すれ違い
シノブとマリの家を後にしたリュクサは、ノエルによって家の外に停まっていた黒塗りのセダンに乗せられた。
あまりにもリュクサの足元が危ういので、ノエルが予め車を手配しておいたのだ。
乗り込むなり、リュクサはシートに背を預け、手足を投げ出した。
「リュクサ、気分はいかがです?」
「何ともない、大丈夫だ」
「とてもそうは思えませんが…」
とは言うものの、ノエルとしてもあまり長話をしていたくはない。
「リュクサ」
「何だ?」
「私は、少しお暇をいただきたく思います」
「は…、待ってくれ、ノエル!どうして今なんだ!?」
ぐったりしていたリュクサが、勢いよく起き上がる。
「今だから、です」
「理由を聞いているんだ」
「少し、考えたいことができました。では失礼」
リュクサは慌ててノエルの後を追い始めるが、すぐに足がもつれて転んでしまう。
慌てて下りてきた運転手の手を借りて立ち上がってみると、もうノエルの姿はどこにもなかった。
それから、ノエルはリュクサの家から少し離れた場所にあるホテルに、数泊分の部屋をキープした。
ノクティス邸の自宅に比べれば、猫の額のように狭いシングルルームだが、考え事をする分にはこれで十分だ。
とにかく、今はリュクサと距離を置かなければ、とても決断できそうにないことを決めようとしていた。
「愛の重さを、教える時なのでしょうか…?」
ノエルはシノブとマリの間に、とてつもなく大きな愛があるのを感じた。
道を踏み外そうが、一緒にいられればそれでいい。
互いがいてこその自分達なのだと、二人は全身で表現していた。
「道を踏み外しているのは、私もリュクサも同じこと…」
ノエルが禁忌を犯したことも、リュクサが禁術に手を出したことも、きっと二人の魂の情報には書かれているだろう。
「地獄へ落ちることが怖いのではない…天国へ行きたいなどとも思っていない…ただ…」
そうか、とノエルは思った。
片方だけが地獄へ行き、片方だけが別の世界に送られる。
ノエルが恐れているのは、多分こういう現象だ。
送られる世界が違ってしまったら、ノエルの魂は一体何に寄り添えばいいのか。
リュクサの魂が、一人ぽっちになることで、悲しみの色に染まることはないのか。
世間でいうところの「愛」の意味など、ノエルは知らない。
だが、リュクサに対して思うのは、死した後の世界であっても添っていたいというものだった。
「なるほど…これが、私の答えというわけですか…まったく、我ながら何を考えているのやら…」
まさか自分の本心がこんなところにあるとはと、ノエルはどうしても笑ってしまうのだった。
窓辺に立って枯れ木を見つめるリュクサの胸にあるのは、どこかへ行ってしまったノエルのことだった。
本当は、今この瞬間にも帰って来て欲しい。
いっそのこと、魔力を使って居場所を突き止めようかと、何度思ったか知れない。
「俺の人生に、ノエルを巻き込むべきじゃない…」
彼には彼の人生があるんだ、困らせてはいけない、頼ってはいけない。
そう言い聞かせているのに、リュクサは守られてばかりだ。
今日だって、ノエルが前へ出てマリとシノブの対応をしてくれなかったら、リュクサは上手く立ち回れていなかっただろう。
今日、一番つらかったのは、死の宣告ではなかった。
ノエルに一線を画されたことへの、精神的ダメージが大きかった。
彼は淡々と、物慣れた様子で宣告していたが、それはリュクサの知らない彼だった。
そのことが、どうにも気にかかる。
リュクサの知らないノエルの一面なんて、見たくなかったとも思う。
「ノエル…愛の重さを教わる前に、俺の方がとんでもなく重い愛を押し付けている…すまない…」
涙で曇り行く視界の中で、シノブの家から回収してきた水晶が、淡い光を放った。
それはパッと輝いたかと思えば、徐々に光度を下げて行き、しばらく眺めていると何も見えなくなった。
リュクサが己の魔力を完全に閉じてしまったからだ。
自らを制して閉じたのではなく、ノエルを思って号泣する中で、自然に閉じられた魔力。
自分とノエルのこと以外、何も考えられなくなっているリュクサだからこそ、魔力を切ることに躊躇いはなかった。
マリの命の終焉に向けてのカウントダウンが、再び始まった瞬間でもあった。




