24-3
その、犬の顔を模した仮面を、彼女は見たことがあった。
エルフリーデは、思い出してロリーを見る。
「……貴殿だったのか……」
それは、以前城下でエルフリーデの悪評が立ったとき。往来で陰口をたたかれた彼女をかばってくれた、見知らぬ青年が顔につけていた仮面であった。
奇特なひとだと感謝して見送った、名も知らぬ若者がロリーであったことに、彼女はとても驚いた。
丸い目で見つめられたロリーは、少しバツが悪そうな顔で告白する。
「そうだけど、そうじゃないんです」
「それは、どういう……?」
エルフリーデが怪訝な顔をすると、ロリーは説明。
「これは、アクスル様の仮面です。あのときは、アクスル様に頼まれたんです。あの方は、あのときも言葉が話せず、口汚い輩にも反論が難しかった。だから……わたしが代わりに」
そのとき、身元が割れてはと仮面も貸してくれたんですと言われ、エルフリーデは言葉を失くす。
「……、……、……そうだったのですか……」
エルフリーデは、アクスルの仮面を手に取ってそっとなでる。
そんなころから、彼は自分を気にかけてくれていたのかと思うと、心がとても温かい。暗い顔をしていたエルフリーデは、表情をやわらげてロリーに感謝をのぞかせる。
「教えてくださりありがとう。あのときのことも、感謝しています」
「いえ。こちらこそです。主のために、打ち込んでくださって本当にありがとうございます」
ロリーは、アクスルを看病するかたわら、ずっと彼女がどれだけ彼のために働いてくれているかをつぶさに見てきた。ゆえに、あのときのことも打ち明けようと思った。
彼女はずっと、アクスルが自分からなぜ逃げていたのかを気にしている。もちろん、現状では、主の許可もなく、彼の推し活のことを彼女に打ち明けることはできない、が。
(これくらいなら……いいですよね……?)
彼女は己の寝食をおろそかにしてまでも、アクスルの看病をし、解呪の件についても懸命に考えてくれている。そんな彼女に、少しでもアクスルの気持ちを知ってもらいたかった。そうすることで、励ましたかったのである。
──と、うっすら涙ぐんで仮面を愛おしそうになでていたエルフリーデが、ふと問うてくる。
「ところで……この仮面はなんのため仮面ですか? ずいぶんかわいらしい仮面ですが……」
「え………………」
ここで、ロリーはつい、すさっと彼女から目を逸らす。
……言えない。
その仮面は、主が推し活時に使っているものだとは。
《黒女神崇拝会》で顔を隠すために、彼がその会員番号十一……つまり、『わんわん』から、取って、犬の仮面にしただなんて……。あんな……冷酷そうな顔をしておいて、そんなお花畑なところがある主だなんて。彼の口からは、とても言えなかった……。
ロリーは苦悩の顔で言った。
「い、言えません。主の名誉にかかわるので……」
「めいよ?」
「調べてきたぞ」
数日後、エルフリーデの依頼した調査を終えたレオンが王城にやってきた。
「ありがとう、助かる。だがずいぶん早かったな」
「当然。俺を誰だと思ってるんだよ。でも苦労したんだからな! 今は動ける団員が少ないしさぁ……」
「? 騎士団に何かあったのか?」
疲れたようにテーブルの上に両手を広げる四兄に、エルフリーデが心配そうに訊ねる。すると、レオンは、「あ」と、気まずそうな顔。言葉を濁す。
「……いや、ただ、新しい任務が入ってみんな忙しいだけ」
「任務?」と、聞いて、ピリッとした顔をする妹に、レオンは首を振る。
「いや、気にするなって。お前はアクスル卿のことに集中しろ」
エルフリーデは騎士団のことが気になったが、ただ、普段から団にはいろんな任務が下る。団員たちは、その内容を他言はしない。
で、とレオン。
「それでさ、お前が言った通り、ここ最近お前が関わった魔物討伐の現場を調べたんだけど……その一か所から、大量の──骨が出た」
「……骨?」
その不穏な情報にエルフリーデの眉間にしわがよる。
聞けば、ある現場のすぐそばで、おびただしい獣の骨が出てきた。レオンは淡々と説明。
「全部ひとまとめにして無造作に埋めてあったから、正確な数はまだ数えられていないけど……大きい獣から小さい獣まで合わせると、二十体はくだらないと思う」
「二十……」
その数に、エルフリーデは言葉を失くす。
「お前が言う通り、こっちでも解呪士を手配して確かめさせた。確かにあれは、呪いをつくった跡らしい」
亡骸を冒涜するために、わざと大勢が踏むような場所に埋め、そこから膨らんだ呪いを集約するための呪術の痕跡も見つかった。
「解呪士は、そのせいで、村を襲った魔物も生まれたんだろうと言ってた」
「つまり……あの時の魔物たちと、アクスル様の呪いの根源は同じものだったのだな……」
それは、アクスルと出会うその当日まで彼女が携わっていた任務でのことだ。
王都近郊の村で出た魔物の討伐。その魔物たちは実体がなかった。それを、騎士団では、女神教会の神官たちに武具防具に聖なる加護を施してもらい、なんとか対抗した。
エルフリーデは、考えたのである。
アクスルの呪いの本性が獣であるのは間違いない。
ならば、その獣が自分を恐れているということは、もしや、自分はその獣と戦ったことがあるのかもしれないと。
そこで彼女は兄に調査を依頼。
自分が関わった任務の中で、獣が関係していたものを選び、その現場で討伐した獣や魔物がどんな存在だったのかを再度調べてもらった。
「……人を陥れるために、そんなおぞましいことをする者がいるのか……」
エルフリーデは、なんと言っていいか分からなかった。
あまりにもひどい。人のむごたらしさに対する憤りと悲しさが胸に渦巻く。同時に、そんな非道な者に、アクスルや王太子が狙われているのかと思うと恐ろしくてならない。
深刻な顔で沈黙した彼女に、レオンが問いかける。
「本当にあの現場の骨が、アクスル卿の呪いのもとなのか?」
「……前に解呪士殿がおっしゃっていたんだ。アクスル卿の呪いは……たくさんの獣の命と恨みの力でできている、と……。だから、おそらく間違いないだろうと思う」
それに、二度あの呪いの異形と対峙したエルフリーデには分かった。
確かにあの魔物と、呪いの異形は、気配がとても似ていた。現場に充満していた、瘴気のような、匂いのような。あの、血と獣の肉が腐ったような匂いは忘れられない。
「あの村で、アクスル卿の呪いは作られた……なら……」
エルフリーデは、鋭い瞳で再び思考の中に沈む。手掛かりを探し、己の中の知識と経験を洗いざらい引っ張り出すように考えて考えて。と、その目が、ふいにハッと瞠られた。
アクスルと過ごしていたとき、彼のまわりで不思議な行動をしたものがあったことを思い出した。
「もしかしたら……」
「エル?」
どうしたんだというレオンを置いて、彼女は駆けだしていた。




