訪問者
海沿いに展開する住宅街。
海岸線に沿ってたくさんの家が並び、早朝の空の下で一日を始めようとしている。
ある者は洗濯物を干し、ある者は庭の手入れに余念がなく、ある者はテラスで海を見ながら、コーヒータイムを満喫している。
そんな住宅街の、一番海岸線に近い場所に、シノブとマリの小さな住居があった。
決して大きくはないが、二人で住むなら十分な広さだなと、リュクサは観察した。
そして、静かに目を閉じる。
「見える…」
隣に立っていたノエルが、リュクサの肩をそっと抱き寄せると、リュクサもこちらに体重を預けてきた。
「あの家の中に、水晶がある。間違いない」
もう手遅れであることは承知している。
だが、あの水晶だけは、どうしても回収しなければならない。
リュクサは昨夜遅くに骨董屋に電話をかけ、ノクティス家が売った品々の返品を求めている。
不幸中の幸いで、水晶以外に売れたものはなく、返品されたらリュクサが魔力抜きをするつもりだ。
「ノエル、父上も最悪のデスルーラーだったが、俺も同じだ」
「リュクサ…」
「マリさんは、恐らく今、幸せの絶頂にいるだろう。そんな彼女を、俺は…」
奈落の底に突き落そうとしているのだから、悩み苦しむのも無理はない。
「あれでは、もう医師は治療できない…病気そのものがなかったことにされているんだ、医師の出番などあるはずがない」
「それほどに、回復しているのですか?」
「彼女の魂からは、病気の情報そのものが消されてしまっているんだ」
今、マリの魂には、「彼女はずっと健康体でした」という偽りの情報が書き込まれている。
これを偽りだと見破らなければ、その代のデスルーラーは「能無し」と呼ばれ続けることになる。
ノエルはリュクサの肩を抱く腕に、力を込めた。
「何であろうと、あなたの正義を貫いてください。それで私があなたを嫌うことはありません」
「でも、俺は…できることなら、見逃してやりたい」
「リュクサ…」
「わかってるんだ…見逃してはいけないと。でも…」
そう言って、リュクサは一呼吸置き、言葉を紡ぐ。
「人の幸せを壊すのが、本当に正しいのかがわからない」
「コウサカさんとマリさんが、正しい世界の中で正しく生きているのであれば、あなたの力の行使は誤りです。しかし、現実は逆なのです」
どういうつもりなのか、シノブは水晶を手元に置き続ける道を選んだ。
だが、その先に何が待っているのかを、きっと知らない。
幸せの代償を不幸で支払えという、残酷な世界など、知る由もないだろう。
とにかく、彼の判断は間違っている。
「水晶を手に入れ、魔力が込められていたから、それを使って恋人の病気を治した…これは間違った世界ですよ、リュクサ」
「だが、彼のマリさんへの愛は本物だ…」
リュクサはここに来る前に、シノブとマリの魂の情報を読んできた。
本来踏み込んではいけない、ソウルヒーラーの分野に足を踏み入れたのだ。
深夜から明け方にかけて読んでいたので、寝不足を感じてもいる。
ノエルの手を借りて歩くのが、精一杯だ。
「そうですね…例えば」
ノエルが視線を宙にさまよわせながら、言葉を選びつつ口を開く。
「では、私がマリさんの治療をする、と言ったら、あなたはどうします?」
「全力で止める。魔力を使ってでも、阻止する」
「あなたの悩みは、それと同じことなのです。間違っていたら、正す。そうして人は正しく生きていくのでしょうね」
その言葉に、リュクサは苦笑した。
ノエルの言う通り、人は正しく生きてこそ、正しい世界に身を置ける。
正しくあることに対し、どれほどの代償を払うことになっても、誤っていたら道を正す必要がある。
「行こう、ノエル。腹は決まった」
玄関からインターホンの音が聞こえた時、シノブとマリはダイニングで将来の夢について話していた。
マリの夢はシノブの妻として彼を支えること、シノブの夢はソウルヒーラーとしてもっと有名になり、成功すること。
「あれ、お客さん?まだ六時なのに、随分と早いね?」
マリはエプロンを外しながら、向かい側でコーヒーを飲むシノブに話しかける。
「俺が出て、追い払ってやろうか?」
「やだ、そんな物騒なこと言わないでよ、シノブ。私が出て来るわ」
廊下を小走りで走りながら、「はーい」と大声で応じる。
そして玄関を開けた先には、スーツに身を包んだ二人の男性が立っていた。




