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万能で半端な召喚魔法戦士、魔界討伐の旅に出る〜偉大な英雄を両親に持つ王子は、最高の仲間と共に己の刃を鍛え上げる〜  作者: 八咫 日本


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第16話 辺境の村と、すれ違う正義

フェザーン王都を出立して数日が経過し、水陸両用魔導馬車はさらに深く、魔界の瘴気が立ち込める荒野の奥地へと足を踏み入れていた。

赤茶色にひび割れていた大地は、いつしか生気を失った灰色の土へと変わり、点在していた枯れ木も異形のオブジェのように捻じ曲がっている。空を覆う雲はどんよりと重く、太陽の光を遮って、昼間であるにもかかわらず夕暮れ時のような薄暗さが周囲を支配していた。

「……エンジン出力を極秘行動モードに切り替えるよ。排気音と魔力光を最小限に絞る。みんな、息を潜めな」

操縦席のベリアが、いつもより一段低い、緊張を孕んだ声で告げた。

彼女が分厚いレバーを引き下げると、これまで頼もしい唸り声を上げていた魔導エンジンが、不気味なほど静かな駆動音へと変化する。巨大な六つの車輪も、荒野の砂利を噛み砕く音を殺し、滑るようにして灰色の台地を前進していった。

馬車が小高い岩山の陰に隠れるようにして停車する。

アベルは補助席から立ち上がり、上部の戦闘用ハッチを音を立てずに押し開けた。冷たく、そして微かに血と鉄の錆びたような匂いが混じる風が、車内へと流れ込んでくる。

「これが、魔王軍に占領された村……」

ハッチから身を乗り出し、アベルは遠見の魔導具を片手に対岸の盆地を見下ろした。その視界に飛び込んできた光景に、思わず息を呑み、ナイフの柄を握る手にギリッと強い力がこもる。

そこはかつて、豊かな地下水脈に恵まれ、農業と採掘で生計を立てていたはずの平和な人間の開拓村だった。

しかし、現在のその村に、かつての穏やかな面影は微塵も残っていなかった。

村を囲んでいたはずの美しい木柵は無惨にへし折られ、代わりに禍々しい黒い鉄の有刺鉄線と、動物の骨を組み合わせた悪趣味な防壁が築き上げられている。

本来ならば麦が揺れていたはずの畑は深く掘り返され、魔界の軍勢が前線基地として利用するための巨大な地下壕の建設が進められていた。

そして何よりもアベルの胸を締め付けたのは、そこで強制労働を強いられている村人たちの姿だった。

遠見の魔導具のレンズ越しに、泥と汗にまみれた人々の姿がはっきりと映る。

老若男女問わず、粗末な衣服のまま重い足枷を嵌められ、自分の体重以上の巨大な石材や木材を運ばされている。力尽きてその場に倒れ込んだ老人の背中に、見張りの小鬼が容赦なく鋭い鞭を振り下ろした。

痛みに呻く声はここまで届かないが、老人が顔を歪め、血を流しながら再び這いつくばって石を運ぼうとするその絶望的な情景が、アベルの心に重く、冷たい刃となって突き刺さった。

村の中央の広場には、見上げるほど巨大な檻がいくつも並べられ、その中では凶暴な魔獣たちが涎を垂らしながら、労働の様子を飢えた瞳で見つめている。

ここを支配しているのは、猛獣を操り、力と恐怖で弱者を徹底的に蹂躙する魔王軍の幹部『猛獣使いのザザ』の部隊であった。

「ひどい……。あんなの、生かされているだけじゃないか。下手したら、魔獣のエサにするために村人たちを生かして労働させてるんだ」

アベルの背後で同じように外の様子を窺っていたキップが、耳を伏せて震える声で呟いた。

料理人であるキップにとって、食べ物を生み出すはずの村が、命を削り取る地獄の施設へと作り変えられている現実は、あまりにも耐え難いものだった。

「ベリア。この馬車の装甲なら、あの粗末な防壁をぶち破れるか」

アベルは車内に戻り、ハッチを閉めながら操縦席のベリアに問いかけた。

「ああ、造作もないね。あたしがアクセルを踏み込めば、あんな骨組みの壁なんて紙屑みたいに吹き飛ばしてやるよ」

ベリアは頼もしく胸を叩いたが、アベルは首を横に振った。

「いや、正面突破は駄目だ。魔王軍の正確な配置もわからないまま馬車で突っ込めば、奴らは必ず村人たちを盾にする。あの猛獣の檻を解放されたら、鎖に繋がれた村人たちは逃げることすらできずに真っ先に殺されてしまう」

アベルは居住区画のテーブルに簡易的な周辺地図を広げ、真剣な眼差しで仲間たちを見回した。

「俺たちは、まず村の裏手にある岩場から隠密で潜入する。奴らの指揮官であるザザの居場所を特定し、同時に村人たちの収容施設へのルートを確保するんだ。戦闘を起こすのは、村人たちを安全な場所へ避難させる手筈が完全に整ってからにする。……キップは馬車に残って、いつでも怪我人を手当てできるように温かいスープと薬の準備を頼む」

それは、リーダーとして部隊の安全と、何よりも「弱者の命」を最優先に考えた、極めて理にかなった慎重な作戦だった。

自分の力不足を自覚しているからこそ、決して無謀な賭けには出ず、一人でも多くの命を確実に救い出すための泥臭い計画。

しかし、そのアベルの作戦に、冷ややかに水を差す声が響いた。

「臆病者の時間稼ぎだな。聞いていて欠伸が出る」

長椅子に座り、それまで無言で剣の柄を磨いていたシオンが、氷のように冷たい視線をアベルへと向けたのだ。

「隠密行動? 避難誘導? 馬鹿馬鹿しい。そんな面倒な手順を踏んでいる間に、奴らが村人を処刑し始めたらどうするつもりだ。敵は魔王軍の幹部だぞ。我々がコソコソと嗅ぎ回っていることに気づかれれば、それこそ人質を取られて不利になるだけだ」

「だからこそ、気づかれないように動くんだろ! 奴らの配置すらわからないのに、いきなり戦闘を仕掛ければ……!」

「配置など関係ない」

シオンは立ち上がり、一切の感情を交えない冷徹な声でアベルの言葉を遮った。

「圧倒的な武力で、敵の指揮官の首を直接跳ね飛ばせば済む話だ。大将を失えば、統率の取れていない獣の群れなど烏合の衆と化す。村人たちを救う最も確実で効率的な方法は、小細工を弄することではなく、敵のすべてを私がいち早く殲滅することだ」

「シオン、お前は……! もしお前が指揮官を討ち漏らしたり、時間をかけたりすれば、その間に村人たちが魔獣に襲われるかもしれないんだぞ! お前のその完璧主義は、他人の命を盤上の駒としか見ていないのか!」

アベルはテーブルを強く叩き、シオンに詰め寄った。

父ヴァンから受け継いだ、理不尽に踏みにじられる弱者への強い共感と優しさ。それゆえに、アベルはシオンの「効率」という名の下に切り捨てられかねないリスクが絶対に許せなかった。

しかし、シオンの青い瞳は、激昂するアベルを見下すように細められた。

「私が討ち漏らすだと? 貴様と一緒にしないでいただこう。……半端者の貴様は、常に自分が失敗した時の言い訳を考えて動いているから、そんな非効率な作戦しか立てられないのだ。強者には強者の戦い方がある」

シオンはそう言い捨てると、アベルの制止を完全に無視して背を向けた。

彼は腰の細剣を確かめ、純白の軍服の襟を正すと、馬車の側面ハッチに手をかけた。

「待て、シオン! 俺の指示に従え、これは特命部隊のリーダーとしての命令だ!」

「リーダー? 誰が貴様のような器用貧乏を認めた。不満があるなら道中で力を示せと言ったのは、国王陛下だったはずだ」

振り返ったシオンの目は、明確な侮蔑の色に染まっていた。

「貴様らはそこで、泥に塗れた村人たちの手を引いて逃げ回っていればいい。私は一人で敵将の首を取り、この下らない茶番を終わらせてくる」

「おい、すかした優等生! アベルの話を聞きな!」

ベリアが怒鳴り声を上げながら操縦席から身を乗り出すが、シオンはそれにも耳を貸さず、ハッチを開け放った。

そして、荒野の風が吹き込む中、一切の躊躇なく馬車から飛び出し、単身で魔王軍の砦へと真っ直ぐに駆け出していってしまった。

「くそっ……! あの野郎、本当に一人で突っ込みやがった!」

アベルは開け放たれたハッチの縁を強く殴りつけ、奥歯をギリッと噛み締めた。

リーダーとしての重圧と、それを正面から踏みにじる天才の傲慢さ。

お互いの「正義」と「戦い方」が根本から噛み合わないまま、特命部隊は最悪の形で分断され、魔王軍が待ち受ける過酷な占領都市への戦いへと引きずり込まれていくこととなった。

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