衝突
マリの視界には、今二人の男性が映っていた。
一人は黒髪に紺碧の瞳を持つ、とても美しい男性。
もう一人は長い金髪を左側で三つ編みにし、フレームレスのメガネで知的な印象を醸す、整った顔立ちの男性だ。
「朝早く失礼します。マリ・トクナガさんですね?」
「え?な、なんで私の名前…」
ノエルは一瞬見ただけで、マリの体調を把握した。
リュクサの言う通り、彼女には病の痕跡が全く残っていないようだ。
「まず自己紹介を。こちらがリュクサ・ノクティス、現デスルーラーです」
「初めまして、トクナガさん」
マリは目の前の二人にすっかり見入ってしまい、彼らの声がなかなか頭に入ってこなかった。
二人とも長身で手足が長く、まるで雑誌のモデルのようだ。
「は、初めまして、マリ・トクナガです」
「私はノエル・ヴァレンティス。元医師です」
「え、医師…ですか?」
「ええ、今はリュクサの専属医です」
専属医と医師の違いがわからないマリ。
でも、病人を治すことを生業とした人であることだけは、理解した。
「おい、マリ?どなたなんだ?」」
シノブがダイニングキッチンから顔を出し、玄関先を見ると、一瞬で顔を曇らせた。
「ヴァレンティス医師…それに、リュクサ・ノクティス…?」
「お久しぶりです、コウサカさん」
ノエルが少し不自然なくらいに声を上ずらせた。
「あんたら、何しに来た!?もう医師なんて必要ないんだ、帰ってくれ!}
確かにもう必要ないのだろうなと、リュクサはマリを見つめる。
やせ細っておらず、面やつれもしておらず、肌艶が良くて声に張りもある。
どこからどう見ても、健康な人間だ。
「水晶を返してもらいに来た」
リュクサの言葉に、シノブは思い切り狼狽した。
「す、水晶なんて知るか!そんなもん、持ってないんだよ!」
「いや、この家の中にある。隠しても無駄だ」
そこで、ノエルが話を引き継いだ。
「マリさん、あなたのその健康体は、水晶によるものだったのです」
「え…?」
「あの水晶は、リュクサの亡父であるルシアン・ノクティスの魔道具でした。彼が死してから、骨董屋に売られています」
シノブが目を見開いた。
確かにあの水晶は骨董屋で買ったものだ。
ということは、この二人は真実を口にしているのだろうか。
「デタラメを言うのはやめろ!」
水晶が光ったのは、シノブが買ってから数日が経過した後のことだ。
じゃあ、なぜそれまで水晶は光らなかった?
「骨董屋ではあまり人に触れられない水晶だった。あれは人が触れると魔力を放出する水晶だ」
リュクサが一歩前へ出る。
「人の手が触れた時にこそ、真価を発揮する。今回のトクナガさんが、その最たる例だ」
「お、お前…俺の、心を…?」
まさか、という思いがシノブの頭を過る。
こちらの考えていることが、リュクサに筒抜けになっているのだ。
「読心術を使わせてもらっている。あなたには、話が通じそうにないからな」
「ノクティス、お前…!」
「次はなぜ魔力が宿ったのか、か?俺の魔力を勝手に吸っていた」
「お前の…魔力…だと?」
ふざけるなと言いたいのに、言葉が喉につかえる。
「医療に魔力を転用することは、違法だ」
「なっ!?」
そして、この言葉にはマリも反応した。
「ノクティスさん、それは一体、どういうこと?私、治ったから、それでいいんじゃないの?」
リュクサもまた、マリの方へと視線を向けた。
「治ることは、あなたの人生に含まれていない要素でした」
「そ、そんな…じゃあ…治ったら、いけなかった…の?」
マリの口調が遅くなり、リュクサがむな苦しさを覚え始めると、ノエルが一歩前に出た。
「そうです。あなたの病気は本来治ってはいけないものでした」
「あんたら、マリが死ぬべきだったとでも言いたいのか!?」
ノエルはシノブの剣幕にも狼狽えない。
医師として、こういう宣告になれているのだろうと、リュクサは思った。
「ふざけんな!あんたは元医師だろう!?よくもそんな酷いことが言えるな!?マリは治った!それが事実だ!」
「医師は時に残酷な宣告をするものですよ、コウサカさん?」
本当なら自分が矢面に立つべきなのに、またノエルに守られてしまっている。
そんな思いから、リュクサも前に出た。
「魔力で治ったトクナガさんから、水晶を奪ったらどうなると思う?」
シノブとマリが同時に息を飲んだ。
そして、リュクサの口調がかなり変わったことにも気づいた。
「魔力がなかった頃に逆戻りだ」
次の瞬間、リュクサの手には水晶が乗っていた。
物理の法則を無視し、物体を魔力で転送させたのである。
その光景を見た二人は、何も言えずに硬直していた。




