暴走
デスルーラーとは言っても、所詮は人間だ。
魔術師であっても、眠っている時間帯に魔力をどうこうできるものではない。
シノブはそう考え、深夜のノクティス家を訪れた。
「ここか…」
元より、忍び込むつもりはなく、正面突破してやると決めていた。
だから、少々待たされるのを覚悟の上で、ノクティス家の玄関のチャイムを鳴らし続けた。
その頃、リュクサは眠れぬ夜を過ごしていた。
マリの魂の送り先を変えるつもりはないが、本当にこれでいいのかという思いも当然ある。
だが、これがリュクサではない別の魔術師の魔力の話なら、どうなっていただろう。
魔力を垂れ流した本人の魂も、それを利用したマリの魂も、等しく地獄行きだ。
無論、リュクサ自身の魂の行方も、また地獄だと決まっている。
「変わらない…誰の魔力だって、同じ結果になる…そういう裁定を下す」
もう何度目かもわからない寝返りを打ったところで、玄関からチャイムの音が響いていることに気づく。
もちろん、誰が来たのかもわかっていた。
「俺に復讐でもしに来たのか…」
『コウサカさんがマリさんの死をすぐさま受け入れるとは思えません。用心してください』
ノエルが就寝前に言っていた言葉を思い出す。
彼と魂を共有するようになって初めて気づいたのだが、彼は思いのほか心配性だった。
今夜のシノブの来訪を予言してみたり、リュクサに用心するよう耳打ちしたり。
だが、そこでリュクサはハッとした。
さっきまで感じていた、ノエルの魔力の気配がないのだ。
「まさか…!?」
皮肉なことに、こんな場面でリュクサは初めてシノブの心理が理解できた気がしていた。
「もしも、俺よりも先に、ノエルが彼を迎えてしまったら…?」
それは、とんでもなくおぞましい現実だ。
魂を共鳴させた唯一の相手を、目の前で失いたくはない。
シノブもこんな気持ちで、マリの最期を見送ったのだろうか。
こんな思いをするのなら、自分自身に何かを仕掛けてもらった方が気楽だとさえ思った。
リュクサの予想通り、彼よりも先にノエルがシノブの応対に出た。
「コウサカさん…?」
「あいつはどこだ!?ノクティスはどこにいる!?」
「…リュクサは、就寝中です」
「だったら、起こせよ!客が来てるってわかるだろう!?」
ノエルが腕時計に目を落としたのと、シノブの短剣がノエルの寝間着と肉を切り裂いたのは、ほぼ同時だった。
「ははは!何いい子ぶってんだよ、このマヌケ医師が?お前がいなけりゃ、ノクティスはただの木偶の坊…っ!?」
しかし、シノブの言葉が終わらないうちに、彼はシャンデリアに触れるのではという高さまで、魔力で持ち上げられた。
人一人の質量を軽々と持ち上げる、器用な魔力の使い手はリュクサである。
「おい、何すんだ!下ろせ!下ろせって言ってんだろ!?」
「悪いが、その頼みを聞いてやる義理はない。お前は今、誰を刺した?」
「見ればわかるだろ、そこで腹刺されて背中丸めてる無能医師だ!」
先日とは雰囲気が違うと、シノブは宙に浮いた状態でリュクサを見つめてみる。
彼の目には揺るぎない金色の光が宿っており、心なしか風格まで備わっているようだ。
「リュクサ…もう隠すのをやめるのですね…」
ノエルはこれを知っていた。
リュクサの中に、本当のリュクサがいることを。
ここのところ頻繁に倒れていたのは、本来のリュクサが顔を出すのを、普段のリュクサが止めようとしているからだった。
決して魔力の使い過ぎなどではなく、リュクサの心の内側の問題だったのである。
もっとも、ノエルとしても彼と魂を共有しなければ、真実にはたどり着けなかっただろう。
そして、だからリュクサは、ノエルに嫌われるのではないかと、ずっと怯えていたのだと理解した。
「デスルーラーの魔力を無断で使った罪は重い。商売の道具とした、病人を治した、どちらも言語道断だ」
「ッ!?」
「これ以上罪状を重ねてどうする?」
「お前…誰だよ…?」
宙づりになったシノブは、心から怯えていた。
あまりにもリュクサの雰囲気が変わっているので、恨みを忘れてしまいつつある。
リュクサは一呼吸置いてから、こう答えた。
「俺はリュクサ・ノクティスだ。文句があるならそこで言え。聞く耳くらいは持ってやる」
「どういうことだ…?」
シノブは本当にわけがわからず、宙づりにされていることも忘れ、リュクサの不気味な雰囲気を心から気持ち悪いと思っていた。




