マリ・トクナガ
それから数日が経過した。
マリはこの日珍しく体調が良く、久しぶりに外出してみようと思い立った。
「頬がこけて、顔がやつれてる…」
鏡を見ながら化粧をするが、ファンデーションの色と首の肌の色が違い過ぎて、ちぐはぐに見える。
髪にもすっかり白髪が混じっていて、少し前までの艶やかな黒髪が嘘のように思えた。
「あれは、結局、現実だったの?それとも、夢…だった?」
どちらも現実だったのだろうと、マリは結論付ける。
魔力とは、なんと残酷なのだろう。
人を元気にしたり、病気にしたり。
「あんな水晶があったから…私は…」
呟いた瞬間、涙がハラリと頬を伝う。
水晶があったから、マリはシノブとの生活を、楽しめていた。
水晶があったから、本来持ち得なかった夢が持てた。
でも、結局水晶はなくなってしまい、マリは元の病人に逆戻りだ。
そして、彼女の死期はもうすぐそこまで来ている。
「嫌だなぁ…私、天国へ行けるかなぁ…?」
涙の狭間から飛び出した独り言に、応じる者はいなかった。
誰もがコートを着ているというのに、マリはニット一枚で出てきてしまった。
もう寒い季節だというのに、家にいると季節感が失われていて、コートにまで気が回らなかったのだ。
そんな中、マリは一際背の高い男性を見て、先日家にやって来たリュクサ・ノクティスを思い出した。
「あの…リュクサ・ノクティスさん…?」
リュクサはしばしマリを見つめると、やがて大きく頷いた。
「マリ・トクナガさんですね。今日はどちらへ?」
「ちょっと用事…。ちょうどいいわ、あなたにも、付き合ってほしいの」
マリの口調が突然変わり、瞳に怒りの光が宿る。
お世辞にも友好的とは言えない物言いに、リュクサは仕方がないと思いつつ頷いた。
「わかりました、お付き合いしましょう」
二人はコンビニで温かいココアを買い求め、砂浜の椅子に落ち着いた。
静かな波の打ち寄せる音と、頭上を飛び交うウミネコの泣き声だけがBGMだ。
こんな時、ノエルが一緒ならよかったのにとも思うが、胸に手を当てればそこにはノエルの魂がある。
だから落ち着こうと呼吸を整えた。
「あれから、色々と考えたの。水晶のこと…」
「ええ」
「私もシノブも悪くない…悪いのは、あの水晶に魔力を注いでたヤツ!つまりあんたよ!」
そう来ると思ってはいたが、リュクサは謝らなかった。
いくら魔力の制御をしていなかったとはいえ、水晶の魔力を使って、人体を病む以前の状態に戻すなど、狂気の沙汰でしかないからだ。
今までの自分なら謝罪していたところだが、ノエルの魂がリュクサにこう語りかけている。
『あなたが謝ることはありません。堂々としているべきです』
だから、リュクサは自分を保っていられる。
ノエルが決断してくれたからこそ、もう一人じゃないんだと思えていた。
「私の夢だって…もう叶ってるはずだった!」
彼女の夢は、シノブの妻となって、彼を支え続けること。
真っ白なドレスに身を包み、神父の前で夫婦として誓うことだった。
「返してよ!何の権利があって、私から夢と幸せを取り上げたの!?デスルーラーってそんなに偉いの!?」
リュクサは何も答えない。
「なんで私が死ななきゃいけないの!?どうして私ばっかり、こんな目に遭わないといけないの!?!?」
尚も激昂したマリはとうとうこんなことを言って、リュクサの頭からココアをぶっかけて来た。
「あんたが死んでみなさいよ!!!」
これまで、リュクサはマリになら何を言われても仕方がないと思っていた。
でも、その考えは間違っていたとわかった。
「あなたが不幸なのはわかる。でも、だからといって何を言っても許されるわけじゃない」
リュクサはデスルーラーであっても、聖人君子ではない。
だから、出会う人々全てを好きでいられるわけじゃない。
「水晶なしでは生きられない命…だが、水晶の真実にまでは、たどり着けなかったのか」
彼女はリュクサによって今まで生かされてきた。
リュクサが魔力を水晶に与え続けていたから、病気になる前の体を手に入れ、夢も希望も持てていた。
だが結局、彼女は水晶の真実を知ることなく、ただ我が身の不幸を嘆くばかりだった。
「リュクサ!?何という格好をしているのです、あなたは!?」
甘い匂いをプンプンさせ、びしょぬれになって帰宅したリュクサを、ノエルが驚愕の表情で迎えてくれる。
「ノエル、俺はああいう人は好きになれない」
リュクサがそう言うだけで、先に魂から情報を得ていたノエルが応じる。
「私もです。『死んでみなさいよ』、はないでしょう」




