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万能で半端な召喚魔法戦士、魔界討伐の旅に出る〜偉大な英雄を両親に持つ王子は、最高の仲間と共に己の刃を鍛え上げる〜  作者: 八咫 日本


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第32話 偽りの清水と、崩壊する防人たち

オアシス都市サリューの空は、呪われているかのように雲一つなく、白茶けた太陽が容赦なく街を焦がし続けていた。

「くそっ……。どこを見ても、完全に干上がってるか、あの毒の沼と同じ匂いがする水ばかりだ」

石造りの路地を歩きながら、アベルはひび割れた唇を噛んだ。

巨大なオアシスの湖が『猛毒のヘドロ魔族』によって腐敗させられていると知った一行は、手分けをして都市の中に残された無事な水源を探し回っていた。しかし、どの井戸を覗き込んでも、底には緑色に濁った泥水が僅かに溜まっているだけで、とても人間の飲める代物ではなかった。

極度の水分不足が、特命部隊の身体を確実に蝕み始めている。

アベルの視界は時折ぐにゃりと歪み、呼吸をするたびに熱風が肺を焼き、喉の奥がカラカラと嫌な音を立てた。全身から汗すら出なくなりつつあるこの状況は、熱射病の一歩手前という極めて危険な兆候だった。

「アベル……。こっちの区画も駄目だったよ。貯水槽も全部、あの紫色の泡が浮いてて……」

路地の向こうから、キップがふらつく足取りで戻ってきた。彼のような獣人にとって、この砂漠の異常な熱気と乾燥は人間以上のダメージを与える。豊かな毛並みはパサパサに乾ききり、耳も尻尾も力なく垂れ下がっていた。

その時、都市の奥の広場から、ベリアの弾んだ声が微かに聞こえてきた。

「おい、こっちだ! この井戸、水が澄んでるぞ!」

アベルとキップは顔を見合わせ、最後の力を振り絞って広場へと駆け出した。

そこには、大理石で囲まれた立派な共同井戸があり、ベリアとシオンが先に到着していた。ベリアが縄を引いて汲み上げた木桶の中には、湖のあの不気味な深緑色ではなく、無色透明な水がたっぷりと揺れている。

「地下深くの水脈から直接汲み上げてる井戸みたいだね。湖の毒がここまで浸透してないのかもしれない」

ベリアは歓喜の声を上げ、ひどく乾いた喉を鳴らした。

ドワーフである彼女は、元々暑さには強い種族だが、重い装甲や巨大なハンマーを携行しているため、発汗による水分の喪失は誰よりも激しかった。彼女の顔はすでに茹でダコのように赤く火照り、限界を超えているのは明らかだった。

「待て、ベリア。透明だからといって安全とは限らない。まずは私が氷の魔法で不純物を分離する」

シオンが冷静にベリアを制止し、桶の水に向けて手をかざした。

「氷結せよ」

彼の指先から放たれた冷気が桶の水を瞬時に凍らせていく。シオンは凍りついた水の塊を取り出し、表面の氷を細剣の柄で砕いて捨てた後、中心部分の最も純度の高いと思われる氷だけを小さな携帯用コップの中へと溶かした。

「これなら、不純物や毒素はあらかた取り除かれているはずだ。……私が先に毒見をしよう」

シオンもまた、涼しい顔を作ってはいるものの、その青白い肌には異常な脂汗が浮かんでいた。彼は自身のコップの水を一口、そして二口とゆっくり喉に流し込む。

「……味に異常はない。冷たくて、まともな水だ」

シオンのその言葉を聞いた瞬間、限界を迎えていたベリアはもう我慢できなかった。

「ああっ、もう待てないよ! あたしは魔法なんて細かいこと気にしてられないんだ、このままもらうよ!」

ベリアはシオンが止める間もなく、桶に直接口をつけ、ゴクゴクと勢いよく水を飲み干し始めた。

砂漠の熱砂で干上がった肉体が、歓喜と共に水を吸収していく音が聞こえるようだった。アベルとキップも、その光景を見て思わず喉をごくりと鳴らし、井戸へと歩み寄った。

しかし、アベルが桶に手を伸ばそうとした、まさにその時だった。

「ガハッ……!?」

突如、ベリアが喉を掻き毟るようにして激しく咳き込み、持っていた桶を地面に落とした。

ガシャアンという音と共に透明な水が石畳にぶちまけられる。

「ベリア! どうした!」

アベルが駆け寄ると、ベリアは自身の胸を掻き毟りながら、石畳の上にドサリと崩れ落ちた。

「あ、熱い……。喉が、腹の中が、焼けるみたいに……ッ!」

苦悶の声を上げるベリアの褐色の肌に、みるみるうちに赤紫色の不気味な斑紋が浮かび上がっていく。それは、都市の入り口で倒れていた村人たちと全く同じ、病的な変色だった。

「水に毒が……! しまった、地下水脈そのものがすでに魔族の魔力で完全に汚染されていたのか……!」

シオンが顔色を変え、すぐさま解毒の魔法を練り上げようとした。

しかし、次の瞬間。シオンの端正な顔が驚愕に歪み、彼自身もまた、その場に膝から崩れ落ちたのだ。

「ぐうっ……! 馬鹿な……私の氷の浄化を、すり抜けたとでもいうのか……!」

シオンが自身の喉元を押さえ、苦しげに血の混じった唾液を吐き出す。

ただの毒物であれば、シオンの氷結分離で取り除くことができたはずだった。しかし、大魔導ゲルドが放ったヘドロ魔族の毒は、水分子そのものに『呪い』のような魔力として溶け込んでいる極めて特殊なものだったのだ。物理的な濾過や凍結では決して取り除くことができない、最悪の猛毒。

「シオン! ベリア!」

アベルはパニックになりながら、二人の身体を揺さぶった。

しかし、二人とも異常な高熱を発しており、皮膚は触れるのもためらわれるほどに熱く煮えたぎっている。ベリアは意識が混濁し、うわ言を漏らしながら苦しみ悶え、シオンも必死に己の魔力で毒の進行を抑え込もうとしているが、呼吸は浅く、今にも意識を失いそうだった。

特命部隊の最大戦力である二人が、たった一杯の水によって、一瞬にして完全に戦闘不能に陥ってしまったのだ。

「アベル……どうしよう! 二人が、二人が死んじゃう!」

キップがパニックを起こし、涙目になりながら二人の周りをオロオロと歩き回る。

「落ち着け、キップ! まずは二人を馬車の中へ運ぶんだ! ここは日差しが強すぎる!」

アベルは意識を失いかけたベリアの腕を肩に担ぎ、キップと共に必死の思いで二人を魔導馬車の中へと運び込んだ。

しかし、馬車の内部は決して安全な避難所ではなかった。

エンジンの魔力冷却水が尽きかけているため、車内の空調システムは完全に沈黙しており、分厚い装甲に覆われた居住区画は、まるで火にかけられたオーブンのように熱気がこもっていた。

「くそっ、これじゃあ熱を下げるどころか、余計に体力を奪われるだけだ……!」

アベルは居住区画のベッドに二人を寝かせ、絶望的な声を出した。

自分自身も極度の脱水症状で頭が割れるように痛い。魔法の使えないアベルには、彼らの毒を解呪する手段もなければ、この灼熱の地獄から逃れる術もない。

外には、水を腐らせた元凶であるヘドロ魔族が潜んでいるかもしれないというのに、戦える者はすでに誰もいなかった。

部隊の機能は、完全に停止した。

圧倒的な敵の暴力ではなく、たった一つの「渇き」と「毒」によって、フェザーンが誇る特命部隊は、音もなく全滅の危機に瀕していたのである。

車内に響くのは、ベリアとシオンの苦しげな荒い呼吸音だけ。

アベルは無力感に苛まれながら、自身の無力な両手を強く握りしめることしかできなかった。

その背後で、ただ一人毒の水を飲まず、戦闘力を持たない料理人の獣人だけが、恐怖に震えながらも、自身の荷物の中から師匠バクスから託された『薬膳の調合書』を、静かに、そして縋るように取り出していた。

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