第5話 集められた若き異端児たち
フェザーン王国の中心、荘厳なる王の間に、重々しい金属音が響き渡った。
巨大な両開きの扉が近衛兵の手によってゆっくりと開かれ、アベルが率いることとなる特命部隊のメンバーたちが、次々と赤い絨毯の上へと足を踏み入れてきた。
「おうおう。呼ばれて来てみれば、なんちゅう重苦しい空気だ。息が詰まりそうじゃないか」
最初に沈黙を破ったのは、豪快な笑い声を響かせながら大股で歩いてきた小柄な女性だった。
彼女はドワーフ族の戦士にして鍛冶師、ベリア。年齢は四十歳前後だが、長命なドワーフ族の中ではまだ血気盛んな若者の部類に入る。彼女の背中には、自身の背丈ほどもある巨大なミスリル製のハンマーが背負われており、歩くたびにズシン、ズシンと床を揺らした。
建設大臣バルガンの直弟子である彼女は、王城の堅苦しい礼儀作法など全く気にする様子もなく、玉座の前に立つアベルの横まで来ると、その背中をバンバンと力強く叩いた。
「聞いたぞ、アベル。あたしらが魔界討伐の特命部隊に選ばれたってな。しかもお前がリーダーだっていうじゃないか。ガキの頃から泥んこになって遊んだお前と、こんなデカい冒険に出られる日が来るとはね。あたしはバルガンの親方の最高傑作を任されてるんだ。道中は、このお姉ちゃんに大船に乗ったつもりで任せな」
「い、痛いよベリア……。頼りにしてるけど、もう少し手加減してくれ」
容赦ないドワーフの筋力に、アベルはむせながら苦笑した。ベリアの明るさと裏表のない性格には救われるが、彼女は細かい作戦など一切無視して真っ先に突撃する生粋の特攻隊長でもある。リーダーとして彼女の手綱を握れるかというと、甚だ不安であった。
「ひぃっ……、ひぃぃぃ……。か、帰りたい……。厨房に、帰りたいよぉ……」
ベリアの快活な声の背後で、情けない嗚咽を漏らしながら這うように進んできたのは、獣人の青年だった。
バクスの一番弟子にして、天才的な料理の腕を持つキップ。アベルと同い年の親友である彼は、ピンと立った獣の耳をぺたんと寝かせ、豊かな尻尾を股の間に挟み込んで、今にも気を失いそうなほどガタガタと全身を震わせていた。
「キップ、大丈夫か。顔が真っ青だぞ」
アベルが心配して駆け寄ろうとするが、キップはその場にへたり込み、両手で頭を抱えた。
「だ、大丈夫なわけないだろ。バクスの親方に、王城に呼ばれてるから行ってこいって蹴っ飛ばされて来たら、ま、魔界討伐なんて……。冗談じゃない。相手は世界を滅ぼす大魔王の軍勢だぞ。俺みたいな料理人がついて行ったって、魔物のエサになるだけだ。絶対に死ぬ、間違いなく死ぬぅ……」
キップは王の御前であることも忘れ、絨毯の上でボロボロと大粒の涙を流して泣き崩れてしまった。
元々極度の臆病者である彼にとって、王都の外に出ることすら恐ろしいのに、魔界軍との最前線へ赴くなど自殺行為に等しい。彼の絶望も無理からぬことだった。
「情けない奴だ。獣人の面汚しめ。……こんな足手まといを連れて、本気で魔界の幹部と戦えるとでも思っているのか」
キップの泣き声を切り裂くように、冷たく透き通った声が王の間に響いた。
最後に入ってきたのは、白の軍服を一切の皺なく着こなした青年、シオンだった。
彼は泣き喚くキップを一瞥して鼻で笑うと、玉座に座る国王ヴァンに対して、一切の臆病さを見せずに真っ直ぐな視線を向けた。
「お呼びにより推参いたしました、陛下。……しかし、この編成はいささか納得がいきません」
シオンの登場により、王の間の空気は一気に氷点下まで冷え込んだ。
彼はアベルの横に並ぶと、昨日の修練場と同じ、見下すような冷ややかな視線をアベルへと向けた。
「ドワーフの戦士に、泣き虫の料理人。そして何より……この、戦士としても召喚師としても半端な王子が、我々のリーダーであるという点です」
「シオン、お前……」
アベルが言葉を詰まらせる中、シオンは一歩前に出て、玉座のヴァンに向かって声を張った。
「陛下。魔界の軍勢を叩くというのであれば、それは一瞬の判断ミスが全滅を招く苛烈な死地です。魔法で遠距離から攻撃することもできず、肉体に中級の魔獣を同化させることしかできないアベルが部隊を率いれば、我々は的確な戦術行動をとることすらできません。この半端者に、他者の命を預かる器はありません」
一切のオブラートに包まない、刃のような直接的な抗議。
シオンは自分の能力に絶対的な自信を持っている。だからこそ、情実で選ばれたとしか思えない無能な王族の下につくことなど、彼のプライドが絶対に許さなかったのだ。
ベリアがシオンの態度に眉をひそめ、巨大なハンマーの柄に手をかけた。
「おい、すかした優等生。王様の前でアベルをコケにするってんなら、あたしがその頭を叩き割ってやろうか」
「やれるものならやってみろ、野蛮なドワーフ。鈍重なハンマーを振り下ろす前に、僕の召喚獣がお前を炭玉に変えてやる」
シオンが腰の細剣に手をかけ、一触即発の空気が流れる。
キップは「ひぃぃぃ、仲間割れだぁ、もう終わりだぁ」と頭を抱えてさらに小さく丸まった。
「やめろ、二人とも。父さんの前だぞ」
アベルが慌てて二人の間に割って入ろうとするが、どちらも全く引く気配がない。
結成されたばかりだというのに、チームとしての連携や信頼関係など欠片も存在しなかった。それぞれが自分の主張をぶつけ合い、我が強すぎるか、弱すぎるか、極端な者たちの集まり。これでは、魔界の軍勢と戦う前に自滅してしまう。
その無惨な有様を玉座から見下ろしていたヴァンは、表情を一切変えることなく、低く重い声で言い放った。
「……言いたいことは、それだけか、シオン」
「陛下」
シオンは剣から手を離し、姿勢を正した。
「アベルの力が半端であることなど、百も承知だ。だが、俺はあいつをリーダーに選んだ。その決定が覆ることはない」
ヴァンは冷徹な眼差しで、若き天才を射抜いた。
「不満があるなら、道中で力を示せ。お前が本当に部隊を導く器であり、アベル以上の指揮能力と仲間を護る力があるというのなら、戦場でおのずと序列は決まるはずだ。口先で吠えるのではなく、結果で自らの正しさを証明してみせろ」
それは、シオンの抗議を力でねじ伏せるのではなく、あえて戦場という実力主義の場に放り投げる冷徹な突き放しだった。
「……承知いたしました。ならば、戦場で証明してご覧に入れましょう。誰が真に上に立つべき人間なのかを」
シオンは深く一礼したが、その瞳の奥には静かな怒りと闘志が燃えていた。
軍議は険悪な空気のまま終了し、各自は出立の準備のために解散となった。
王の間を出たアベルは、重い溜息を吐きながら誰もいない廊下の壁に背中を預けた。
「……前途多難、なんてレベルじゃないな」
後先考えずに突撃しようとする豪快なドワーフ。
絶望して泣き喚く臆病な料理人。
自分を見下し、実力でねじ伏せようとする傲慢な天才。
そして、彼らをまとめ上げなければならない、器用貧乏で力不足な自分自身。
バラバラにも程がある。これでどうやって世界を救うというのか。
アベルは自身の頼りなさに自己嫌悪を抱きながらも、それでも父がくれた「お前を信じる」という言葉だけを胸に強く刻み込み、重い足取りで自分の部屋へと向かって歩き出した。
魔界討伐の旅は、まだ王都を一歩も出ていないというのに、すでに最大の試練に直面していた。




