異変
光る水晶を手に入れたシノブ。
ソウルヒーラーとして、カウンセリング中ずっとデスクの台座の上に置いているのだが、鈍い光を湛えたままだ。
休みの日に色んな角度から観察してみたのだが、どうやら自然発光のようだ。
「これがあんたの店の目玉ってやつだね?金色に光るだなんて、本当にありがたい感じがするねぇ」
光る水晶の噂は、瞬く間にシノブ宅の周辺に広がっていき、大した宣伝もしていないのに、店の前に行列ができるようになっていた。
少し前までは閑古鳥が鳴いていたのに、夢じゃないかと思えるような盛況ぶりだ。
今、向かい側に座っている老婦人は、死後も夫と同じ世界で生きたいと願っており、シノブから癒しの言葉を待っていた。
「ありがたい感じ、というより…ありがたいんです」
「おや、随分と自信たっぷりじゃないか?」
「ええ…ちょっとプライベートでいいことがあったんです」
「結婚でも決まったのかい?」
シノブはズバリ言い当てられたことで、たまらず後頭部をかいた。
夜になり、ようやく最後の客を見送ると、店内の清掃の時間だ。
「シノブ、今日もお疲れさま!」
元気に階段を下りてきたのは、少し前まで病床に臥せっていたマリだった。
しかし、今のマリはシノブと出会った頃の彼女である。
背中で波打つ黒髪は艶やかだし、顔色もすこぶるいい。
痩せ細っていた体はふっくらし、「スカートが入らないよ」とこぼしていたくらいだ。
「マリ!体は大丈夫か!?」
「大丈夫だってば!シノブは心配し過ぎなの!今はすごく体が軽くて、病気だったのが嘘みたいなんだ!」
これが、本来のマリである。
臥せっていた時は弱気で暗い表情ばかりの彼女だったが、本当は明るくて溌剌としていて、物事をはっきり言う性格だ。
「シノブ、私が水晶を磨くね!」
マリが手にしていたクロスを広げ、水晶をその中に入れて磨き始める。
力強く磨くので、キュッキュッという音が小気味よかった。
正直なところ、シノブはマリの回復に、水晶は関係ないと思っている。
「俺や主治医がかなり頑張ってたから、絶対にそのせいだ!」
ここ数年、ずっとつらい思いをしてきたが、今度は自分とマリの幸せを手に入れる番だと、気持ちを新たにしていた。
一方で、リュクサの倒れる頻度は上がっていた。
一日一度で済めばいいが、何度も倒れてしまうと、ノエルとしても見過ごせない。
リュクサが倒れる度に見舞いに来るアステルの表情も、徐々に険しいものとなっていった。
「ノエル医師、リュクサの体はどうなっている?」
「今は、デスルーラーとしての務めを果たすのがやっとなのです」
ノエルとしても、切れる手札は全て切っている状態だ。
それなのにリュクサは倒れてしまうのだから、どうしようもない。
「精神的な支えが、必要なのかもしれません」
「あなたという専属医がいる」
「私は使用人の一人に過ぎません…」
すると、ノエルが目にしたことがないほど、アステルが眉を吊り上げた。
「ノエル医師、いい加減にしないか!あなたがそんなことでどうする?」
「ア、アステル様…リュクサが起きてしまいますが…?」
「構うものか!あなたこそが、リュクサの精神的支柱でしょう!?使用人などと思われては困る!」
そんなバカな──、とノエルはメガネを押し上げる。
こんなに激昂するアステルを見るのは初めてだし、何より自分が相手では、リュクサは本心を漏らさないのではないか。
恐る恐るそう言ってみると、アステルは興奮を収めて椅子に落ち着いた。
「普通、心を許していない人間に、愛の重さが知りたい、と言うものですか?」
「あの時は、私しか部屋にいませんでしたし…」
「仮にそうだとしても、リュクサはあなたしか見ていない。だから、四年前にあなたを連れ帰ったのでしょう」
ノエルが尚も迷っていると、目の前にアステルの手が差し出されてきた。
「弟を頼みます、ノエル医師。あなたになら、リュクサの全てをお任せできる」
「買い被り過ぎでは…?」
「僕は弟の目を信じているに過ぎません。でも、少し羨ましいですね」
手を握り返しながら、ノエルがどういう意味かと訊ねると、アステルはちょっと恥ずかしそうに教えてくれた。
「リュクサは人見知りの激しい子でした。僕やアネモネ以外の人間に懐くというのは、ちょっと微妙な心境なのですよ」
「嫉妬、ですか?」
「そう、それです。だからあなたが実に羨ましい。でも、僕にはあなたの代わりは務まらない…これはジレンマですね」
アステルがあまりにも真剣なので、ノエルもついつい笑ってしまった。




