親父バトル
夜中と言うにはまだ早い時間。社峠入り口のコンビニ駐車場で、まどかは一人、S15に寄りかかり、紅茶を飲みながらスマートフォンをいじっていた。
そこにスポーツマフラーの重低音を響かせながら、一台の黒いR32型GT-Rが駐車場に進入し、S15の隣に駐車した。
「クソッ!やられた!」
R32の運転席から出てきたのは、なんと陸斗だった。
「え!?陸斗さん!?・・・車、どうしたんですか?」
「ああ、今日、F市にある実家に帰ったんだが・・・」
「じゃあ、お袋、俺帰るわ。」
約一時間前。陸斗はM町のアパートに帰宅する為、家の奥にいる母に声を掛けて玄関のドアに手を掛けた。
「あー、ちょっと待ちなさい。」
奥から母が呼び止め、小走りで玄関まで出てくる。
「はい、これ。お土産。」
母が手に持っていたビニール袋を差し出す。中には市販品のクッキーやチョコレートが入っていた。
「おー、ありがとう。じゃあ、帰るわ。」
「はーい、気を付けて。」
外に出ると、慣れ親しんだ住宅地は夕焼けに染まっていた。
「え?」
玄関先から、FDがある筈の駐車場を見た陸斗は目を疑った。
駐車場には、父のR32と母の軽自動車が停められており、陸斗のFDが無くなっていた。
「おいおいおい!マジかよ!?」
陸斗が慌てて駐車場に走り、FDが停められていた、R32と軽自動車の間の空間を見下ろす。
「盗まれた・・・?いや、まさか・・・ん?」
視界の端にある、黒いR32のフロントガラスに貼り付けられた、メモ用紙の存在に気づく。
ちょっと車借りるから、代わりにお父さんのGT-Rを使いなさい。父より
メモ用紙にはそう書かれていた。
「あのクソ親父・・・。」
「・・・と、言うわけだ。」
一通り説明をした陸斗は、一息つくと、煙草を一本取り出して口にくわえる。
「陸斗さんのお父さんも走り屋だったんですね。」
R32をまじまじと見ながらまどかが言う。
「まあ、話でしか聞いたことはないがな。」
「ごめんください。」
数日後。陸斗、まどか、岩木の三人で店番をしていると、頭に白髪の混じった初老の男が訪ねてきた。
「は~い、いらっしゃ~い。」
「いらっしゃいませー!」
岩木とまどかが挨拶をする。しかし、陸斗は無表情で止まっていた。
「・・・親父。」
陸斗が重い口を開く。
その男は陸斗の父、臼井進太だった。
「おう、陸斗。邪魔して悪いね。」
「それより車!」
「返す返す。・・・ほら。」
進太がFDのキーを差し出し、陸斗もR32のキーを進太に渡す。
「それにしても、うちの陸斗がお世話になってます。」
進太が岩木に頭を下げる。
「あーどうも。陸斗君はいつも真面目にやってくれてるんで、こちらとしてはすごく助かってます。」
「そうですか、ありがとうございます。これからもちょっと、陸斗をお願いします。・・・お、この店って可愛い娘もいるんだね。・・・何?陸斗の彼女?お母さんに報告しないと・・・」
「とりあえず、出禁でいい?」
「いやいや、冗談だよ。」
進太が無邪気に笑う。
「ごめんください。」
煎餅屋に新たな客が入店する。
「あ、お父さん。」
幸造だった。
「やあ、まどか。・・・ん?」
幸造が進太を見て固まり、目を丸くする。
「もしかして、進太か?」
「あれ?幸造?・・・久しぶりだな。」
「ああ、久しぶり。ここで何してんだ?」
「うちの小僧に車を返しに来たんだよ。」
「小僧?え?」
幸造が困惑した様子で、陸斗と進太を交互に見る。
「知り合い?」
陸斗が進太に聞く。
「かつてのライバルだ。」
「ライバル?俺とのバトルを逃げ出した奴が?」
幸造が進太を恨めしそうに見る。
「おい、まだ言うのか?あの時は前日に免取りになったって、何度も言ったろ?」
「その後でも再戦のチャンスはいくらでもあっただろうが。」
「その後にも色々あったんだよ・・・じゃあ、再戦するか?」
進太がうんざりしたように言う。
「そうこなくちゃ。」
幸造がニヤリと笑う。
「じゃあ、来週土曜の夜十時、社峠でどうた?」
「いいね。今度は逃げるなよ?」
「逃げねぇよ。」
そして、連絡先の交換をした進太と幸造は、それぞれ煎餅の詰め合わせを購入して帰っていった。
「お前、うちの小僧を負かしたそうじゃねえか。」
翌週の土曜日。社峠下りのスタートラインにつく、R32の運転席から進太が、隣のアルテッツァの運転席に座る幸造に話しかける。
「ん?ああ、負かした。」
「そうか、小僧に代わって借りを返してやる。」
「こっちこそ、娘のまどかがお宅の陸斗君に世話になっているから、たっぷりお礼をしてあげよう。」
「おぉおぉ、すげぇ睨み合い・・・。」
半ば呆れたように煙草を吸いながら、二人の様子を見てスターターの陸斗が呟く。
「・・・ん?」
ポケットのスマートフォンが振動し、電話着信を告げる。
「どうした?」
「・・・ああ、陸斗さん、まずいっす。今、入り口のコンビニに居るんですが・・・。」
社峠入り口のコンビニ駐車場から、陸斗に電話を掛ける笹端の視線の先には、交差点のど真ん中で峠から下りてくる走り屋を待ち伏せする、パトカーの姿があった。
「そりゃ、まずいな・・・。わかった、ありがとな。お前はそのまま帰っていい。後はこっちで何とかする。・・・ああ。じゃあ、また・・・。」
陸斗は電話を切り、ポケットに仕舞うと、両手を大きく振って、その場に居る親父二人とまどかにバトル中止の旨を伝える。
「どうした?」
三人が陸斗の周りに集まり、進太が聞く。
「入り口の交差点で警察が張ってるって。」
「え!?じゃあ、逆方向に逃げましょう。」
まどかが慌てて言う。
「多分、逆方向もダメだね。」
表情がやや険しい幸造が口を開く。
「じゃあ、どうすれば・・・。」
「まあ、ちょっと危ねぇけど、どうにかは出来るかも・・・。」
「どうするんですか!?」
まどかが陸斗の提案に食いつく。
「手伝ってくれるか?」
「勿論です!」
「よし。親父、最悪捕まったら罰金の支払いとお袋への言い訳を頼む。」
「・・・何する気だ?」
「俺とまどかとゴール地点にいる芳文の三人で、警察の気を引いて親父達を逃がす。」
「ダメダメダメ!それはお父さん許さない。」
「じゃあ、どうすんだよ?」
「お父さんがやる。子を守るのが親の務めだ。・・・な?幸造。」
進太が幸造の肩をポンと叩く。
「あ、やっぱ俺もやるんだ・・・。」
「当たり前だ。」
社峠入り口交差点。走り屋を取り締まる為、交差点の真ん中で待ち伏せをする一台のパトカー。
そこに複数の排気音とスキール音が、峠から響く。
音に反応し、赤色灯を回すパトカー。
ほどなくして、粘着テープでナンバーを隠したR32とアルテッツァが駆け下りてくる。そして、二台がパトカーの周りを定常円旋回で回り始めた。
「おい、こら!やめんか!貴様ら!」
スピーカーで怒鳴り声を上げる警察を嘲笑うかのように、白煙を撒き散らす二台。そして、後から下ってきたFD、S15、ワンエイティー、エボ5の四台が交差点を三方向に離脱し、それを見届けた後、R32とアルテッツァが二手に別れて離脱する。
峠から遠く離れたコンビニの駐車場に再集結した六台。
「いやー、久しぶりに無茶したな。」
粘着テープを剥がしながら、進太が楽しそうに言う。
「全く・・・再戦が台無しだよ。」
進太とは対照的に、文句を言いながら粘着テープを剥がす幸造。
「まあ、また近いうちにやりゃあいいさ。」
「近いうちって・・・あれじゃ当分峠には近づけねぇぞ。サーキットでやった方がいい。」
陸斗が缶コーヒーを飲みながら言う。
「いいね。じゃあ、今度行こうか。」
「それにしても、あんな子供みたいなお父さんを見るのは、初めてですよ。」
「いやあ、つい楽しくて・・・。」
幸造が恥ずかしそうに頭を掻きながら言う。
「まあ、男っていうのは大体そういうもんだ。」
そう言って陸斗は、残りのコーヒーを流し込んだ。




