いかにもな男 後編
「仁、わかってるな?」
「わかっとるって、りっちゃんの顔に泥を塗るような真似はせぇへんって。」
F港ミーティング当日。陸斗が念をおすと、FDのナビシートに座る仁がくどいと言わんばかりに返す。
「騒ぎを起こすな。やろ?俺はプロの探偵やで?」
仁が陸斗にニッと笑いかける。
「そうだったな・・・よし、行こう。」
「おう!」
二人はFDを降りて、お祭り騒ぎの夜の港に繰り出した。
「あれ?あんた確かジュンヤさんと一緒にいたFDだよな?」
チューンドカーで埋め尽くされた駐車場内を仁とうろつく陸斗に、若い男が声を掛ける。
「はい、そうですけど。」
「この間、ジュンヤさんの店にパトカーがたくさん停まってたけど、なんかあったの?」
「なんか家宅捜査されたみたいですよ。」
「やっぱここのことと関係があるのかな・・・」
家宅捜索と聞いて男が深刻な顔をして考え込む。
「ギャンブルが横行してるって話ですか?」
「ああ。前は個人でこっそりやってるってレベルだったんだけど、最近じゃ組織的になって結構な規模になってる。」
「・・・ってことは、動く額もでかくなってるってことやんな?」
仁が横から口を挟む。
「まぁね。一晩で数百万動いたって話も聞いたことがある。」
「すごいやん。」
数百万と聞いて、ギャンブル好きな仁は目を輝かせる。
「まあ、なんつーか、そのせいでここの空気もだいぶ変わった感じがするよ。」
男が寂しそうな顔をする。
「・・・ところで、俺たち県下最遅のFDってのを探してるんですけど、知りませんか?」
陸斗が話題を変え、目的である白いFDについて聞く。
「ああ、やつなら外れの方にいるよ。」
駐車場の奥に視線を向けて男が言う。
「そうですか、ありがとうございます。・・・行こう。仁。」
男に礼を言い、陸斗は仁をつれて駐車場の外れに向かう。
「・・・仁、あれだ。」
駐車場の外れに目的の白いFDを見つけた陸斗は、指をさして仁に教える。
「持ち主はどこや?」
仁がFDの周囲を見渡し、オーナーを探す。
「車内だな。」
薄暗い車内で、もぞもぞと動く人影を陸斗が見つける。
「顔がよう見えんな・・・」
よく見ようと顔を前に出し、目を細める仁が首を捻る。
「わかった。俺に任せろ。」
陸斗はそう言うと仁をその場に残し、FDに近づいて運転席側のドアの窓をノックする。
すると、ドアが開き、写真と同じ冴えない男が降りてきた。
「格好いい車ですね。写真撮っ・・・」
「おう、兄ちゃん。客んとこで借りた金、耳揃えて返してもらおうか!」
いきなり仁が営業スマイルの陸斗を押し退け、スズモトの胸ぐらをつかんで凄む。
「・・・おい、仁!やめろって!」
よろけた陸斗が体勢を立て直し、スズモトから仁を引き離す。
「おう、りっちゃん、仕事中や!邪魔すんなや!」
「騒ぎを起こすなっつったろ!」
興奮状態の仁に陸斗が吠える。
「まだ手ぇ出してへんやろがい!」
どうやらこの男は手を出さなければ騒ぎにならないと思ってるらしい。
「・・・こんなとこまで取り立てに来たの?」
乱れた服を直したスズモトが、抑揚のない口調で言う。
「おう、もう逃げられへんで。」
「これ。」
詰め寄る仁に、無表情のスズモトが茶封筒を差し出す。
「なんや、持っとるやないか。」
金が入っていると確信した仁は封筒を受け取り、中を確認する。
「・・・なんやこれ?全然足りんで?」
仁が表情を曇らせ、スズモトを睨む。
「それを俺に賭けるといい。ここで何やってるか知ってるんでしょ?」
薄ら笑いを浮かべたスズモトが言い放つ。
「そら勝つ見込みのあるやつが言うことやで?県下最遅。」
そう言ってスズモトを蔑む。
「確かにそうだけど、今日は違う。」
「ほーう・・・結構な自信やな。負けたらどうするつもりや?」
「俺を好きにすればいい。」
スズモトが口角を吊り上げる。
「お前、おもろいやつやなぁ。・・・その言葉、忘れんなよ?免許と車検証出せや。」
仁はひとしきり笑ったあと、スズモトを睨みつける。
「全く、何がプロの探偵だよ。」
「悪ぃって。飯おごるから許したってぇな。」
駐車場の最前列にある観戦ゾーンで、毒づく陸斗を仁が宥める。
「・・・にしても、あんな取り立てでいいのか?」
「かまへん。勝てば完済、負ければ客のとこにあいつを引っ張ってくだけや。」
そう言って仁は煙草を吸い始める。
「恐い恐い。ああはなりたくないな。」
陸斗はくわえた煙草に火をつけてもらいながら、スタート位置につくスズモトのFDを見る。
「そうやで。金にだらしないのはあかんで。・・・まあ、りっちゃんなら大丈夫やろうけどな。」
「金の管理はお袋に口を酸っぱくして言われてるからな・・・お、始まるぞ。」
「ご来場の皆様!長らくお待たせいたしました!ただいまより、今宵のメインイベントを開催いたします!」
マイクを持った男がスピーカーの詰まったハイエースの屋根で叫ぶ。
「本レースの出走メンバーは奥より32GT-R、13シルビア、MR2、RX-7 FD3Sとなっております!」
スタートラインに並ぶゼロヨン参加者の車種が叫ばれる度に歓声が上がる。しかし、FDの名が呼ばれたときのギャラリーの反応は、明らかに歓声より嘲笑の方が多く、勝利を期待されていないことがよくわかる。
「それでは、スタートコール!・・・五!四!三!二!一!」
スタートラインの前に立つスターターと連携を取りながらカウントが行われていき、それに合わせて四台のエンジンが咆哮を上げる。
「Go!!」
スターターが両手を降り下ろすと同時に、四台が一斉にスタートラインを飛び出していく。しかし、その中でFDは遅れを取ってしまい、最下位に落ち込む。
だが、次の瞬間、FDは爆発的な加速で三台をごぼう抜きにしてそのままゴールに飛び込んでいき、ゼロヨンはあっけなく幕を閉じたのであった。
県下最遅と呼ばれていたFDの豹変ぶりに、ギャラリーはどよめきに包まれていた。
「お前、これを狙って今まで猫をかぶっとったんか?」
ゼロヨン終了後。駐車場に戻ってきたスズモトを仁が問いただす。
「まあ・・・それより、免許と車検証。」
スズモトは辺りをひどく気にしながら、急かすように預けていた物を要求する。
それもそのはず、あれだけの大波乱が起きたのだ。仁の手元に大金が転がり込んできたことを考えれば、レース結果に不満を抱いている者は少なからずいることが予想されるため、スズモトはそういった連中からの八つ当たりを受けないよう、この場から速やかに離れる必要があった。
「おう、悪いな。あと、これはお釣りや。」
仁がスズモトに免許、車検証とわずかに厚くなった封筒を渡す。
「どうも。」
物を仁から受け取ったスズモトは、ナビシートにまとめて放り投げると、自身も運転席に滑り込んだ。
「あと、俺がゆうのもなんやけど、あんま変なとこで金なんか借りん方がええで。」
スズモトは仁のアドバイスなど聞こえなかったかのようにエンジンを掛けると、そのまま行ってしまった。
「愛想がないなぁ。」
そう吐き捨てると仁は踵を返し、空になった駐車スペースを後にした。
「りっちゃん、ありがとな。」
陸斗の元に戻ってきた仁が上機嫌に笑う。
「ああ、どういたしまして。」
「ほんじゃあ、これで美味いもんでも食ってくれ。」
仁が懐から万札を数枚取り出し、陸斗に差し出す。
「飯代にしちゃ多くねぇか?」
「ええってええって。大成果やったんや。取っとけよ。」
そう言って仁は、半ば強引に万札を押し付ける。
「じゃあ、もらっとく。・・・それより、早く行こうぜ。俺もここの空気は肌に合わねぇ。」
「おう、行こ行こ。」
二人は陸斗のFDに乗り込み、帰路についたのであった。




