愛ゆえに
リュクサとノエルがシノブ宅を訪れてから、二週間が経過した。
それは即ち、リュクサが完全に魔力を制御し、ノエルがノクティス邸を出てから二週間、ということでもある。
リュクサのメンタルは、もう限界に達していた。
だが、ノエル不在の今無理をして倒れることもできず、ひたすら歯を食いしばって生きるしかなかった。
この日、リュクサは不意にやって来たシノブの来訪を受け、玄関に対応に出た。
彼は怒りで顔を真っ赤にしており、口を開く前から怒鳴られるのだろうなと予測する。
「お前、何をした!水晶を返せ、マリがまた倒れたんだぞ!?」
リュクサは自室に置かれた水晶を、魔力で瞬間移動させて、手の上に置く。
「ただのガラス玉でよければ、持って行け」
シノブはリュクサの手から水晶を奪うと、シャンデリアの光に当てて中心部ばかりを見るが、やがて絶望の表情を浮かべた。
「なんで…なんで、光ってないんだ!!!」
「俺が魔力を止めているからだ」
「ふざけんな!あんたは、人の命を何だと思ってる!?軽んじるのも大概にしろ!!!そしてさっさとマリを元通りにしろ!
「水晶一つで命が助かると思っていたあなた方に、非はないと?」
シノブはキッとリュクサを睨み、そして喚く。
「病人を治して、何が悪い!?」
「ああ、俺の魔力を使って、な」
そのうち、シノブは唾を飛ばし始めた。
「ヴァレンティス医師を出せ!お前じゃ話にならない!!!」
「生憎、休暇中だ」
そのセリフを放った時のリュクサの顔色がすぐれないことを見抜いたシノブは、こんなことを言って畳み掛けてきた。
「ふん、愛想を尽かされたんだな、お気の毒に!」
そうかもしれないと、リュクサは俯いた。
もう反論できる論拠も気力も、体の中のどこにも残っていない。
心身への負荷が大き過ぎて、正気を失いつつあることに、リュクサ自身も気づいていなかった。
ノエルはホテルで身支度を整え、久しぶりにノクティス家に帰ろうとしていた。
最後に見たリュクサは本当に危うく、専属医である自分が彼を二週間も放置するなんて、あってはならないことだと反省している。
「しかし、一人にならなければ、決められなかったことでもあります」
ノエルはごく普通の家庭で生まれ育った。
幼い頃から医師を目指し、祖国の離島で医師として数年働いた。
リュクサと出会い、専属医となるまでの人生は、本当に平凡な人生だったと思う。
「そんな私が、禁忌の医師となり、今度はまた別の禁忌を犯そうとしている…」
ノエルは、もう今までの自分ではいけないんだと考えている。
一人で背負いこめないほどに色々と背負うリュクサを、傍から見るのではなく、心身ともに支えていかねばならない。
だから、ギュッと拳を握り、バッグを片手にホテルの部屋を出た。
そこに、専属医に甘んじるノエルの表情は、もうなかった。
玄関のドアが開く音がすると、リュクサは階下を目指して階段を下りる。
ノエルが帰ったのかと思うと、居ても立ってもいられないのだ。
「ノエル!」
彼の姿が視界に入った時、これは夢じゃないかと思った。
それに、まさか二週間も休みを取られるなんて、考えもしなかった。
「戻りました、リュクサ…っ!?」
思い切り抱きつかれて体勢を崩しそうになるが、何とか足を突っ張って踏みとどまる。
「もう、会えないかと思った…」
「長く暇をいただいただけですよ。会えないだなんて大袈裟です」
リュクサの背を優しく撫でるノエル。
気づけば使用人たちに囲まれており、小さな拍手が送られる。
「お帰りなさいませ、ノエル様」
執事が一歩、前へ出た。
「早くリュクサ様の専属医に戻っていただきませんと、我々も困ります」
「何が、困るのですか?」
「リュクサ様とあなたあってのノクティス家です。我々も尽くし甲斐があるというもの」
執事はその言葉を最後に使用人達を持ち場へ戻らせ、そのうちリュクサと二人きりになった。
「リュクサ…あなたの魂を私に半分くれませんか?」
「なっ!?」
一体何を言い出すのかと思えば、そんなことができるはずがない。
「愛の大きさは、相手を思う魂の大きさだと、私は思うのです」
「魂の、大きさ…それが、愛…?でも、それじゃ、あなたの負担は…命は…?」
「失敗すれば死。でも、それはあなたも同じでしょう?」
魂の交換という、生きた人間の魂のやり取りは、今のところ禁じられていない。
理論上は可能であっても、やった人間がいないからだ。
つまり、前例がない。
だがそれでもやると、ノエルは決めた。
そのために、二週間もの間一人で悶々と考えていたのだから、迷いなどあるはずもなかった。




