ゲテモノ 前編
「やあやあ、陸斗君。」
「どうも、お疲れ様です。社長。」
ある日の昼下がり、陸斗は紅葉からの呼び出しで、七原自動車を訪れていた。
「話って何です?」
ショールームの応接セットに座る陸斗が、向かいに座る紅葉に聞く。
「突然なんだけどさー。ちょっと、うちでバイトする気って無い?」
「ホントに突然ですね・・・。何でまた?」
「まあ、まず見てもらいたい物があるんだけど・・・。」
紅葉についていき、工場に入ると、芳文が軽自動車のエンジンルームを覗き込んで作業をしており、その奥に灰色のシートが掛けられた一台の車が置かれていた。
「よいしょー。」
気の抜けるような掛け声とともに紅葉がシートを剥ぐと、ガンメタルの初代RX-7、SA22Cが姿を現した。
「おお、SAじゃないですか。」
陸斗が歓喜の声を上げる。
「ふっふっふ・・・。とあるルートから偶然入ってね。下駄代わりに使おうと思ってるんだけど、まあ、古い車だからいろいろガタが来てるわけで・・・」
「ほう。」
「そこで、ロータリー使いの陸斗君に、エンジンのオーバーホールをして貰おうと・・・」
「あの、無理です。」
紅葉が言い終わる前に陸斗が答える。
「えー?」
「これ、同じロータリーでも12Aじゃないですか。」
SAのボンネットを開け、中に入っている12A型ロータリーエンジンを見て陸斗が言う。
「それなら大丈夫。」
そう言って紅葉がSAの横にあるシートをめくる。
「い、13B・・・。」
シートの下からは、FDにも搭載されている13B-REW型ロータリーエンジンが出てきた。
「・・・いや、そういう問題じゃなくて、ロータリーのオーバーホールには専門知識と専用工具が必要で・・・」
「大丈夫大丈夫。マニュアルと工具もちゃんと手配してあるから。」
紅葉が親指を立てる。
「わかったよ。やりゃあいいんだろ・・・?」
「そういうこと。」
こうして、陸斗のバイトが始まったのであった。
「・・・で、工場長。マニュアルはざっくり読ませてもらったけど、俺がやることはオーバーホールだけでいいんだな?」
数日後。七原自動車の工場にて、これから分解をする13B-REWを前に陸斗が工場長の芳文に聞く。
「ああ。他は僕に任せてくれ。」
「タービンは?」
「大丈夫。ちゃんと用意してある。」
「了解。じゃあ、取り掛かるか。」
「洗い物終わりましたー。」
その夜。閉店後の厨房で洗い物をしていたまどかが、売り上げの計算をしている岩木に報告する。
「はーい。」
帳簿に視線を落としたまま、岩木が返事をする。
「・・・これでよし。・・・あー、終わった。」
そう言って岩木が、帳簿を閉じて背伸びをする。
「・・・あ、そうだ。まどかちゃん。」
「はい。なんでしょう?」
「これ、あげるよ。」
岩木がポケットからレストランの優待券を取り出し、まどかに差し出す。
「え!?いいんですか?」
「うん。貰い物なんだけど、俺行かないから。丁度明日、定休日だし、臼井君と行っておいでよ。」
「ありがとうございます!」
優待券を受け取ったまどかが、軽やかな足どりで、店を出ていく。
「アイリーン、十四番の眼鏡取って~。」
閉店後の七原自動車の工場で、ジャッキアップされたSAの下に潜り込んで作業をする芳文が、そう言って腕を伸ばす。
「はい。十四番。」
アイリが14と刻印された眼鏡レンチを芳文に渡す。
「ありがとう。」
「アイリさん。わりぃけど洗剤知らねぇ?」
SAの後ろにある洗浄台で、エンジン部品の洗浄を始めようとしていた陸斗が聞く。
「これでいいですか?」
まどかが洗剤を差し出す。
「ありがとう・・・って、いつ来た?」
洗剤を受け取りながら陸斗が聞く。
「つい数分前です。・・・それ、洗うんですよね?私もやります。」
「いや、服が汚れるからいいよ。それにこれ洗ったら、今日はもう終わる」
つなぎを着ている陸斗達に対し、まどかはジーンズに白黒ツートンのTシャツといった私服を着ていた。
「そうですか。・・・ところで、明日って空いてます?」
「明日?夕方からなら空いてる。」
「午前中は作業の続きですか?」
「ああ、そうだ。」
「お手伝いしても?」
「良いのか?」
「ええ。その後、二人でご飯行きましょう。」
「わかった。頼む。」
「・・・よし。」
翌日。工場でエキセントリックシャフトと呼ばれる、棒状の部品の歪みを計測器で測っていた陸斗が、小さな声でそう言うと、シャフトを静かに作業台の上に置いた。
「お。計測終わりました?」
SAに乗り込み、シートを外していたまどかが、車内から顔を出す。
「ああ。消耗品の交換だけで済みそうだ。・・・というか、下手にばらさない方が良かったような気もするが・・・。」
「社長いわく、状態がわからないエンジンに乗りたくないんだって。」
外したシートを運び出すアイリが言う。
「なるほどな。・・・それにしても、専用工具やらコンプレッションの計測器まで、よく集めたな・・・。」
「全部ジュンヤファクトリーから借りました。」
エンジンルームを覗き込んでいた芳文が顔を上げる。
「あの人、何でも持ってるな・・・。」
「エンジンって意外に早く組上がるものなんですね。」
F市街のイタリアンレストランで、ペペロンチーノをフォークに絡めながらまどかが言う。
「ロータリーは構造がシンプルだからな。」
そう言って陸斗がピッツァを一口かじる。
「まあ、問題はちゃんと動いてコンプレッションの数値が出るかどうかだ。」
「マニュアル通りに組んだんなら、大丈夫なんじゃないですか?」
「そうだと良いんだけどな。」
陸斗はカプチーノの入ったカップに口を付けた。
「おー。いい出来映えだね。」
数週間後。完成したSAを見て紅葉が言う。
そこには、ガンメタルからシャンパンゴールドに塗り替えられたSAがあり、開いたボンネットからは載せ換えられた13B-REWが覗いていた。
「エンジンのコンプレッションも八十代で安定してます。」
コンプレッションの数値が記入された用紙を見ながら、陸斗が言う。
「上出来上出来。」
「後は慣らしをして、ジュンヤさんのとこでコンピューターのセッティングです。・・・では、俺はこれで・・・。お世話になりました。」
陸斗が頭を下げ、踵を返す。
「待った。」
紅葉が陸斗を引き止める。
「何か?」
「まだ慣らしとテスト走行が残ってるよ?」
紅葉が親指でSAを示す。




