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車って空飛ぶんですね

 「ひどい雨・・・」

 土砂降りの夜。自宅の浴室から出たパジャマ姿のまどかは、滝のようにふり続ける雨音を聞きながら廊下を歩き、リビングのドアを開けた。室内ではソファーでくつろぐ幸造が、大画面の液晶テレビに映し出されているカーアクション映画を凝視していた。

 「あれ?それって新作?」

 「そう。新作。」

 凄まじいカーバトルが繰り広げられている画面から、目を離さずに幸造が短く答える。

 「・・・そういえば、陸斗君とバトルしたんだって?」

 画面の向こうで勝敗が決したのを見届けた幸造が、まどかに顔を向ける。

 「うーん・・・もう少しで勝てたんだけどね・・・」

 まどかが腕を組み、渋い顔をする。

 「その様子だと、陸斗君は今ごろ猛特訓してるだろうね。」

 幸造はわずかに微笑むと、再び映画の世界に入り込む。

 ふり続ける雨はやむ気配がない。


 その頃、春葉山山中にある春葉神社の広い駐車場では、陸斗のFDが水しぶきを撒き散らしながら、いびつな円を描いていた。

 昼間は参拝者や観光客で賑わうこの場所も、夜中になれば人の気配は消え、雨による消音効果で陸斗の罰当たりな行為が誰かの耳に届くこともない。

 「違う・・・」

 まどかとのバトルで接戦を強いられ、焦燥感に駆られた陸斗は、先ほどから定常円旋回をしているが、自分の感覚に明らかな違和感を覚えていた。

 「・・・うおっ!?」

 焦りによって不安定になった集中力と連動するように、FDがバランスを崩し、円から弾き飛ばされて停止する。

 「クソッ!全然ダメだ。」

 苛立つ陸斗が沈黙したFDのステアリングに右手を叩きつける。

 「マジでどうすんだよ・・・」

 そして、ため息まじりにそう言うと、バケットシートに力無く寄りかかり、思案に暮れる。

 「・・・ん?」

 前方にある駐車場の入り口から一台の車が進入し、煌々と灯されたヘッドライトに顔を照らされ、反射的に陸斗が手をかざすと、灯りが落とされた。 

 「あれは・・・」

 手を下ろした陸斗の前にはR32が鎮座していた。目を凝らすと、ルームランプが点灯し、ドライバーがこちらに手を振っていた。

 父親の進太だった。


 「ここに陸が来るなんて珍しいな。」

 先ほどまでの土砂降りが、嘘のように上がった駐車場で、車を降りた進太が煙草に火をつける。

 「親父はよく来んの?」

 煙草を吸う進太に釣られ、ジーンズのポケットから煙草を取り出しながら、陸斗が聞く。

 「時々な。・・・お前、何かあったのか?」

 「・・・何でわかった?」

 少しの沈黙の後、陸斗が聞き返す。

 「そのくらい雰囲気でわかる。」

 「なるほどね・・・」

 陸斗が二、三度小さく頷いて納得する。

 「で、何があった?」


 「え?お前、弟子のまどかちゃんに負けそうになったの?うわぁ・・・」

 まどかとのバトルのことを聞いた進太が口に手を当て、大げさなおどけ方をし、陸斗をからかう。

 「この野郎・・・」

 陸斗が進太を睨みながら、静かに言う。

 「だったら、帰りの下りでバトルするか?」

 ニヤニヤと笑いながら、進太が煽る。

 「上等だ。」

 中指を突き立てて陸斗が答える。

 「よし。じゃあ、ついてこい。」

 進太のその言葉を合図に、二人がそれぞれの愛車に乗り込む。


 駐車場から麓の県道へ抜ける細い山道で、進太のR32を追う陸斗が、ぎこちない手つきでステアリングをさばく。

 「やべぇ・・・全然ダメだ・・・」

 あまりの絶不調に思わず言葉が漏れる。

 「・・・親父のやつ、遊んでるな。」

 前を走るR32は、完全に陸斗の速度に合わせ、一定の間隔を開けて巡航している。


 「陸のやつ、力が入り過ぎなんだよ。そういうとこは子供の頃から変わんねぇな。・・・さて、どこで仕掛けるか・・・」

 片手でステアリングを握り、チラチラとルームミラーを見ていた進太が、怪しく笑う。

 「・・・よし、ここだ!」

 道幅がわずかに広くなっているコーナーで、進太がサイドを引き、わざとスピンさせる。

 

 「・・・うわっ!あぶねぇ!」

 目の前で派手にスピンをしたR32に驚き、陸斗が声を上げてブレーキペダルを踏みつける。

 「おいおい、ふざけんなよ・・・」

 停止したFDの車内で脱力した陸斗は、パッシングをして復帰を促すと、R32は車体を切り返し、失礼と言わんばかりにハザードを二回点滅させる。

 「やれやれ・・・」

 フロントガラス越しにR32が走り出すのを確認した陸斗は、軽く息を吐いて車を出した。

 「・・・あれ?何かやけにしっくり来る・・・」

 先ほどまでの違和感が消え、ドライビングがスムーズになっていることに陸斗が気づく。

 「・・・ああ、なるほど・・・力が入りすぎてたのか。・・・親父のやつ、まさかわざとやったのか?」

 不調の原因を悟った陸斗が、R32を改めて見据える。


 「よしよし、良い感じだ。」

 挙動のぎこちなさが消え、安定してついてくるFDをミラーで確認した進太が、嬉しそうに呟く。

 「・・・さて、このペースについてこれるか?」

 そして、進太がペースを上げる。

 

 「まったく・・・さすがは親父と言ったところか・・・」

 徐々に離れていくR32を追い、アクセルを煽る陸斗がニヤリと笑う。


 そして、勝敗が着かぬまま、二台は山を下りきり、街へ向かう途中の交差点でそれぞれの帰路に就いたのであった。


 翌日の昼下り。すっかり寝不足の陸斗は、煎餅屋のレジカウンターに突っ伏して寝息を立てていた。

 「寝るな!」

 背後から岩木が、モデルガンのストックで陸斗の後頭部を突く。

 「いって!・・・すみません。」

 叩き起こされた陸斗が、両手で目を擦る。

 「まったく・・・最初の頃に比べて、雨降った次の日の居眠りがなくなったと思ったら、これだよ。」

 モデルガンを両手で抱えた岩木が、ため息混じりに言う。

 「働き始めた頃は毎回でしたからね。」

 「うん。その度にハリセンやら、ピコピコハンマーを使って起こしてたよね?」

 岩木が恨めしそうに言う。

 「それ考えると、大分サボってたんだな・・・俺。」

 陸斗が遠くを見つめ、しみじみと言う。

 「いや、仕事に影響を出すんじゃないよ!」

 ストックが陸斗の腹にめり込む。

 「ごふっ!」

 

 そして、その夜。社峠の運送会社前には、まどか、芳文、アイリの三人の姿があった。

 「あれ?陸斗さんは?」

 遅れてやって来たまどかが、陸斗を探す。

 「臼井なら昨日、夜更かししたからって家で寝てるよ。」

 エボ5に寄りかかって煙草を吸っていたアイリが、まどかに教える。

 「ああ、そうなんですか・・・。」

 まどかが残念そうな表情をする。

 「春葉神社の駐車場で定常円やった後、親父さんとバトルしたんだって。」

 自販機でお茶を買ってきた芳文が、詳細を話す。

 「え!?そうだったんですか?」

 まどかが目を丸くして聞く。

 「うん。スランプを脱したとか言ってたけど、近いうちに今度は陸斗がバトルを申し込むかもね。」

 そう言って芳文は笑うと、お茶に口をつける。

 「今度こそ勝ちますよ。さて、ちょっと走ってきますね。」

 両手を組んで上に一度背伸びをしたまどかは、S15に乗り込み、ホイールスピンをさせながら峠を駆け上がって行く。


 「お父さんが言ってた通りだったな・・・」

 社の上りを流しながらまどかがぼやく。

 「スランプを脱したってゆうけど、実際どうなんだろう・・・」

 ぶつぶつ独り言を言いながら、ゴール地点のY字路でサイドターンをし、上りから下りに移行する。

 

 「速いのが来てる・・・」

 遥か後方から追い上げてくるヘッドライトの光にまどかが気づく。

 「よし。やってやる!」

 そう言うと、まどかはアクセルをわずかに緩めて相手を待つ。

 しかし、後ろにあった光は、一瞬の内にまどかの真横に滑り込んできた。

 「・・・え?」

 反射的に振り向いたまどかの目には、宙に浮く丸目の青いインプレッサが映っていた。

 そして、インプレッサはそのまままどかの横を通り過ぎ、S15の数メートル先で、火花を散らしながら着地をすると、速度を緩めることなく走り去って行った。

 「・・・な、何あれ?」

 

 「朝木ちゃん、お帰り~。なんかスゴいインプが通ったけど、どうだった?」

 運送会社前に戻ってきたまどかを、芳文が出迎える。

 「・・・。」

 芳文に対し、上の空のまどか。

 「朝木ちゃん?」

 「まどか、どうしたの?大丈夫?」

 アイリが心配そうにまどかの顔を覗き込む。

 「え~と、車って空飛ぶんですね・・・」

 放心状態のまどかが、ようやく言葉を発する。


 「・・・んぁ?」

 社峠での出来事を知る由もない陸斗が、真っ暗な自室で目を覚ます。

 「・・・今何時だ?」

 うつ伏せになり、ベッドから手探りで畳に放り出された照明のリモコンを探し当てると、天井に向けてボタンを押し、部屋の明かりをつける。

 「まだ十時半か・・・」

 眩しさに目を細めながら、ベッド脇の目覚まし時計を確認し、ベッドから立ち上がる。

 「この時間なら、まだあいつら居るな・・・」

 そう呟きながら、陸斗は脱ぎ捨てられていたジーンズをはき、グレーのパーカーを羽織ると、台所に向かい、冷蔵庫から缶コーヒーを取り出して、それを飲みながら玄関に向かった。


 「いやいやいや、有り得ない。見間違いじゃない?」

 まどかから先ほどの出来事を聞いたアイリが、煙草の煙を吐きながら否定する。

 「ホントですって。私の横を飛んでったんですよ!着地の音、聞こえませんでした!?」

 興奮気味にまどかが訴える。

 「確かに凄い音は聞こえたけど、そんな大ジャンプは・・・ねぇ?芳文君。」

 苦笑いをしながら、アイリが芳文を見る。

 「まあ、確かに現実味がない話だけど、有り得ない話って訳でもないかな。」

 「え?そうなの?」

 アイリが目を丸くして芳文を見る。

 「うん。前に動画で、ラリー車がそういう大ジャンプをしてるのを見たことがある。」

 「・・・どうすれば互角に戦えるか・・・」

 まどかが腕を組み、真剣な顔で考え出す。

 「いや、アレは人じゃないから・・・」

 話し込む三人の輪の真横に陸斗のFDが進入し、停止する。

 「やあ。」

 FDから出てきた陸斗に、芳文が軽く手を上げて挨拶をする。

 「よお。やっぱりいたな。・・・まどか、もう一回バトルしてくれ。」

 陸斗は軽く笑って挨拶を返すと、まどかをバトルに誘った。

 「はい!」

 バトルの誘いに、興奮冷めやらぬまどかが元気良く答える。


 ゴールの運送会社前の交差点に滑り込んできたFDが、そのままの勢いで定常円旋回を二回して道路脇に停止する。

 そして、S15が遅れてゴールする。

 「よし。勝った。」

 車から降りた陸斗が、ガッツポーズをする。

 「ぜ・・・全然追いつけなかった・・・」

 憔悴したまどかがふらふらと車を降り、車体にもたれる。

 「わりぃな。まだお前に勝たせる気はないんでね。」

 こうして陸斗は見事、まどかへのリベンジ(?)を果たしたのであった。

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