光る水晶
マリに必ずウェディングドレスを着せてやると約束したシノブは、まずは仕事場の雰囲気から変えることにした。
昔から、シノブは気分を変えたい時、身の周りに置く物を変えようとする。
今回は、先日マリが嬉しそうに眺めていた水晶を、カウンセリングルーム内に置くことにした。
デスクのクロスを変え、紫紺の台座に水晶を乗せる。
「ソウルヒーラーっていうより、占い師の部屋みたいだけど、まあ、いっか!」
その時だった。
水晶の中に微かな光を感じ取って、シノブは身をかがめてガラスの球体を手に取ってみる。
「これって…?」
水晶の中に淡い光が見えるのだが、これは何か仕掛けがあってのことだろうか。
だが手の上で水晶を転がせば、光はもっと強くなる。
不気味に感じるあまり、つい水晶を乱暴に台座に戻してしまった。
「なんだ、これ…?いや、まさか…でも、これが…?」
学校の授業で、魔術師が使う魔力の色は、等しく金色だという話を聞いたことがある。
じゃあ、もしこの光が本当に魔力だったとしたら──?
それは、シノブが魔力を手に入れた、ということになる。
「俺はツイてる!これがマジで魔力だったら…マリを治せるんじゃないか!?」
本当に魔力であるかどうかもわからず、使い方もまたわからない。
だが、マリを治せるというのであれば、どんな手を使ってでも使いこなしてみせる。
この際、この水晶が一体何なのかについては、どうでもいいことにしよう。
問題はただ一つ、この水晶からどうやって魔力を取り出せばいいのか、だった。
その頃、ノクティス家では、リュクサがまた倒れかけ、咄嗟にノエルに支えられて、何とか転倒を避けたところだった。
「ノエル…父上が…」
息を切らせながら、苦しそうに言葉を紡ぐリュクサ。
父ルシアンの非道が許せない彼は、強いトラウマが原因で倒れることもあった。
「リュクサ、ルシアン様がどうされました?」
「微かにだが、父上の魔力を感じた…これは、多分父上の部屋にあった、魔道具の一つにこびりついていたものだ…」
とんでもない事実がリュクサの口から語られると、ノエルは飛び上がらんばかりに驚いた。
死した人間の魔力など、この世界に残るものなのだろうか。
そう問うと、リュクサは苦しそうに眉をひそめる。
「ああ、残る。それほど強いものでもないが、俺にはわかってしまうんだ」
「魔力を搾取されていたから、ですか?」
「そうだ。俺は父上と共に過ごした時間が、とにかく長いからな」
リュクサは四年前に、父ルシアンによる魔力の搾取を知った。
そして、そのことが今もトラウマとなり、彼を悩ませている。
「幼い頃、泣いても喚いても、父上は俺を片時も離さなかった」
リュクサはこのことを、父の愛情によるものだと思っていた。
可愛い我が子だからこそ、常に手元に置きたいと願うのだろうと信じていた。
だが、実際はそうではなかった。
ルシアンの狙いは、無尽蔵の魔力を持つリュクサから、魔力を搾取することだったのだ。
このことを知ったリュクサは、父のあまりの身勝手さに、吐き気が込み上げたという。
「リュクサ、この話はもう…」
おしまいにしようと提案しかけたところで、リュクサが口を挟んできた。
「こういう話を聞いてくれる人が、俺にはいない…どういう状況なんだろうな、これは?」
いつものことだ、とリュクサは内心諦めた。
何を思っても腹の中で懐柔し、自分の中へ取り込んでしまうに限る。
これまでもそうだったし、これからもきっとそうだ。
「リュクサは、誰に話を聞いて欲しいのですか?」
「え…?」
「私でよければ、聞きましょう。役不足かもしれませんが、思ったことを、素直に口にしてください。言葉で自分を飾るような真似は、しない方がいいでしょうね」
ノエルはリュクサの隣に落ち着くと、小さく頷き話を促した。
「父上は…なぜ俺の魔力を必要とした…?」
「ルシアン様は、一級魔術師であられた。特級ではなかったのです」
諸悪の根源は、ここにある。
先代デスルーラーであった父は、特級が要求されるこの地位にありながら、一級魔術師でしかなかった。
だから、特級であるリュクサの魔力が必要だったのだ。
リュクサの体調が悪かろうが、泣こうが喚こうが、我が子の魔力を吸い上げ続けていたのである。
「それが…実の親のすることか!」
激昂し、強い言葉を使うようになるリュクサの肩を、ノエルがそっと抱いた。
「あなたが悪いわけではないのですよ、リュクサ」
リュクサが嗚咽を漏らし始めたのは、それから間もなくのことだった。




