第12話:水陸両用魔導馬車、その全貌
フェザーン王都の中央広場は、まだ夜明けの青白い靄に包まれていた。
普段なら多くの人々が行き交い、吟遊詩人の歌声が響くこの場所も、今朝ばかりは厳粛な静寂に支配されている。魔界討伐という極秘かつ重大な特命を帯びた部隊の出立は、民衆の混乱を避けるため、夜が完全に明ける前に行われる手はずとなっていた。
広場の中心に集まったのは、四人の若き異端児たち。
腰に純白のナイフを帯びたアベル、白の軍服を隙なく着こなすシオン、背中の巨大なハンマーに手をかけて立つベリア。そして、彼らの足元には、小山のように積み上げられた木箱や樽、麻袋の山があった。
「ちょっとキップ、あんたどんだけ食料を持っていくつもりだい。これじゃ馬車に乗る前に床が抜けちまうよ」
「な、何言ってるんだよベリア。戦場じゃ飯が一番大事だって親方も言ってたじゃないか。干し肉に各種スパイス、日持ちする根菜に、それに湧き水を濾過する魔導フィルター装置だって絶対に必要だ。これでも最低限に絞ったんだぞ」
ベリアの呆れた声に、巨大な背負い袋を抱えたキップが必死に反論する。昨夜の逃亡未遂から一転、親友たちを飢えさせまいとする料理人としての使命感に燃え上がった結果が、この凄まじい物資の量であった。
その騒がしいやり取りを、少し離れた場所からシオンが冷ややかな目で見つめている。
「ピクニックの準備なら他所でやれ。無駄な物資は機動力を削ぐだけだ」
「なんだとすかした優等生、飯のありがたみもわからねえのか」
「喧嘩はやめてくれ、二人とも……」
相変わらず噛み合わないメンバーたちの様子に、アベルが頭を抱えて間に入ろうとしたその時だった。
「おうおう、朝から元気なこって。だが安心しろ、お前らの荷物を全部積んだところで、こいつの床はビクともしねえよ」
地鳴りのような足音と共に広場に姿を現したのは、建設大臣バルガンだった。
彼の背後には、分厚い防水布で覆われた巨大な物体が鎮座している。昨夜の工房から、数十人のドワーフの職人たちが総出で広場まで牽引してきたものだ。
「さあ、見やがれ。大魔王の軍勢を正面からぶち破り、お前たちの命を繋ぐ『家』であり『盾』だ」
バルガンが防水布の端を掴み、力任せに引き剥がす。
布がバサリと落ちた瞬間、夜明けの微かな光を反射して、鈍く重厚な銀色の輝きが広場を照らし出した。
「うおおおっ……! すげえっ!」
アベルとキップが同時に声を上げ、目を輝かせた。
そこに姿を現したのは、馬などの牽引獣を一切必要としない、巨大で無骨な鋼鉄の塊だった。
車体を覆うのは、大魔物の爪牙すら弾き返す高純度のミスリル合金による分厚い追加装甲。足回りには、大人の背丈ほどもある極太の特殊ゴムと金属スパイクを組み合わせた巨大な六つの車輪が備え付けられており、どんな岩場や泥濘だろうと強引に踏み潰して進む力強さを誇示している。
車体の後部には推進力を生み出す巨大な魔導エンジンが搭載され、微かな起動音と共に青白い魔力の光を明滅させていた。
「装甲付き水陸両用魔導馬車。俺の最高傑作だ」
バルガンは誇らしげに車体をバンと叩いた。
「いいか、よく聞け。フェザーン王国には俺が造った飛空艇があるが、今回あえて空路を使わないのには明確な理由がある。大魔王の軍勢は、制圧した人間の都市に高密度の『対空魔法陣ネットワーク』を敷いていることが判明したからだ。空から堂々と乗り込めば、あっと言う間に巨大な的になり、対空魔法で蜂の巣にされて全滅する」
バルガンの厳しい言葉に、アベルたちは息を呑んだ。魔界軍がすでにそこまでの防空システムを構築しているという事実は、敵が単なる魔物の群れではなく、高度な軍事国家であることを如実に示していた。
「だからこそ、地上を這い、海を渡り、敵の索敵網を掻い潜って拠点を叩く必要がある。こいつは車輪の駆動機構だけでなく、車体の下部と後方に水上航行用の魔導スクリューと展開式のフロートを内蔵している。大河だろうが、荒れ狂う海だろうが、ボタン一つで船に変形して突破できるぞ」
「やった! さすが親方の最高傑作だ、見ろよこの美しい装甲の継ぎ目を!」
ベリアは歓喜の声を上げ、車体に頬擦りせんばかりの勢いで飛びついた。彼女の腰には、昨夜バルガンから託されたドワーフの誇り、マスターレンチがしっかりと輝いている。
「この子の心臓部はあたしが責任を持ってメンテするからね。オイルの一滴たりとも漏らさせないよ!」
「頼んだぞ、ベリア」
バルガンがニヤリと笑い、今度はキップを指差した。
「キップ。車体の後部ブロックは居住区画と、俺の特別製の『魔導厨房』になってる。火の魔石を使ったコンロに、冷気を保つ保冷庫も完備だ。お前の持ってきた山のような食材も、そこの格納庫なら余裕で入る。さっさと積み込みな」
「ほ、本当ですか! ありがとうございます親方!」
それを聞いたキップは、涙目で喜びながら、すぐさま大量の食材箱を担いで馬車の後部ハッチへと駆け込んでいった。過酷な旅の最中でも最高の料理が作れる環境が整っていると知り、彼のモチベーションは頂点に達していた。
シオンは黙ったまま馬車の周囲を歩き、その構造を冷静な目で分析していた。
「なるほど。分厚い装甲でありながら、死角を補うための銃眼と、緊急脱出用のハッチも備わっている。対空魔法を避けつつ、拠点間を隠密かつ強行突破するための『移動要塞』というわけか。極めて合理的だ」
天才的な戦術眼を持つシオンも、この車両の完成度の高さと実用性には一切の文句のつけようがなく、短く評価を口にすると、静かに馬車のタラップを登って中へと乗り込んでいった。
それぞれが旅の要となる機体に乗り込んでいく中、アベルは一人、広場に残って深呼吸をした。
冷たい朝の空気が肺を満たす。
腰にある『フェザーンのナイフ』の重みが、今の自分を支えてくれる唯一の確かな感触だった。
「行くんだな、アベル」
バルガンがアベルの横に立ち、その顔を見下ろした。
「……はい。この馬車と、あの仲間たちとなら、どこまでも行ける気がします」
「バラバラで、危なっかしい連中だ。ベリアは暴走するし、キップはすぐ泣く。シオンの奴は人の話を聞かねえ。だが……お前が束ねれば、必ず最高の刃になる。あの馬車ごとお前たちを無事に王都へ帰らせるのが、リーダーであるお前の最初の、そして最大の仕事だ」
「わかっています。必ず、全員で生きて帰ります」
アベルの迷いのない声色を聞き、バルガンは満足そうに大きく頷いた。
「よし。なら早く乗り込みな。太陽が顔を出しちまうぜ」
アベルはバルガンに深く一礼し、自らの足でタラップを駆け上がった。
分厚いハッチの向こうでは、ベリアが魔導エンジンの計器を操作し、キップが厨房の鍋の位置を調整し、シオンが静かに腕を組んで目を閉じている。
誰もが、自分にしかできない役割を持ってこの死地に臨もうとしているのだ。
「みんな、準備はいいか」
アベルが操縦席の後ろに立ち、リーダーとして三人に声をかけた。
「いつでも行けるよ、アベル! あたしの合図でエンジンに火を入れな!」
「食材の積み込みも完了した! いつでも美味い飯を作れるぞ!」
「……さっさと出せ」
三者三様の返事を受け取り、アベルは操縦席に座るベリアの肩に手を置いた。
「行こう。俺たちの戦場へ」
ベリアが操縦桿を力強く押し込む。
重厚な魔導エンジンが地鳴りのような咆哮を上げ、六つの巨大な車輪がフェザーンの石畳を力強く蹴り出した。
王都の巨大な正門がゆっくりと開かれ、そこから外の世界へと繋がる一本の道が姿を現す。
朝日が地平線の彼方から顔を出し、水陸両用魔導馬車の分厚いミスリル装甲を眩しく照らし出していた。
半端な王子、傲慢な天才、豪快なドワーフ、臆病な料理人。
決して交わることのなかった若き異端児たちを乗せた鉄の移動要塞は、大魔王の軍勢が待ち受ける過酷な荒野へと向かって、今、土煙を上げて力強く駆け出していった。




