声をかける。
「はいよ。」
マグカップを持つジュンヤが手をあげて答える。
「あれ?半日休み?」
ジュンヤの隣に座っていた陸斗が聞く。
「はい。ドライブがてら愛知で飯食いに行くんですけど、きます?」
「んー・・・やめとく。」
熊之助の誘いに少し考えた陸斗が答え、視線を入り口に向ける。
「・・・。」
「どうしたんです?そんな俺の車をまじまじと見つめて・・・」
陸斗が見つめる透明な自動ドアの向こうには、熊之助のステージア260RSが停まっていた。
「ああ、久しぶりに熊の愛車を見たんでな。」
「いや、普通に店に停めてましたけど・・・」
熊之助がぽりぽりと頭を掻く。
「どうも、変な乗り物のイメージが強くてあまり気にしてなった。」
「ああ。」
苦笑いをする陸斗に熊之助が気のない返事をする。
「ああ、そうだ。出掛けるんだっけ?引き止めて悪かったな。」
「はい。では・・・」
その夜。ドライブ帰りの熊之助は、愛知県と静岡県の県境に位置する砦山を走っていた。
「・・・ちょっと寄り道するか。」
長時間の運転により尿意をもよおしていた熊之助は、前方に道の駅を確認するとウインカーを点灯させ、駐車場に滑り込んでいった。
「あれ?」
営業が終わり、車のほとんどいない駐車場の片隅に見覚えのあるオリーブドラブ色の80スープラが停まっていた。
「・・・まあ、いいか。」
膀胱の容量がほぼ限界に達していた熊之助は考えることをやめ、さっさと車を停めてトイレに駆け込んだ。
「ふう・・・。ん?」
数分後。スッキリした面持ちでトイレを出た熊之助は、隣の自販機コーナーの灯りの中こちらに背中を向けてうずくまっている人物がいることに気づく。
「・・・。」
先ほどのスープラのことを思い出し、その背中が誰であるか予想をつけた熊之助は、飲み物を買うついでに声をかけようと、自販機コーナーに向かって歩き出した。
「何してんの?」
こちらに全く気づいていない様子の背中に声をかける。
「うをっ!」
熊之助の突然の呼び掛けに声を上げて驚き、その人物の元から一匹の猫が逃げていった。
「 ・・・なんだあんたか。」
その人物は振り返り、熊之助を認識するとそう言った。
熊之助の予想通り名古屋のスープラ使い、中村だった。
「猫と遊んでたのか。」
少し離れた場所からこちらの様子をうかがう白猫を見て熊之助が納得したように言う。
「飲み物を買おうとしたらすり寄ってきてね。・・・ドライブでもしてたの?」
立ち上がって伸びをする中村が聞く。
「まあね。そっちは?」
「俺は釣りだよ。・・・あ、そうだ!魚持ってく?予想以上に大漁でさぁ。」
「お、マジで?ちょうだい。」
中村の予想外の提案に熊之助の顔がほころぶ。
「・・・てか、普通の車にも乗ってたんだな。」
魚の受け渡しを終え、二人で飲み物を片手に自販 機の前のベンチで一息ついていると、中村がステージアを見つめながら真顔で言う。
「当たり前だ。」
「ほら、今まで耕耘機だのトラクターだの変な乗り物ばっかりだったから。」
「まあ、あれはほぼ社長の趣味だから・・・」
熊之助が苦笑いする。
「せっかくだからちょっと走らない?」
「いいね。久しぶりに走るかな。」
中村の突然の提案に、熊之助は二言返事で承諾する。
「じゃあ、バトル方式は先行後追いで、コースはここを出てすぐの信号をスタートして、ゴールは山の向こうの麓にある交差点で。」
「うん、わかった。」
一通りの説明を終えた中村に熊之助が頷く。
「順番はどう決めよう?」
「無難にじゃんけんでいいんじ ゃね?」
先行を勝ち取った中村は、後続のステージアを引きつれてスタート地点を目指し、道の駅を出発する。
「十、九、八、七、六・・・」
アクセルを踏み込みたい衝動ををごまかすようにカウントを始める中村。
黄色く点滅する信号は目の前に迫っていた。
「三、二、一・・・よっしゃ!行けぇー!!」
カウントゼロと同時に信号を通過した中村は、叫びながらアクセルを踏み込み、ステアリングに取り付けられたボタンを押してスクランブルブーストを起動させた。
「いきなりかよ・・・」
宇宙船がワープするかのようにすっ飛んでいくスープラを見送りながら唖然とする熊之助。
「・・・しょうがない、付き合うか。」
そう呟いて熊之助もスクランブルブーストを起動させ、スープラとの距離を詰める。
「毎回変な車でレースしてるだけあってさすがに上手いな・・・」
ブーストによって離れた距離を埋められてから、ステージアは離れることなく、ぴたりと背後についている。
「腕の方は互角かそれ以上ってとこだな・・・不本意だけど、車の性能でごり押しさせてもらうか。」
そう言って中村はコーナリングで暴れるスープラを押さえつける。
「ん?誰か走ってんのか?」
砦山頂上の展望台で大の字になり、星を眺め ていたシュウゾーが麓から駆け上がるエキゾーストノートに身体を起こす。
「どれ、どんなやつか見てやるか。」
そう言って立ち上がり、駐車場の奥を走る道路を見下ろす。
小さかったエキゾーストノートは最高レベルとなり、道路を覆う木々の切れ目からは灯りが漏れ始めた。そして、ヘッドライトの光を放つ二台の車が飛び出し、脱兎のごとく駆け抜けていった。
「あれは中村のスープラだな。後のステージアは・・・誰だ?」
二台を見送ったシュウゾーが首を捻る。
「腕でカバーするのにも限界があるか・・・」
下りに突入し、じわじわ離れていくスープラのテールランプを見つめながら、冷静に熊之助が呟く。
「よーし、このまま行けば勝てるな・・・」
遠ざかるステージアをミラーで確認した中村が勝利を確信する。
予想以上の熱戦に、中村の額からは汗が滲み出ていた。
「あちぃ・・・終わったら一息入れるか。」
すでにアフター気分でフラグを立てる中村。そのフラグを回収するかのように額から染み出た汗が一滴、流れ落ちて右目を直撃する。
「あ・・・っ!やば・・・!」
「あれ?」
優勢に立っていたスープラが突然ハザードを点滅させてスローダウンし、道路脇に停車した。
「・・・?」
何事かと思った熊之助は、スープラを追い越して車を停めると、中村の元に向かった。
「どうしたの?」
スープラのドアを開け、右目を擦る中村に聞く。
「すまん。目に汗が入った・・・」
外していた眼鏡を掛けながら中村が答える。
「大丈夫?」
「ああ。とりあえず、今回はそっちの勝ちでいいや。」
中村が真っ赤になった右目で、負けを認める。
「そう?じゃあ、リターンマッチならいつでも受けるよ。」
あっさりつけられた勝敗に、拍子抜けした熊之助は苦笑いで返す。
「そんときはまたよろしくな。」
バトルの緊張から解き放たれた中村が爽やかに笑う。
「あらら、運命の赤い糸でも繋がってんのかねぇ。俺たちは・・・」
砦山頂上の展望台から、バトルの一部始終を双眼鏡で眺めていたシュウゾーがのほほんと呟く。
「まあ、今回はあの二人と直接的な絡みはなかったけど・・・」
そう言って二台が動き出したのを見送り、シュウゾー は展望台を後にした。




