25-1 訃報と勝利
アクスルの訃報が王城を駆け巡ったのは、その二時間ほどあとのことだった。
王太子は真っ青になって彼の病室に駆け込んでいき、彼がそこで見たのは、瞳を閉じて横たわった主にすがって泣く従者の姿。
そのそばには、看護人や解呪士の姿はあったが、《神託の花嫁》はいなかった。
その報告を受けて、第三王子は意気揚々と王太子のところへ向かう。
失意の底という腹違いの兄を見て、彼は、大いにまがい物の労わりを口にする。
どうしてこんなことに⁉ ああ、お気の毒な兄上。彼は本当に優秀な男でしたのに。侯爵もきっとひどく悲しんでおいででしょう。兄上、しっかりしてくださいね、これからは、ぜひ私を頼ってください。何でもお力になりますよ。
それらの慰めを、ぺらぺらと並べ立てて満足した彼は、王太子の執務室を退出。
廊下を進む間もずっと殊勝な顔をしていたが、自分の私室の奥に戻るやいなや、その顔は歓喜が爆発するように輝いた。
「やった! うまくいったぞ!」
割れるような声で笑っていると、配下も戻ってくる。
「どうだった⁉ 《神託の花嫁》はどうなった⁉ 捕らえたか⁉」
「いえ、報せはまだありませんが……精鋭を大勢送り込みましたから。万が一にもしくじることはないでしょう」
配下の言葉に、第三王子は鼻を鳴らす。
嬉々として訊ねたが、本当はどちらでもいいと思っていた。彼にとっては《神託の花嫁》など、取るに足らない小者。王太子の足を引っ張るただの駒の一つにすぎなかった。
「そうか、まあいい。どうせもうアクスル・クヴァントは始末できたんだ。今更あの娘が戻ってきてもあとの祭り。姿を現したところで、アクスル・クヴァント呪死の責任を追及されるだけ。頭がいいなら戻ってはこないだろう」
解呪士には、すでに王太子や国王の前で、アクスルの死は呪いによるものだったと証言させた。これでもう、王太子は責任の追及を免れないだろう。
第三王子はとても愉快になって、踊るような足取りで国王のもとへ。
もちろん、国王らの前では悲しげに振舞うことを忘れない。だが彼は、王太子陣営に降りかかった災難を聞き、気落ちしたようすの父へ『こんなときに言いたくはないのですが……』と、いくつもの書類を手渡した。
これを機に王太子の不祥事を捏造して、徹底的に追い詰めるつもりであった。
第三王子は、最上の懇願を示すために王座の前に跪いて訴える。
「陛下には大変お辛いことかもしれませんが……これも天意、兄上に対する天罰なのかもしれません。わたしが調べましたところ、殿下はさまざまな不正を働いておりました。もともと神託などを受けられる器ではなかったのです。その兄上に選ばれた《神託の花嫁》も、言うまでもなく神聖な存在などではなかった。彼女は結局呪いなど解くことはできず、こうして逃げ出し、アクスル卿を死なせてしまいました。陛下、どうか罪人には厳罰を!」
そう声高に言い募る息子を、国王はしばしじっと見つめていたが……ふいに、彼は諦めたようなため息を吐く。
「……よく、わかった……」
やるせなさそうな父に第三王子は勝利を確信し、内心で高笑いながらも、父に労わりの言葉をかける。
「陛下、お悲しみはよくわかります。しかし、このまま不正を重ねる王太子を放っておけば、いずれこの国に災いが……」
両足で跪いていた彼は、落胆した父王に寄り添おうと片足を立てて立ち上がろうとした。心の底から父と国を思う息子を演じ、その“真心”で国王を動かし、父に腹違いの兄に対する無情な断罪を決断させるために。
けれどもその瞬間、彼の背後から異を唱えるように、澄んだ声が高らかに上がった。
「おっしゃりたいことは、それだけですか!」
「!」
何者かの声に驚いた第三王子は、立ち上がりかけた動きを止めて、不快そうに振り返る。
国王と王子の会話を阻害するなど、いったいどこの痴れ者だと。眉間にしわをよせた顔が、後方──謁見の間の入口に向けられた。
はたして彼は、その先で無礼者の姿を見つけた。とたん、その目と口がぽかんと丸くなる。
「お、前は……」
その者は、国王に跪いたまま自分を驚愕のまなざしで見ている男を一瞥だけして床を蹴った。
真っ直ぐに前を見据え、謁見の間の奥、国王が待つ王座の前へ進むその右手には、乙女が握るにしては、いささか長すぎる長槍が。
その頬には血の筋が一閃。腕にも複数の痛々しい傷があった。汚れたワンピースは裾が大きく破られいて、長い脚の大部分が露わ。
傷と埃にまみれた姿は、まさにたった今戦地を駆け抜けてきたというふう。唖然とする周りの者たちに、彼女がここに来るまでに、相当な災難に見舞われたことを予感させるが……。
堂々と進む彼女の表情には、悲壮感は皆無だった。
煌びやかな謁見の間にも、その奥に控える貴人らにも臆することなく進む姿は、素晴らしく勇ましい。
彼女の登場に戸惑った第三王子は、己の横を素通りしていくその姿を思わず見送ってしまう。
その娘が、彼が捕えておくよう命じたその者であることは分かっていたが、あまりに毅然とした姿を見て、とっさには動くことができなかった。
そして彼女は無言の聴衆に見守られ、国王の前へやってきた。
無言で成り行きを見ていた君主の前で、片膝を床につき、恭しく首を垂れる。
「国王陛下。エルフリーデ・バルヒェットがお目に掛かります。このような姿で参上し、お目汚し誠に申し訳ございません」




