いかにもな男 前編
「うわぁ・・・混んでるなぁ。」
平日の夜。所用でF市から三駅ほど離れたH市に出掛けていたまどかが、帰りの電車の混み具合を見て声を漏らす。
「しょうがない。乗るか。」
覚悟を決めたまどかは、スーツを着た退勤客でひしめく電車に乗り込んだ。
そして、電車は駅を出発し、まどかはドア付近の手摺に寄りかかり、スマホをいじっていた。
「・・・っ!」
程なくして、まどかが尻に違和感を感じ、身体を強張らせる。どうやら誰かが尻を揉んでいるようだ。
まどかは一人で行動していることや、電車に乗った際、周囲に見知った顔がなかったことを瞬時に思い返し、これは知り合いによる悪戯の類でないことを理解すると同時に、自分は痴漢被害に会っているということを思い知る。
そして、その事を完全に認識したまどかは一気にパニック状態に陥り、回らない頭を必死に回転させてこの状況に対する対処法を模索する。
「おい、おっさん!何しとんのや。」
無限にも思える地獄のような一時をドスの利いた声が破り、尻が解放される。
そして、突然のことに驚いて振り返ったまどかは、その場で凍りついた。
そこには、サラリーマン風の男の右手首を掴む、サングラスをかけた坊主頭のいかにもな男が立っていた。
「お、俺が何を・・・」
慌てるサラリーマンが手を振りほどこうとする。
「ああ!?俺は見とったで。このお姉ちゃんのケツ触っとったやろ?」
いかにもな男がサラリーマンの手を引っ張りあげ、捲し立てる。
いつの間にか満員の車内には、まどか達三人を中心に一定の空間が生まれていた。
「やられとったよな?」
男の視線がまどかに向けられる。
あまりの状況に声も出せないまどかは、首を縦に何度も振る。
「俺がやったって証拠があんのか!?」
サラリーマンが声を荒げて反論する。
「ほんならこれ見てみろ。」
男が派手なシャツの胸ポケットからスマホを取り出し、サラリーマンに突き出す。
「げ・・・っ!」
サラリーマンの顔が一気に青くなる。
「よう撮れてるやろ?もう言い逃れ出来んで。」
どうやらこの男はスマホのカメラで証拠を押さえていたようだ。
「よし、ほんじゃ次の駅で降りて貰おうか。・・・ちょっと悪いけど、あんたも一緒に来てもらってもええかな?」
男が申し訳なさそうにまどかに言う。
そして、三人は次の駅で電車を降りていった。
「・・・ってことがあったんですよ。」
煎餅屋で商品の陳列をしながら、まどかは昨日の電車内での出来事を語る。
「そりゃ大変だったな。」
カウンターで話を聞いていた陸斗が慰めの言葉を掛ける。
「いやぁ、でも、そのいかにもな人、顔はめちゃめちゃ怖かったけど、すごくカッコよかったです。」
「まあ、人は見た目じゃないからな・・・あ、お客さん。」
入り口のガラス越しに、銀色のセダンが駐車場に入る様子が見える。
「ひょ・・・っ!」
入り口を見たまどかが奇声を上げて一瞬固まり、脱兎のごとく陳列棚の影に飛び込む。
なんとセダンから降りてきたのは、あのいかにもな男だったのだ。
「おう、邪魔するで。」
男は店に入るなりそう言った。
「いらっしゃ・・・って、仁じゃねぇか。」
接客モードで挨拶をしかけた陸斗が一瞬で素に戻る。
「よお、りっちゃん。久しぶりやなぁ!元気しとったか?」
豪快に笑う男がサングラスを外す。
「ああ、久しぶり。」
「陸斗さんのお知り合いですか・・・?」
仲が良さそうに話す陸斗と男を見て、まどかが恐る恐る影から出てくる。
「ああ、そうだ。」
「なんや、昨日のお姉ちゃんやないか。」
仁がまどかを見て目を丸くする。
「ん?・・・もしかして、まどかがさっき話してたいかにもな男って、こいつのことか?」
「あん?りっちゃん、俺はもうヤクザやないで。」
苦笑いをしながら仁が言う。
「知ってるって、今は探偵だろ?」
「え?探偵?・・・ん?もう!?」
まどかは会話の内容を処理しきれず、完全に混乱している。
「落ち着け。確かにこいつは元ヤクザで見た目も引くほど恐いが、根は普通に良い奴だ。で、今はちゃんと足を洗ってH市で探偵をやってる。」
「はあ・・・」
陸斗の簡単な紹介にまどかが気のない返事をする。どちらにしてもなかなかお目にかかれない肩書であるため、反応に困るのも当然だ。
「顔のことは言わんでくれよ~。ところでりっちゃん、今夜空いてっか?」
困り顔で笑いながら仁が聞く。
「ああ、空いてるぞ。飯の誘いか?」
「そう、飯や。・・・えーと、まどかちゃんやったっけ?まどかちゃんもどうや?」
陸斗の答えに仁の顔がほころび、まどかにも声を掛ける。
「え!?あ、私は・・・」
混乱が解けきれていない様子のまどかが言葉をつまらせる。
「別に無理にとは言わないから、断ってもいいぞ?」
「じゃあ、今回はやめときます。すみません・・・」
陸斗に促され、まどかが申し訳なさそうに答える。
「ええってええって、また今度な。」
仁がまどかににこりと笑い掛ける。
「はい・・・ていうか、お二人はどういう関係なんですか?」
恐ろしい仁の笑顔にビビりつつも、まどかが質問する。
「中学の頃からのマブダチや。」
嬉しそうに仁が答える。
「え?じゃあ、陸斗さんって不良だったんですか?」
まどかが口に手を当てて驚く。
「そうやない。りっちゃんはずっと真面目やったで。俺の方は中学出てからグレちまってな・・・」
「その当時はこいつ、苦労が多かったんだ。」
苦笑いしながら語る仁に、陸斗がフォローを入れる。
「それで、中学のときのツレはみんな離れてってな。でも、りっちゃんだけは変わらず俺とつるんどってくれた。そんなりっちゃんの優しさに俺は感謝しとる。」
「やっぱり陸斗さんは優しいですね。」
まどかが陸斗に尊敬の眼差しを向ける。
「いや、別にグレたっていっても俺自身に害はなかったから、離れる必要もなかったわけだし、そこまで感謝しなくても・・・」
陸斗が照れ臭そうに笑う。
「相変わらずやな、りっちゃん。・・・それじゃあ、俺はもう行くから、この店で一番良い煎餅の詰め合わせをくれ。」
「あ、ああ。」
仁は高級な煎餅の詰め合わせを購入し、帰っていった。
「仁さんって関西の方ですか?」
「いや、F市出身だ。」
まどかの質問に陸斗がしれっと答える。
「え!?じゃあ、あの関西弁は?」
「仕事で一時期関西の方にいたらしいから、うつったんだろ」
「はあ・・・」
またもまどかが気のない返事をする。
「こうやってりっちゃんと飯食うのも久しぶりやなぁ。」
その夜。F市内にあるレストランで、ステーキを食べる仁が感慨深げに言う。
「ああ、一年ぶりだな。」
仁に笑いながらそう返し、陸斗は目の前のハンバーグにナイフを入れた。
「それで突然で悪いんやけど、ちょっと協力してもらってもええか?」
「協力?」
陸斗が、自身のハンドバッグを漁る仁に聞く。
「おう。この写真に心当たりないか?」
バッグから取り出した三枚の写真をテーブルに置き、仁が聞く。
写真にはそれぞれ、ボサボサ頭の眼鏡で小太りの冴えない男、フルエアロの白いFD、そのFDのナンバープレートのアップが写っていた。
「それに写っとるスズモトって男が、客のとこで借金してこの辺りを逃げ回っとるんやと。で、車はその男の愛車や。同じ車に乗っとるりっちゃんなら、なんか知っとると思ってな。」
「うーん・・・知らないな。」
写真を手に取り、じっくりと見ていた陸斗が顔を上げる。
「そうか・・・」
仁が残念そうに肩を落とす。
「まあ、俺も知り合いに聞いてみるよ。この辺りをうろついてるんなら、誰かしら何か知ってるだろ。」
「ほんまに!?ありがとなりっちゃん。やっぱ持つべきものは友達やな。」
仁が歓喜の声を上げる。
「いや、喜びすぎだって。」
恥ずかしさと照れ臭さのあまり、顔を真っ赤にした陸斗が仁を宥める。
「お疲れ様です。」
休日の午後。陸斗は外国人自治区にあるJunya Factoryのショールームを訪れていた。
「いらっしゃい。今日はどうしたの?」
入店した陸斗をジュンヤが人の良さそうな笑顔で出迎える。
「近くまで来たんで、ちょっと寄りました。」
「ほう。・・・ああ、そうだ、コーヒー飲む?ちょうど良いのが手に入ったんだよ。」
思い出したようにジュンヤが言う。
「いいんですか?」
「いいよいいよ。客がいなくて暇してたんだよ。」
「お待たせ。」
洋楽が流れるお洒落なショールームの窓際にある応接セットで待つ陸斗の元に、ジュンヤがコーヒーの香りを漂わせながら、湯気の上がるマグカップを二つ持ってきた。
「良い匂いですね。いただきます。」
陸斗がマグカップを受け取り、匂いを嗅いで口をつける。
「ところでジュンヤさん。ちょっと聞きたいんですが、スズモトってFD使いについて何か知りませんか?」
空になったカップをテーブルに置いた陸斗が話を切り出す。
「んー・・・フルエアロの白いFD?」
「そうです!知ってるんですか?」
ジュンヤの発言に陸斗が食いつく。
「あの県下最遅のFDね。それがどうしたの?」
「ちょっと友人が彼のことを探してまして・・・」
本当のことはとても言えず、さわりだけを伝える。
「ああ、そのFD、最近になってよく港のゼロヨンに出るようになったんだけど、常に最下位でね。あんなスペックの良い車に乗ってるのに、どんな運転をしてるんだか・・・」
県下最遅のFDについて、愚痴をこぼすようにジュンヤは話した。
「つまり、港に行けばそのFDに会えるんですか?」
「多分ね。最近行ってないから、確かなことは言えないけど・・・」
そう言ってジュンヤが白髪混じりの坊主頭を掻く。
「港常連のジュンヤさんが珍しいですね。」
「レースを賭けの対象にしてる連中が幅を利かせ始めてね・・・。そのせいで店にガサ入れも入っちゃったし、どうも行く気が起こんないんだよね。」
苦笑いでとんでもないことを語るジュンヤ。
「ジュンヤさん、笑えないです。」
「まあ、港に行くなら気をつけた方がいいよ。あれじゃいつ踏み込まれてもおかしくないから。」
若干引いている陸斗にジュンヤが忠告する。




