ソウルヒーラー
ある日の昼下がり、リュクサは本屋にやって来た。
アステルの妻となったアネモネの出産日が近くなり、赤ん坊に読み聞かせるための絵本を選びに来たのだ。
ただでさえ最近アステルが家に来ることが多くなっており、リュクサとしてはアネモネに対し、申し訳ない気持ちで一杯だ。
せめて絵本くらいは贈ろうと思うのは、義弟として当然のことだった。
店内には暖房が効いており、リュクサはマフラーを緩めると、目当ての絵本コーナーに移動し始める。
だが、そこに到着する前に、とある雑誌が目について、手に取ってみた。
表紙を飾っているのは、シノブ・コウサカという男性だった。
「シノブ・コウサカだって…?」
嵐の夜に、ノクティス家にやって来た彼。
あの時は顔が泥だらけでわからなかったが、こんな顔の人物だったのか。
だが、そのシノブがなぜ雑誌に掲載されているのか。
リュクサはビジネスバッグを足元に置き、両手で雑誌を持ってページをめくる。
そしてシノブの記事に差し掛かった時、唖然とした。
「ソウルヒーラー…?なんだ、それは…?」
パラパラとページをめくるたびに、記事に目が釘付けになってしまう。
だが、ゆっくり読んでもいられない。
リュクサにはまだ仕事があるし、ノエルも帰りを待ってくれているからだ。
とりあえず、絵本はまた別の日に選ぶとして、雑誌のみを買って帰ることにした。
「生者の魂に寄り添える…それが、ソウルヒーラー、ですか…」
リュクサが急いで帰宅すると、ノエルがコーヒーを淹れて待っていてくれた。
そして、リュクサが手渡した雑誌を読み、シノブの記事まで進んだところで、口を開いた。
「デスルーラーとは対を成す職業、といったところだ」
リュクサの言葉を聞くと、ノエルは少しだけメガネを持ち上げ、続きを読み進む。
そして、シノブの特集記事の最後に、水晶の写真を見つけた。
同時にリュクサが記事を覗き見し、眉をしかめる。
「ほう、商売繁盛の水晶ですか?こんなもので商売が繁盛するなら、どこの店へ行っても水晶がありそうなものですが」
ノエルなりの嫌味に、リュクサは小さな笑みを浮かべた。
「それは父上が使っていた魔道具の一つだ。更に言うと、俺の魔力量をその水晶で管理していた」
「本当ですか?」
「ああ。幼い頃から見て来た水晶を見間違えるはずがない。それに…魔力を使って調べてみた」
だからあの水晶は、かつてのルシアンの所有物だったと考えて良さそうだ。
ところで、なぜルシアンの遺物がシノブの手に渡ったのだろう。
ノエルの疑問はそこに尽きた。
「父上の魔道具は、全て骨董屋に売られた。その際、兄上が魔力抜きをしたはずだが…不完全だったんだろう」
だからと言って、リュクサはアステルを責めるつもりはなく、ただあの水晶を放置するのはまずいのだと言ってきた。
「何がまずいのですか?」
「あの水晶には、俺の魔力が流れている」
「本来なら、特級魔術師は魔力を閉じているべきだ。そういう掟というわけではないが、魔力の悪用を避けるため、という暗黙のルールがある」
だが、リュクサは常時魔力を解放しながら生きてきた。
ルシアンに「余計なことをするな」と吹き込まれていたからだ。
彼亡き後はリュクサ自身に魔力を閉ざす余力がなく、今に至っている。
同時に、ノエルは気が遠くなりかけた。
ただでさえ倒れてばかりのリュクサに、今度は魔力を閉ざすためのエネルギーを使えというのか。
この世界は、一体リュクサにどれだけの重荷を背負わせるというのだろう。
「一番の懸念は、これがコウサカさんの手元にあるということですね」
ノエルが気を取り直して言う。
「そうだ。水晶の魔力に気づけば、十中八九、恋人を治そうとする」
「どうやって治すのです?」
「できるだけ水晶に長く触れること、そして願いを強く念じることだ」
ノエルには、医師が一生かかっても治せない死病が、まさかそんな方法で治ってしまうとは信じられなかった。
「リュクサ、一つ確認です。あなたにならわかるでしょう?今、コウサカさんの恋人がどうなっているのかが?」
「わかる…だが、やりたくない」
「なぜ?」
そこで、リュクサはとても苦しそうな表情を見せた。
「わからないのか、ノエル!?そんなことをしてあなたに嫌われたら、俺はこの先どうやって生きて行けばいいんだ!?」
リュクサらしくない荒々しい言葉。
でも、一つわかったことがある。
彼は変わりたくないんじゃなく、変わることを恐れているんだと。
他の誰でもなく、ノエルに嫌われたらどうしようと、怯えているのだと。




