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「殿下、本当に申し訳ありませんでした」
「な、何をやっているんだエルフリーデ嬢!」
床に両膝を突いて謝意を述べる娘に、王太子は大慌てで駆けよった。
「わたしの怠慢のせいでアクスル様にお怪我をさせたばかりか、殿下にもご迷惑をおかけし誠に申し訳なく思っております。どうかわたしに罰をお与えください」
それは心からの言葉であったが、王太子は柔和な顔を険しくして拒否。
「やめてくれやめてくれ! 悪いのは呪いだ。貴殿のせいではない!」
「しかし……世間はそう見てはいません」
あれ以来、王太子に対する宮廷内の風当たりは強くなってしまった。自分が偽物だと言われるのはかまわないが、王太子が糾弾されているのはエルフリーデも心苦しい。
彼女を床から立たせた王太子は、困りはてた表情で言う。
「こうなってしまったからには、早く呪いが解けてくれれば貴殿もあれこれ言われずすむのだが……」
しかしあれ以来、いい進展はない。
アクスルは一度は目覚めたものの、異形によって与えられた裂傷は血が止まらず、傷もふさがらない。ずっと予断を許さない状態で、現在は医官と解呪士がつきっきりで治療を試みている。
意識は浮上することもあれば、熱に浮かされたようにぼんやりしていることも多く、また昏々と眠っていることも多かった。
そんな状態では、どんなにアクスルが心配でも、当然エルフリーデが出しゃばることはできない。
まずは治療が優先である。
ゆえに彼の妻となった彼女は、以降ずっと王城でアクスルの看病をして過ごしている。
彼女は夫に献身的に尽くしたが……ただ、その間に、世間ではすっかり彼女が偽物の《神託の花嫁》だという噂が広まってしまった。
『エルフリーデ・バルヒェットが、アクスル卿に触れたとたん呪いが暴れ出したらしい』
その噂は、またたくまに王都に広がり、民たちは、彼女が地位や財産目当てであり、《神託の花嫁》と偽って、無理やり次期侯爵の妻となったと受け止めているらしかった。
現在彼女のところには、毎日のように家族やランセル師、オリスたちが代わる代わる様子を見に来てくれており、彼らがそのときに外部の状況も伝えてくれていたのだが……。
皆の口は、次第に重くなり、しまいには外の話をまったくしなくなった。
それはおそらく、外の状況がより悪くなってしまったゆえだろう。
エルフリーデは、それを薄々感じて苦い。
自分のことはまだいいいが、そうして気遣ってくれる家族たちが、己と同様に“侯爵家を狙う悪党”と世間に目されているだろうことは、容易に想像ができる。
瞳を曇らせる彼女を見て、何かを察したらしいアントンは、とにかく、と、優しい表情。
「わたしのことは心配無用。ご家族のこともわたしがなんとかするゆえ貴殿は心配しすぎず、アクスルのそばにいてやってくれ。今は、あの者が無事であることこそ何よりも大切だ。……そうだろう?」
慰めるように、なだめるように言われ、エルフリーデも「……はい」と、しっかり頷く。
彼女が案じるひとを、同じく想う王太子の言葉が心に染み入っていた。
アントンは一見頼りなくも見えるが、とても心根が善良で優しい。きっとアクスルも、こういう彼だからこそ自らが“冷血犬”と呼ばれてでも、彼に尽くしてきたのだろう。
ならば、と、エルフリーデは勇気づけられる。
自分も、彼らの為にできることをしなければ。
彼女は弱音を振り払うように凛と背筋を伸ばし、王太子にもう一度こうべを垂れる。
「承知いたしました。ではわたしはアクスル様のお世話を続けつつ、呪いについてもう一度よく考えてみます」
王太子が言った通り、アクスルの無事こそが何よりも優先され、呪いが解ければアントンに対する責任の追及もおさまるだろう。
エルフリーデが王太子の前から辞すると、執務室の外には四兄のレオンが立っていた。
「……大丈夫か?」
すっかりやつれた妹の顔を見て、四兄はいつになく真面目な表情。その問いに頷きながら、エルフリーデは言った。
「兄上、調査してほしいことがあるんだ……頼めるだろうか?」
その後アクスルのもとへ戻ったエルフリーデは、彼の寝顔を見守りつつ、先日、彼が凶刃に倒れた日のことを考えていた。
あのとき、彼女の反撃は異形に通用しなかった。
あの霞を斬るような感触を、その時肌に感じた空気感を、どこかで感じたことがある。
この記憶の先に、きっと呪いが自分を恐れる理由があるはずだと、エルフリーデは確信めいたものを感じている。
(わたしはきっと、答えを知っている……)
アクスルを診ている解呪士も、呪いと彼女には何らかの関係があると言っていた。
(しかし……分からない……)
なかなかその答えにたどり着けず、エルフリーデは頭を悩ませた。
昏々と眠り続けるアクスルの顔を見つめながら、延々と考え続けて。と、そんなとき、ふと彼女の脳裏に神託が思い出される。
「《春の季節に生を受けた天色の瞳の花嫁、黒き冠、慈しみ、身を捧げれば呪いは解ける……》」
春生まれの、空色の瞳と黒髪を持つ、花嫁。
確かに自分は神託に読まれた条件に当てはまる。
「慈しみ、身を捧げる、が、花嫁として彼の妻になる、ということであるならば……現状は神託に沿っているが……」
この神託があったからこそ、彼女はアクスルとの婚姻を急ぎ、名実ともに夫婦になることを急いだ。しかし、そのためにアクスルは思い悩み、倒れ、あげく呪いに襲われ怪我をした。これは、いかに、彼を早く呪いから解放したくとも、今は無理に神託を押し通せるような状況ではない。エルフリーデは、やるせないため息を吐く。
「……やはり、呪いがなぜわたしを恐れるのか、そこを解明したほうがよさそうだな……」
当初エルフリーデは、それは宿主であるアクスルが彼女を恐れているせいだと思っていた。
けれども呪いの異形と対峙したときに感じた。
あの恐怖は、もっと本能的な恐怖だった。
痛めつけられるのでは? 殺されてしまうのでは? という、生命が持つ根源的な恐れ。
それは、これまでずっと武芸に励み、時に任務で賊や魔物の討伐にも携わる彼女にはよくわかる。彼女自身も、その恐怖をあじわったことがあるのだから。
……でもそれは、アクスルから感じるものとはまったく違う。
(まあ……アクスル様のわたしへの怯えの理由も、まだよくわからないのだが……)
でも、彼の自分へのまなざしの中には、確かに愛情もあるのだ。
それは、死の恐怖とはまったくの別物。
(ではなぜ……? 異形はどこでわたしと出会い、恐れるようになった……?)
もしかしたら、それは単純に、彼女が女神に選ばれた《神託の花嫁》だから、という理由なのかもしれない、が……。
以前も不思議に思ったように、彼女は自分に聖なるものを感じない。
女神の加護が強いとか、だから呪いを解けるとか、そんな神託ではなかった。そんな気がするのだ。
(本当に……なぜなんだ……?)
エルフリーデは、女神に答えを求めるように天を仰ぐ。だが、もちろんそこに女神はいない。
彼女は何度目になるかも分からないため息を一つ。アクスルのかたわらで、夜が明けるまでそれを考え続けていた。
翌朝、彼女は手がかりを探すために、ロリーに頼んで補佐官室に案内してもらった。
そこには、長く主が不在のアクスルの執務机が。その空席を見ていると、エルフリーデはまた胸が痛かった。
もしかしたら、ここにも何かヒントがあるかもしれない、彼が呪われた経緯からも何かつかめるかもしれないと思い、ロリーには、当時居合わせた補佐官たちを呼んでもらった。
彼らから話を聞き終え、アクスルの机を眺めながら考えこんでいると。
そんな彼女の、真剣で、不安と焦燥の混じるまなざしを見つめていたロリーが、ふいに、アクスルの執務机からあるものを取り出した。
なにやら無言で差し出されたものを見て、エルフリーデが瞬く。
「おや、それは…………」
ロリーの手にある鈍い銀色のもの。
その特徴的な形が記憶にあったエルフリーデは、戸惑ったように青年を見た。




