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リベンジ 前編

 「うーっす。お疲れ。」

 ある日の夜。いつものファミレスに入った陸斗が、一足先に席についていた芳文に声を掛ける。

 「お疲れー。どうだった?富士の本コース。」

 挨拶もそこそこに芳文が陸斗に感想を求める。

 陸斗は数日前に富士の大規模サーキットで行われた走行会に参加しており、今日はその時に使用していた車載動画の撮影機材を返却するため、このファミレスで芳文と待ち合わせていたのだった。

 「あまりに広かったんで、つい回しすぎそうになった。」

 陸斗がニヤリと口元に笑みを浮かべる。

 「それよかこれ、ありがとな。」

 撮影機材が入った紙袋をテーブルに置く。

 「おカード抜いた?」

 「抜いたよ。」

 ポケットから半透明のケースを取り出し、中に入ったメモリーカードを芳文に見せる。

 「動画、見ていい?」

 「いいよ。」

 陸斗からメモリーカードを受け取った芳文は、隣の空席に置かれたノートパソコンをテーブルの上の紙袋と取り換えると、ディスプレイを開いて電源を入れ、側面の挿し込み口にメモリーカードを挿入し、動画を読み込む。

 「俺も見ていいか?」

 答えを聞く間もなく、陸斗が芳文の隣の紙袋をどかして滑り込む。

 ディスプレイにはフォーメーションスタートが終わり、タイムアタックが始まった直後の映像が映し出されていた。

 「結構常連っぽいのいるね。」

 「ああ、ガチなやつが二、三台いた。・・・ほら、こいつ。」

 映像の中で悠々と前に出ていく赤い外車を指差す。

 「これ割と有名な人だよ。」

 ディスプレイを凝視したまま芳文が答える。

 「だろうな。車のいじり方が尋常じゃなかった。」

 

 「いいね。僕も走りたくなってきたよ。」

 動画の視聴を終えて芳文が目を輝かせる。

 「でも、倍疲れたぜ?」

 席に戻った陸斗がぼやく。

 「そりゃあ、常連連中とあんな死闘を繰り広げれば疲れもするでしょ。しかも、何台かぶっちぎってるし・・・」

 「そうか・・・まあ、改めて動画見たら自信がついた。」

 そう言うと陸斗は、煙草を箱から引っ張りだし、口にくわえて火をつけた。

 「何かやるの?」

 「まあ、ちょっとな。」



 「・・・あ、もしもし?俺です。」

 翌日の夕方、陸斗は自室でどこかに電話を掛けていた。

 「やあ、陸斗君。どうしたんだい?」

 電話の相手はまどかの父、幸造だった。

 「えーと・・・突然で申し訳ないんですが、俺とバトルしてくれませんか?」

 陸斗が窓の外に広がる田園風景を見据えて言い放つ。

 「すまないが、それはできない。それじゃ・・・」

 ため息混じりの返事とともに電話が切られてしまった。

 「・・・は?え?おい、ちょっと。」

 一瞬の沈黙の後、陸斗は困惑しながらリダイヤルをする。

 「ちょっとどういうことですか?」

 電話が繋がった瞬間、まくし立てるように聞く。

 「すまないね。言葉の通りだ。」

 「いや、理由を教えてくださいよ。俺は朝木さんにリベンジしたいんです。」

 陸斗は峠とサーキットの両方で幸造に負けており、今までリベンジの機会を伺っていたのだった。

 「うーん・・・話すより見せた方がいいか・・・」

 スピーカーから幸造の呟きが漏れる。

 「陸斗君、これから飯でもどうだい?」

 「え?今からですか?構いませんけど・・・」

 突然の誘いに困惑しつつも陸斗は承諾する。

 「じゃあ、まどか達がいつもミーティングに使ってるファミレスに行こうか。」

 「わかりました。」



 すっかり日も落ち、飲食店やスーパーなどが建ち並ぶF市のメインストリートには、家路を急ぐ車のヘッドライトの光が川のように流れていた。

 その流れを背後に、陸斗はファミレスの駐車場内を見回していた。

 「まだ来てねぇな。」

 平日とはいえ、夕食時はそれなりに混雑している。満車に近い駐車場の中に幸造のアルテッツァがいないことを確認すると、陸斗はFDに背を預け、煙草を吸い始める。

 「やあ、陸斗君。」

 「お?」

 不意に声を掛けられ、陸斗が振り返るとそこには幸造がいた。

 「どうも・・・あれ?アルテッツァは?」

 陸斗が再度、駐車場内に視線をめぐらし聞く。

 「・・・こっちだ。」

 明らかにテンションの下がった幸造が踵を返して歩き出す。


 「これだよ。」

 足を止め、振り返った幸造は後ろをついてきた陸斗に告げる。

 「え!?こ、これは・・・」

 困惑する陸斗の前には、黒いアルファードが鎮座していた。

 「妻にいい加減にしろって言われてね・・・」

 ばつが悪そうに幸造が苦笑いする。

 「確かにこれじゃバトルは出来ないな・・・」

 「出来れば進太には黙っててくれないかな。」

 歯切れが悪そうに陸斗に要求する。

 「わかりました。・・・無理言ってすみません。」

 「いや、いいんだ。それよりこれを・・・」

 幸造がポケットからメモ用紙を取り出し、陸斗に渡す。

 「これは?」

 メモ用紙に書かれている三つのコンマによって区切られた五桁の数字を見て聞く。

 「私が出した社での最高記録だ。」

 「・・・!」

 改めて見たその数字は、陸斗からすれば圧倒的なものであった。

 「つまり、それを越える記録を出せば、陸斗君のリベンジは成功だ。」

 幸造が口角を上げてニヤリと笑う。

 「なるほど、そう来たか・・・」

 陸斗が顔を上げ、闘志のこもった目で幸造を見つめる。

 「ありがとうございます。早速このレコードに挑戦します。」

 そう言うと陸斗はメモ用紙をポケットに押し込み、早足でFDに向かう。

 「うん、まず飯を食ってからにしようか。」



 「あのおっさん・・・一体何をすりゃこんなタイムが出るんだ?」

 明かりの灯ったアパートの一室でベッドに腰かける陸斗は、幸造のメモと自らのタイムが刻まれたストップウォッチを見比べて眉間にしわを寄せた。

 幸造にメモを渡された日から陸斗は夜な夜な社に通い、走り込んでいるのだが、目標には遠く及ばず燃料を無駄に消費する一方であった。

 「うーむ・・・よし、今日も行くか。」

 そう言って陸斗は膝を叩いて立ち上がると、部屋の電気を消し、社に向かうため玄関を出た。

 

 「ただいま。」

 一方、朝木家では、仕事から帰宅した幸造が、リビングで一人テレビを見ながら夕食を取るまどかに声を掛けた。

 「ああ、おかえりー。」

 まどかがそれまで見ていたバラエティー番組から視線を幸造に移す。

 「あれ?母さんは?」

 妻の姿が見えないことに気づいた幸造が室内を見まわす。

 「同窓会だよ。」

 「ああ、そうだった。そういえば、遅くなるって言ってたっけ・・・」

 「ご馳走様。それじゃあ、私は出掛けるから。」

 一人納得する幸造を尻目に、まどかは空になった食器を持って立ち上がった。

 「・・・社?」

 キッチンに向かおうとするまどかの背中に幸造が問いかける。

 「そうだよ?」

 足を止めたまどかが振り返り、きょとんとした顔で答える。

 「・・・お父さんも一緒に行っていい?」

 


 「自己ベスト更新・・・でもまだ足りねぇ。」

 ゴール地点の運送会社前に停めたFDの車内で、ストップウォッチに表示された数字を見て、陸斗が首をひねる。

 「うーむ・・・よし、もう一本!」

 声とともに息を吐き出して自分を奮い立たせると、陸斗はFDをスピンターンさせ、峠を駆け上がっていった。


 「おー、やってるやってる。」

 「今日も攻めてるなぁ。」

 S15の中から、FDが峠を駆け上がっていく様子を見たまどかと幸造がそれぞれ声を上げる。

 「とりあえず、邪魔しないようにそこに停めようか。」

 幸造が運送会社の正門前にある広いスペースを目で示す。

 「うん。」

 まどかが閉じられた門にリアを向けてS15を停め、エンジンを切る。そして、外に出ると、先ほど上っていったエキゾーストがいつの間にか下りに突入しており、ほどなくしてまばゆい光とともにFDが現れた。

 FDはまどか達の前で大きく左に旋回すると、バックでS15の隣に滑り込み、駐車した。

 「ふぅー・・・」

 アイドリング状態のFDから降りた陸斗は、大きくを息を吐くと、箱から煙草を一本取り出し、口にくわえてライターで火をつけようとする。

 「・・・あ!」

 幸造の存在に気づいた陸斗が、ライターをポケットに押し込み、煙草を箱に戻してまどか達の元に走り寄る。

 「来てたんですか?」

 少し驚いた様子で陸斗が口を開く。

 「まあね。順調かい?」

 「あともう少し・・・ってとこですね。」

 陸斗が渋い顔をして目を伏せる。

 「ふむ・・・難航しているようだね。じゃあ、ヒントをあげよう。」

 「ヒント・・・ですか?」

 突然の提案に陸斗が顔を上げ目を丸くする。

 「そう、私がまどかの車で陸斗君の前を走って、その記録を出した時にやったことをやる。・・・どうだい?」

 幸造が得意げに説明する。

 「それ、なんかフェアじゃない気がしますけど・・・」

 「いやいや、これはバトルっていう体でやってるから、逆に見せない方がフェアじゃないよ。」

 「・・・まあ、そういうことなら・・・」

 少しの間を置くも、納得しきらぬまま陸斗はそう答えた。

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