あの男たちがまたやらかした
「社長。セッティング出ました。」
日も沈みかけた頃。オレンジの夕日が差し込むジュンヤファクトリーの事務所に、セッティングの結果が書かれた用紙をはさんだバインダーを持った熊之助が入る。
「おーご苦労。」
独特のにおいのする海外製煙草を片手に、パソコンをいじるジュンヤがそう言うと、席を立ち、熊之助からバインダーを受け取る。
「うん。いいじゃん。」
用紙に書かれたデータを確認し、満足のいく結果に顔をほころばせる。
「じゃあ、俺はこれで・・・」
そう言って熊之助が出口に向かう。
「はいよ。・・・さて、おじさんはメールチェックをしようかね。」
熊之助を見送ったジュンヤは再び席に座り、マウスを操作してメールフォルダーを開く。
「・・・お?」
ユーザーからの問い合わせや、業者による営業などのメールの中に「再戦要求」と題されたメールを見つけ、それをクリックする。
爆走耕耘機様へ
三週間後の土曜日夜にショッピングモールL東京T店駐車場にて、ストリートレースが開催されます。是非、ご参加くださいませ。
あの時の借りを返させてもらいます。 シュウゾー
「ほう、面白いじゃん。」
メールを読んだジュンヤがニヤリと口元に笑みを浮かべる。
「と、いうわけで東京への遠征を企画したいと思います。」
F市内の台湾料理屋で、唐揚げや炒飯などの料理を囲む煎餅屋岩木、七原自動車の面々と熊之助に、ジュンヤがシュウゾーからの再戦要求の説明をし、遠征を提案する。
「はい。質問。」
芳文がジュンヤを見上げて挙手をする。
「はい、芳文君」
「参加は自由なんですよね?」
「まあ、基本自由だけど、陸斗君には参加してほしいかな・・・」
ジュンヤが唐揚げを頬張る陸斗に視線を泳がせる。
「あっつ!・・・いてぇ。・・・なんで俺が?」
唐揚げの熱い肉汁と堅い衣によって口内にダメージを受け、わずかに苦悶の表情を浮かべた陸斗が顔を上げる。
「ちょっと試したいセッティングがあってね。」
ジュンヤが満面の笑みで答える。
「つっても、今月厳しいからな・・・」
陸斗が渋い顔をして考え込む。
「なんなら高速代出すよ?」
「・・・んまあ、そこまで言うなら・・・」
突然の申し出に陸斗の顔から渋みが消滅する。
「よし、決まり!」
「あ、私もついて行っていいですか?」
まどかが元気よく手を上げる。
「もちろん!」
「ちょっと失礼。」
ストリートレース当日。会場に向かう途中、休憩のため立ち寄ったパーキングエリアの駐車場で、停車したFDの助手席にジュンヤが乗り込む。
「なんです?」
「セッティングだよ。」
カーステの右側に取り付けられた専用ホルダーから、ECUのコントローラーを取り出したジュンヤが、得意顔で答える。
「いや、ちょっと・・・!」
「大丈夫大丈夫・・・はい、出来た。ではでは・・・」
慌てる陸斗に目もくれず、ジュンヤは慣れた手つきでコントローラーを操作し、ホルダーに戻すと、そそくさと外に出て行ってしまった。
「おいおい・・・大丈夫か?」
ジュンヤを見送りながら、陸斗は心配そうに呟く。
「・・・いつもより明らかにパワーが出てる・・・」
パーキングエリアを出た陸斗は、ジュンヤの即席セッティングにより、飛躍的な変化を遂げたFDに驚くと同時にドン引きする。
「一体どんな魔法を使ったんだよ・・・」
ジュンヤ達が会場に到着した頃には、既に日は傾き、空は夜の顔を見せていた。しかし、ショッピングモールの広い駐車場に集まるカスタムカーの数は増える一方で、始まりはこれからといった状況であった。
「やあ、どうも。待ってましたよ~。」
現地で待ち構えていたシュウゾーが、積載車を降りたジュンヤに挨拶をする。
「ああ、招待してくれてありがとう。」
ジュンヤはそう言うと、シュウゾーと握手を交わす。
「今回はどんなマシンですか?」
ニヤニヤと笑いながらシュウゾーが聞く。
「クックック・・・メンツが揃ってからのお楽しみだよ。・・・お、噂をすれば・・・」
ジュンヤの視線の先には、エキゾーストを響かせながら駐車場に進入するODの80スープラがいた。
「バカなレースが出来るって聞いて遥々愛知から来たぜ。」
積載車の隣に80を駐車した中村が、爽やかに言う。
「よし、揃ったね。・・・熊!」
その場にいるメンバーの顔を見回したジュンヤが、熊之助を呼ぶ。
「はい。」
熊之助はそう答えると、積載車の荷台に掛かっているシートを一気に引き剥がした。すると、その下からODに塗装されたトラクターが姿を現した。
「来た来た。」
「あ~、やっちまったね~。」
「またバカな物を・・・」
待ってましたと言わんばかりに、各々が声を漏らし、周囲にいたギャラリーは、あまりに場違いな車(?)に好奇の視線を注ぐ。
「ちなみにエンジンはRB26を積んでおります。」
満面の笑みでジュンヤが説明する。
「え!?この間のRB、こんなことに使っちゃったんですか!?」
まどかが両手を口元に当て、驚愕する。
「いや、だいぶ前に造ってた20B搭載の芝刈機に比べれば、これはまだマシな方だ。」
「うわぁ・・・貴重な20Bを・・・」
ちなみに20Bとは、ユーノスコスモに搭載されていた、三ローター仕様のロータリーエンジンである。
「いやぁ、期待通りで何よりです。静岡最速のFDも参戦とあって、皆大盛り上がりですぜ。」
そう言ってシュウゾーが親指を立てる。
「それは良かった。」
ジュンヤが二、三度大きく頷く。
「ちょっと待て。誰が静岡最速ですって?」
陸斗が背後からジュンヤの肩を掴み、聞く。
「いやいや、違うよ。陸斗君。自称静岡最速って言ってるFD乗りがいるって紹介したら、なんかこんなことになっちゃっただけなんだよー。ね?」
ジュンヤが人の良さそうな笑みを浮かべながら、弁解する。
「いや、ね?じゃないよ!俺がいつ静岡最速だなんて痛いこと言ったよ!?」
陸斗が顔を真っ赤にして吠える。
「え?違うの?」
シュウゾーが目を丸くして聞く。
「静岡最速かどうかは知らないけど、そのFD、結構速いって噂は聞いてるぜ。」
そう言って中村が助け舟を出し、陸斗を見据える。
「なるほど~。ちょっとした話の食い違いはあったかもね。・・・で、どうする?陸斗君。止めとく?」
シュウゾーはそう聞いて、首を傾げる。
「そりゃあ、まあ、やるけど・・・」
渋い顔の陸斗が口を尖らせて答える。
「よし。これでなんの問題もないね。」
シュウゾーが満面の笑みで手を叩く。
「なんか納得いかねぇな・・・」
シュウゾーの笑顔の影で、陸斗が釈然としない表情を浮かべる。
やがて、ショッピングモールは営業終了時間を迎え、数時間も経つと周囲は車通りもなくなり、閑散としていた。しかし、駐車場では、集結したカスタムカーの煌びやかなネオン管やLEDなどの電飾や、大音量で音楽を垂れ流す大型のスピーカーによって、昼間以上の祭りのような賑わいを見せている。
そして、今、この祭りの一大イベントが始まろうとしていた。
「カウント行きまーす!」
駐車場の目の前を走る四車線の国道の真ん中で、ヘッドセットを着けたホスト風の男が両手を上げて叫ぶ。男の前にはZ32、80、FD、トラクターの四台がヘッドライトを灯し、餌を前にした獣のごとくスタートの合図を待っていた。
「五・・・!」
カウントが始まった瞬間、四台が一斉にエンジンをふかし出し、辺りに好戦的なエキゾーストを撒き散らす。
「・・・四!三!二!一!ゴー!!」
合図とともに、四台が微かな白煙の尾を引きながら、男の左右を走り抜けていく。
そして、スタートダッシュで三台を引き離すトラクターを見たギャラリーが、大爆笑をする。
「さて、頭は頂くぜ。」
そう言って中村が、ステアリングのニトロボタンを押し、増加した加速力で、目の前のZ32を一気に抜き去り、先頭のトラクターを追う。
「よーし、行け・・・!」
80がトラクターにどんどん近づいていく。
しかし、もう少しで追い付くかというところで、トラクターが爆発的な加速をし、80を引き離す。
「マジか・・・」
あまりに現実離れした状況に、中村が唖然とする。そして、視界の左端に何かが映り、反射的に視線を向けると、そこには悠々と前に出ていくZ32がいた。
その最中、ドライバーのシュウゾーは薄ら笑いを浮かべながら、こちらに小さく手を振っていた。
「野郎・・・!」
神経を逆撫でされ、ステアリングを握る中村の手に力が入る。
「さすがに折り返しで近づくのは怖いな。」
数十メートル先を爆走するトラクターを見据えて、シュウゾーが呟く。
折り返し地点である、R町交差点まで数百メートル。Z32の真後ろにピタリと張りついている中村も、同じように様子を見ているのか、先程から動きがない。
「・・・そういえば、FDは?」
視界にFDがいないことにシュウゾーが気づく。
「・・・っ!」
シュウゾーの呟きに答えるかのように、FDが右側を通りすぎ、トラクターに追いすがる。
「悪いな。あのマシンの信頼性は、俺の方がよく知ってるんでね。」
スクランブルブーストを切った陸斗が、ルームミラーに映るZ32と80に言う。
「他は動揺しても俺には通用しねぇぜ!」
横滑りをしながら、R町交差点に進入するトラクターのイン側に、陸斗がFDのフロントを捩じ込む。
「さすがにこれで陸斗さんと真っ向勝負はキツいか・・・」
FDに行かせまいと、踏ん張る熊之助が渋い顔で呟く。
「あっ・・・!」
トラクターがバランスを崩し、大きく外に膨らむ。その隙にFDがグングン前に出ていく。
「陸斗さん、大丈夫かな・・・」
まどかがそう呟いて国道の先を見つめる。
「やあ、まどかちゃん。バームクーヘン焼けたけど、食べる?」
ジュンヤが皿に盛り付けられた熱々のバームクーヘンを差し出す。
「わぁ!ビックリした!・・・って、やけに静かだと思ったらバームクーヘン焼いてたんですか?」
「うん、そう。いい出来でしょ?」
ジュンヤがにんまりと笑う。
「いただきます。・・・ジュンヤさんは、バトルの結果は気にならないんですか?」
バームクーヘンを頬張りながら、まどかが聞く。
「いやぁ、全然。おじさんは勝ち負けより、持ち込んだマシンをただ走らせることに重点を置いてるから。」
「なるほど・・・」
「戻ってきたぞ!」
ギャラリーの誰かがそう叫ぶと、まどかを含め、その場の全員が道路の先を見つめる。その先には、複数のヘッドライトがこちらに迫っていた。そして、そのヘッドライトはFD、トラクター、Z32、80の順で走っていることが確認できた。
ギャラリーが歓声を上げる。
四台は一つの塊のようになり、順位を変えることなく僅差でゴールに滑り込む。
「すごい!陸斗さんが一位だ!」
まどかが両手を上げて歓喜し、駐車場に入ってきたFDに駆け寄る。
「陸斗さん!おめでとうございます!」
FDから降りた陸斗を、まどかが祝福する。
「おう・・・って、あれ?」
まどかに対応しようとした陸斗が、急に辺りをキョロキョロと見回す。
周囲では先程まで歓声を上げていたギャラリー達が、蜘蛛の子を散らすように慌ただしく愛車に乗り込み、次々に駐車場から発進している。
「え?あれ?」
まどかも困惑して辺りを見回す。
「あー、陸斗君、まどかちゃん。」
陸斗とまどかのもとに、ジュンヤが小走りで駆け寄る。
「この騒ぎは一体・・・」
陸斗が辺りを見回しながら聞く。
「警察が動き出したって。陸斗君達も早く行ったほうがいい。」
ジュンヤがいつもより少し早めの口調で言う。
「わかりました。」
状況がわかり、冷静になった陸斗が答える。
「ジュンヤさん達は大丈夫ですか?」
まどかが心配そうに聞く。
「大丈夫。こっちは誤魔化しが利く。」
積載車へトラクターを積み込む熊之助を背に、ジュンヤが笑顔で答える。
「ああ、確かに・・・じゃあ、お先に失礼します。」
改めて場違いなトラクターを見たまどかが納得し、S15に乗り込む。
「行くぞ。ついてこい。」
隣にいた陸斗はそう言うと、窓を閉め、FDを発進させた。言われた通り、まどかはその続く。
そして、二台は我先に駐車場を出ていくカスタムカーの群れに、入り込んでいった。
ものの五分で静まり帰った駐車場に、十台近くのパトカーが赤色灯を回しながら続々と入って来た。
「あー、ちょっと!」
パトカーから降りた警官が、トラクターにシートを掛け終え、車に乗り込もうとしていたジュンヤと熊之助を呼び止める。
「はい、何でしょう?」
ジュンヤが人の良さそうな笑顔で対応する。
「何してたの?」
しかめっ面で中年の警官が聞く。付近では複数の警官が、懐中電灯を持って警戒を始め、積載車にも若い警官が張りついてトラクターを調べていた。
「ちょっと道に迷っちゃいまして・・・、道の確認と積み荷の点検をしてました。」
「不正改造の疑いのある車が集まってるって通報があったんだけど。」
警官が高圧的な態度で続ける。
「ああ、さっきまでうるさいのが百台ぐらいいたんですけど、なんか慌ただしく出ていっちゃいましたよ。ねえ?熊。」
「はい、なんか恐そうだったんで、道も聞けませんでした。とりあえず、高速までの道、教えてください。」
荷台を見ていた若い警官が、中年の警官に異常がなかったことを告げる。
「・・・ああ、そう。」
中年の警官は小声で若い警官に返すと、腑に落ちないという表情で首を捻る。
「まあ、いいや・・・高速?それなら、ここを出て右折したら、三つ目の信号を左折してまっすぐね。・・・まあ、なんかこんなこと言うのもアレだけど、あんまり変なとこ入らない方がいいよ。」
警官は道順の説明と忠告をすると、他の警官とともに引き上げていった。
「よし、じゃあ、行こうか。」
警官達を見送ったジュンヤは、熊之助にそう言うと積載車に乗り込んだ。
「はい。」




