不安
マリはこの二週間で変わり果ててしまった。
あの水晶に魔力が宿らなくなってから、彼女の変化は始まった。
健康で元気はつらつなマリが、臥せっていた状態に戻る様子を目の当たりにしていたシノブは、あまりに残酷な光景から、目を逸らしてしまいたかった。
「ね、シノブ?」
高熱から一夜が明けた頃、マリがベッドの上に座って真っすぐにシノブを見つめ、名を呼んだ。
「どうしたんだ?」
「シノブはさ、ソウルヒーラーなんだし、私のことも癒せるよね?」
何が言いたいのかと思い、マリの次の言葉を待つシノブ。
「魔力を使って健康な体になった私は、罪なことをしたんだと思う」
「マリ…?」
「だから怖い…死んだら、私の魂はどこへ行くんだろう?」
マリは、どうしてもその問いへの答えを見つけられないのだと話した。
シノブも、マリの言わんとするところを理解はできた。
ただし、聞き入れてやることはできそうにない。
「すまない、マリ…肝心な水晶が、もう光らない…」
水晶を手玉に取ってマリを回復させられたと、本気で思っていた。
それなのに、現実は水晶に手玉を取られていたと知ってしまった。
「マリ、ごめん…今の俺には…」
「水晶がなくたって、シノブは人を癒せる。今までだって、そうしてきたじゃない?」
彼女の弱々しい笑みは、健康だった頃の溌剌とした笑みとは、全く違っている。
どうしてマリばかりがこんな目に遭うのかと、シノブの視界が涙で霞む。
マリはシノブに「人を癒せる」というが、今のシノブには誰も癒せない。
とてもじゃないが、健康で元気な客を、真っすぐ見つめられないのだ。
カウンセリングをしていても上の空で、水晶も頼れなくなった今、客足は遠のいている状態だ。
それでも、シノブは自分を叱咤し、彼女を癒そうとした。
「マリ、手相を見せてくれ」
マリが左手をシノブの方に差し出したその時、シノブの涙腺が完全に崩壊した。
シノブにとっても初めて遭遇する事態ではあったが、あまりに惨い現実だった。
生命線と呼ばれる手相が、マリの手からすっかり消えていたのである。
その頃、ノクティス家でも、リュクサがノエルを相手に詰め寄っているところだった。
ノエルはリュクサに魂の共有を持ち掛け、リュクサがあまりに危険な術だからとノエルを説得しているのだ。
だが、ノエルも全く引き下がる様子がない。
この二週間、寝ても覚めてもこのことばかりを考え、自分なりの答えを導き出しているので、ブレる気配が全くなかった。
「説得など無駄ですよ、リュクサ。私はもう決めているのです」
「危険だと言っているんだ」
「承知の上です。それとも、あなた一人で全てを背負いますか?背負えるのですか?」
それは、これから訪れるマリの死についての問いでもあった。
彼女の死を、リュクサ一人で抱え込めるものだろうか。
ただでさえ倒れやすい今、そんな負荷をかけて果たしてメンタルがもつのだろうか。
「俺の魂が…あなたに定着する可能性は…」
「低いのですか?」
「わからないんだ…前例がない、どこにも記録がない…」
「ならば、私達が前例になればよいのです」
焦るリュクサに、淡々と応じるノエル。
だが、次第にリュクサの方がノエルの意見に傾き始めている。
同じ時を過ごす中で得られる安堵感、触れた手から伝わる彼の温もり。
そして、今度はノエルと魂を交換することで、心の温度までもが保たれようとしている。
「ノエル…不安なことが、もう一つだけ」
「どういう不安ですか?」
「あなたが俺の魂を見て、俺を嫌う可能性も、捨てられない」
そこで、ノエルはしばし視線を宙に彷徨わせるが、やがて呆れたとばかりに笑った。
「言ったはずですよ、リュクサ?私はあなたが何を思っていようと、あなたを嫌ったりはしません」
「あ、あと一つ…俺の魂を半分与えれば…」
「私の魂も半分取られる、でしたね?等価交換ではありませんか」
リュクサにわかっているのは、ここまでだった。
否、魔術書に書かれていたのは、ここまでだった。
後は実行して確かめるしかない。
そして、ノエルもまた自分の魂について考えていた、
別に、大した記録があるわけではない。
リュクサに見られたところで、特段困ることもないだろう。
それよりも、案じているのはリュクサの身だ。
ただでさえ消耗の激しい体で、魂の入れ替えなど本当にできるのだろうか。
それこそ、絶命してしまわないかと、心配でたまらなかった。




