リベンジ 後編
「お父さん、無茶だけはしないでね。」
社峠頂上のスタート位置についたS15の車内で、ナビシートに座るまどかが幸造に念を押す。
「わかってるって・・・あと、母さんには黙っててくれよ?」
幸造は楽しそうにシフトノブを左右に小さく振ると、流れるようにギアを一速に入れ、S15を急発進させた。
「うぁ・・・っ!」
加速によってまどかの身体がシートに叩き付けられる。
「ちょ・・・!お父さん!ブレーキ!」
目の前に迫る第一コーナーに対し、明らかなオーバースピードで突っ込んでいく幸造にまどかが叫ぶ。
「やばっ・・・!」
絶望的な状況に目を閉じ、歯を食いしばる。
「わっ!」
わずかな衝撃と強烈な横Gがまどかの身体を揺さぶる。
「おい、マジかよ・・・」
S15が第一コーナーのイン側にある排水用の溝にタイヤを落とし、某車漫画のごとく溝走りをする光景を見て、陸斗が唖然とする。
そして、引き離されまいと、グリップ走行でコーナーを突破した頃には、S15は既に遠く離れたところにいたのであった。
「立ち上がりも速ぇ・・・こいつはきついな。」
高度なテクニックを見せつけられたことにより、陸斗は自分とのレベルの違いを痛感した。
「お父さん!私の車を壊す気!?」
「ごめんごめん。」
走行後、運送会社前で先ほどの無茶な運転に対して激怒するまどかに、幸造は平謝りをしていた。
「お母さんに報告するからね!」
「そ、それだけは勘弁してくれ!」
妻への報告という単語を出されたことにより、血相を変えて娘に懇願する。最早、父親の威厳のかけらもない。
「ありがとうございました。参考になりました。」
そんな二人の元に、車を降りて歩み寄った陸斗は頭を下げて礼を言う。
「あ・・・ああ、そうか!それはよかった。」
完全にテンパっている幸造が上ずった声で答える。
「・・・陸斗君からも何とか言ってくれないかな?このままじゃ、妻に殺される・・・」
横目で怒り心頭なまどかを気にしながら、小声で陸斗に助けを求める。
「・・・わかりました。・・・ええと、まどか。これに関しては俺にも責任があるから・・・な?」
陸斗が言葉を選びながらまどかをなだめる。
「うー、でも・・・」
怒りは収まったものの、納得のいかない様子で目線を真横に停めてあるS15に向ける。
「車が心配なら、明日仕事終わりに社長の所で見てもらおうか?最悪支払いは・・・払いますよね?」
陸斗が視線をまどかから幸造に瞬時に移す。
「あ、ああ、もちろんだ。」
幸造は小刻みに何度も頷く。
「もー、わかりましたよ・・・でも、今回だけだからね!」
二人に畳みかけられたまどかは、幸造にそう吐き捨てると自動販売機の方へ歩いていってしまった。
「ありがとう。助かったよ。」
幸造が安堵の表情を浮かべる。
「どういたしまして。」
「さて、どうするか・・・」
翌日、岩木家の居間で昼休憩を取りながらお好み焼きを片手に、陸斗はちゃぶ台の上に広げられた社峠の地図とにらめっこをしていた。
「溝走りするにはリスクが高いからな・・・」
いかに無茶をせず、効率良く走るかに焦点を合わせ、時折、地図に書き込みをしながら試行錯誤を繰り返す。
「・・・ダメ元だけどあの手で行くか。」
そして、考え抜いた先に一つの答えを導き出す。
「臼井くーん!ちょっと手伝ってー!」
店舗から飛び込んだ岩木の声が、陸斗を現実に引き戻す。
「はーい!今行きまーす!」
そう返事をすると、陸斗は食べかけのお好み焼きを航空写真の上に置いて居間を出ていく。
「もしもし?お疲れ様です。臼井です。」
「はいはい、どうした?」
その日の夜。陸斗は七原自動車の駐車場からジュンヤに電話を掛けていた。
「ちょっとセッティングの件で聞きたいことがあるんですが・・・」
「ほう。」
「社に合わせた即席のセッティングって出来ます?」
「出来るよ。」
ジュンヤが即答する。
「本当ですか?・・・それ、やるとしたら大体どのくらい掛かります?」
ないだろうと予想していた手段があるとわかり、目を丸くして詳細を聞きだす。
「ん?時間?それとも値段?」
「両方です。」
「そうだね・・・値段は一万かな。それで期間の方が今、結構忙しいから最低二週間かなぁ・・・」
「二週間・・・ですか・・・」
陸斗が眉間にしわを寄せ、言葉を詰まらせる。
「んー、急ぎなら自分でやってみる?データ送るよ?」
「え?良いんですか?」
ジュンヤのありがたい提案に驚きの声をあげる。
「いいよいいよ。まあ、自己責任になるけどね。」
「じゃあ、お願いします。」
陸斗が口元に笑みを浮かべる
「了解。それじゃ、メールでデータ送るね。」
「はい、ありがとうございます。」
そして、スマホを耳に当てたまま頭を下げ、通話を終了する。
「陸斗さん、点検終わりました。」
点検を終え、芳文の運転でピットから駐車場に移動するS15を背に、まどかが歩み寄る。
「そうか。どうだった?」
スマホをポケットに押し込みながら陸斗が聞く。
「異常は特になかったよ。」
移動を終え、S15から降りた芳文がまどかの代わりに答える。
「・・・で、エンジンオイルの方、早めにお願いね。」
まどかにキーを返しながら、やんわりとオイル交換の催促をする。
「はい。お給料が入り次第すぐに。」
二人のやり取りを見ていた陸斗はスマホを取り出し、ジュンヤから届いたメールの内容を確認する。
「・・・とりあえず、僕は店のクローズやってから社に行くけど、どうする?」
「んあ?・・・ああ、待ってる。」
芳文の言葉が自分に向けられたものだと気づいた陸斗は、顔を上げて短く答える。
「じゃあ、さっさと終わらせるよ。」
そう言って芳文は、ピットに小走りで戻っていく。
「ゆっくりでいいぞ。俺もやることが出来た。」
芳文の背中に声を掛けると、陸斗はFDに乗り込み、エンジンを掛けた。
「セッティングですか?」
開け放たれたFDの窓から顔を覗かせるまどかが、スマホを見ながらコントロールパネルをいじる陸斗に聞く。
「ああ。あの記録を破るには、もうドラテクだけじゃ無理だ。」
「確かに、お父さんのあの走りは正直異常でしたからね。」
ナビシートで体験したことを思い出し、まどかは苦笑いをする。
「まあ、俺が未熟なだけって言われたらそれまでだけどな。」
店のクローズ作業が終わり、芳文、まどかとともに社峠へ移動した陸斗はセッティングの効果を試すべく、頂上と運送会社前を何度も往復していた。
「よし、ドンピシャ・・・!さすがジュンヤマジック。」
必要としていた性能が遺憾なく発揮されていることに対し、陸斗の口元から笑みがこぼれる。
「どうだった?」
運送会社前でまどかと待機していた芳文が、アタックを終えてFDから降りた陸斗に聞く。
「だいぶいい。多分行ける。」
芳文の質問に答えながら、冷却のためFDのエンジンルームを開放する。
「マジか。僕もやって貰おうかな。」
「お前の場合は自分でやった方が確実だろ。」
ボンネットを細い金属の棒で固定した陸斗が芳文に向き直る。
「確かに。」
芳文が微笑んで大型インタークーラーがほぼ水平に配置されたエンジンルームに目を落とす。
「ついでに足も堅めにするか・・・」
そう呟くと陸斗は、エンジンルームの両端から突き出た車高調の減衰力調整用ツマミに手を掛け、数クリック右に回した。
「さて・・・」
五分ほどして、煙草を吸っていた陸斗は、短くなった吸殻を携帯灰皿に押し込むとボンネットを閉め、FDに乗り込もうとする。
「私もついて行っていいですか?」
運転席に片足を入れた陸斗に、まどかが横から目を輝かせながら聞く。
「ああ、いいぞ。」
「やった!」
まどかが飛び跳ねて喜ぶ。
そして、二人はそれぞれの愛車に乗り込み、峠を上っていった。
「よし、行くか。」
スタート位置につき、ルームミラーでS15の準備が整ったことを確認した陸斗が左右にウインカーを出し、スタートの合図を送る。
そして、エンジンを二回ふかしたFDは、カタパルトから射出される戦闘機のような急発進で、社の下りに飛び出していった。
「えー・・・なにあれ・・・」
FDの圧倒的なスタートからの走りに、まどかはドン引きして無意識にアクセルを抜く。
「さっきよりもかなりしっくり来てる・・・これなら・・・!」
序盤でルームミラーから消滅したS15に全く気づかぬまま、自らの感覚と愛車の走りのマッチングに酔いしれる陸斗。強烈なGで自らの身体を揺さぶりながら、爆発的な加速で次々とコーナーに飛びついて行く。
「だいぶ攻めてるな・・・」
峠を下るスキール音混じりのエキゾーストを運送会社前で聞きながら、芳文が呟く。
普段、陸斗はスキール音を出さない走りをしているが、この甲高い音を聞く限り、かなり本気で走っていることは容易に想像できる。
「・・・今日はこれがラストかな。」
そして芳文は、陸斗が今回の走りに勝負をかけていることも予想していた。
そうこうしているうちに、峠を下るヘッドライトの光が運送会社前の道路を照らし出し、ほどなくして芳文の前にFDが滑り込み、その勢いのままスピンターンをすると正門前に停車した。
停車したFDの運転席で、陸斗はサイドブレーキも引かずに首から下げられたストップウォッチを停止させ、タイムを確認する。
「・・・よっしゃ!」
陸斗は満足げな表情を浮かべると、大きく息を吐きながらシートに全身を預けた。
「どうでした?」
だいぶ遅れてゴールしたまどかが、S15の運転席から顔を出して芳文に聞く。
「多分、勝ったんじゃない?」
そう答えた芳文の視線の先には、車を降りてガッツポーズをする陸斗の姿があった。




