裏のガレージ
「おはよーございます。」
午後からのシフトのため、煎餅屋に出勤したまどかが店番をしている陸斗に声を掛ける。
「おう、おはよう。」
カウンターの向こうでスマホをいじっていた陸斗が顔を上げて挨拶を返す。
「ところで陸斗さん。」
「ん?」
戻そうとした顔をまどかに止められ、再び顔を上げる。
「裏にあるシャッター付きの建物って、あれ、ガレージですよね?」
「ああ、あれか。・・・さあ?物置じゃね?」
岩木の自宅を兼ねた店舗の裏手には、まどかが普段S15を停めている駐車場があり、その奥にシャッターの付いたコンクリート製の建造物があるのだが、陸斗はその存在を忘れていたようであった。
「気にしたことなかったんですか?」
「ああ。まあ、俺、歩きだし、裏に行くことほとんどないから・・・でも、なんでまた・・・」
「この間、お店の前を通ったときに、裏から鉄仮面が出てくるのを見たんですよ。」
身を乗り出すようにしてまどかが話す。
「鉄仮面?」
聞き慣れないワードに陸斗が怪訝な顔をする。
「古いスカイラインですよ。」
「いや、それは知ってる。」
R30型スカイライン2000RS。後期型はフロントマスクのデザインから鉄仮面と呼ばれ、発売から三〇年以上経った現代においても根強い人気を誇るスポーツカーだ。
「やあ、まどかちゃん、おはよう。」
トイレに行っていた岩木が奥から現れる。
「あ、おはようございます。・・・岩木さんって配達用の車以外になんか乗ってます?」
挨拶もそこそこに早速まどかが質問をする。
「え?鉄仮面に乗ってるけど?」
「やっぱり・・・この間、見ましたよ!」
まどかが目を輝かせ、嬉しそうに言う。
「ああ、じゃあ、あの車まどかちゃんだったのか。」
「・・・俺、初耳なんですけど。」
ばつが悪そうに陸斗がぼそりと発言する。
「え!?知らなかったの?」
岩木が驚愕の表情を陸斗に向ける。
「あのガレージ、開いてるとこ見たことなかったんで・・・」
「そうだっけ?・・・じゃあ、見てみる?」
唐突に岩木が提案する。
「お願いします。」
まどかが胸の前で手を合わせて即答する。
「俺は店番してるんで、後で見せてください。」
そう言って陸斗はカウンターの奥に引っ込もうとしたが、岩木に襟首を掴まれ、ガレージに連れていかれてしまった。
「よっ!」
掛け声とともに岩木がガレージのシャッターを押し上げる。
「おお!」
内部を見た陸斗とまどかが歓声を上げる。
開け放たれたシャッターの向こうには、ピカピカに磨き上げられた銀色の鉄仮面が静かに鎮座していた。
「どう?」
「すごい・・・」
まどかが感動の声を上げる。
「・・・正に男の空間ですね。」
陸斗が鉄仮面の右側のスペースに配置されたソファー、テーブル、テレビといった調度品に、壁際の棚に飾られているモデルガンやロボットの模型を見て呟く。
「ふっふっふ・・・わかってるじゃん。陸斗君。」
岩木が嬉しそうに、陸斗の背中を肘でつつく。
「綺麗に乗ってますね・・・」
まどかがボディーに映る自分の顔を手でなでる。
「ドライブでも行く?」
すっかり気を良くした岩木がポケットからキーを取り出し、まどかに見せる。
「是非!」
「よし、じゃあ陸斗君、店番よろしく。」
「いや、仕事しろ。」
仕事を陸斗に押し付け、ドライブに繰り出した岩木とまどかは、鉄仮面で春葉山方面へ向かっていた。
「音もいいですね。ここまで維持するのに結構お金掛かるんじゃないですか?」
ナビシートに座り、まるで芸術品を見るように内装を眺めていたまどかが、鼻歌まじりにステアリングを握る岩木に話しかける。
「まあ、そこは株とか不動産とかで金策はしてるよ。」
岩木が苦笑いしながら答える。
「え?・・・岩木さんって実はお金持ちなんですか?」
「いやいや、全然。いろいろやってようやく人並みってとこか・・・おっと!」
左手にある七原自動車の店舗裏から、いきなり目の前に飛び出してきたチェイサーとSAに驚き、岩木が急ブレーキを踏む。
SAの運転席には紅葉が座っており、ちらりとこちらを見るが、すぐに前方に振り返り、チェイサーを追って走っていってしまった。
「・・・え?・・・あ!」
一瞬の出来事に呆然としたまどかだったが、ジーンズのポケットに入れたスマホの着信によって正気に引き戻される。
慌ててポケットから引っ張り出したスマホのディスプレイには、紅葉の名が表示されていた。
「はい。」
「あーもしもし、まどかちゃん?岩ちゃんに窃盗犯捕まえるの手伝ってって伝えてもらえる?それじゃあ、よろしく。」
電話の先で紅葉はいつもの口調で要件を伝えると、一方的に電話を切ってしまった。どうやら最初に飛び出してきたチェイサーは窃盗犯らしい。
「えーと、岩木さん・・・」
「大丈夫、聞こえてた。」
短く言うと岩木は、ホイールスピンによるスキール音とともに鉄仮面を急発進させた。
「犯人のルートを考えるとこっちの方だな・・・」
ぶつぶつと呟きながら岩木は狭い側道に鉄仮面を滑り込ませ、少しでも二台に追いつくため、目にも止まらぬ速さで茶畑の中を走る曲がりくねった農道を駆け抜けていく。
「うわわわわ・・・速い速い速い。」
「車が傷むからあんまりこういうことしたくないんだけどね。」
ビビるまどかにステアリングを回しながら愚痴をこぼす岩木。
そして、いくつかのコーナーを走り抜けた先に主道と交わる交差点が見え、そこを見覚えのある二台が猛スピードで横切る。
「先回りは出来なかったか・・・」
舌打ちとともに岩木は鉄仮面のリアをスライドさせ、二台の背後にピタリとつく。
「この先、道が狭くなりますけど、どうするんですか?」
道路の両側に生い茂る木々は、先へ進むたびに密度を増している。
春葉山へと続くこの道は一部、二車線から一車線に幅員減少する区間が存在する。
「さあ、何かあれば連絡が来ると思うけど・・・」
「岩ちゃん、先回りできなかったか~。残るはプランAかCだね。」
SAのステアリングを握る紅葉が、ルームミラーをちらりと見てのほほんと呟く。前方では工場から工具、油脂類、タイヤなどを盗み出した窃盗犯の乗るチェイサーが、危なっかしくリアを振り回しながら遁走している。
「ん?」
ホルダーに装着されたスマホが着信を告げる。
「後処理が面倒だけど、プランAか・・・」
画面に表示された発信者を確認した紅葉が口を開く。
前方の道路は右に湾曲し、それに沿うように道幅は狭くなっている。
「あれ?」
右コーナーを抜け、幅員が狭くなった区間に進入した直後、岩木が怪訝な顔をしてアクセルを緩める。
先行するSAがハザードランプを点滅させ、スローダウンしたのだ。
「どうしたんでしょうか?」
二台をおいて木々に埋もれていくチェイサーを見送ったまどかが、心配そうに聞く。
「うーん、あの娘が諦めるわけないし、どうしたんだろう・・・」
岩木が眉間にしわを寄せて紅葉の行動を推理する。
そして、二台は速度を制限速度である四〇キロまで落とし、そのまま一車線の狭い山道を登って行った。
「あ!」
幅員減少区間の終点に差し掛かったところで、まどかが声を上げる。
右カーブを抜け、二車線になった道路の先には、春葉山へと通じるトンネルがあり、その入り口をパトカーが塞いでいた。そして、道路封鎖によって停止したチェイサーの傍らでは、二人の若い男が警官達によって取り押さえられていた。
「なるほど、そう言うことだったのか。」
紅葉の一連の行動に納得した岩木は、路肩に停車したSAの後ろに鉄仮面を止める。すると、紅葉が車を降り、パトカーの横で現場を眺めているグレーのスーツを着た長身の中年男性に向かって歩き出した。
「知り合い・・・ですかね?」
言葉を交わす紅葉と中年男性をフロントガラス越しに見つめながら、まどかが首を傾げる。
「そんな感じだね。」
ステアリングに寄りかかるようにして外の様子を見ていた岩木が答える。
そして、会話を終えた紅葉が戻って来た。警官達もパトカーに拘束した犯人を押し込み、撤収準備をしている。
「いやー、ありがとう。上手いこと窃盗犯を捕まえることが出来たよ。」
運転席側のドア越しに紅葉がいつも通りののほほんとした口調で礼を言う。
「知り合い?」
「そう、知り合い。連絡したらちょうど近くにいたみたいだったから、待ち伏せしてもらったんだよ。」
言い終えると紅葉はつなぎの胸ポケットからスマホを取り出し、ディスプレイの時計を確認して再びポケットにしまう。
「さて、私はもう行くよ。お礼は近いうちにするね。それじゃ。」
そして、紅葉は警察が完全にいなくなったことを確認してSAに乗り込むと、そのまま定常円旋回の要領でスピンターンをし、山を下っていった。
「ホントに不思議な人ですね。紅葉さんって・・・」
SAを見送ったまま、まどかが呟く。
「まあ、あの娘は結構謎な部分が多いからね。」
「いや、私からすれば岩木さんも割と謎ですよ。あんな走りが出来るなんて・・・」
まどかが視線をSAの消えた幅員減少区間の入口から、涼しい顔の岩木に移す。
「昔、サーキットをメインで走ってたんでね。・・・さて、俺たちも戻ろうか。」
その頃、エスケープした二人分の業務を陸斗が必死に穴埋めしていたのはまた別のお話。




