24-1 《神託の花嫁》と継承者争い
「殿下はそう言い張っておられるが、あの娘はこの王城で血の流れる騒動を起こしました。女神に選ばれたという神聖な存在というには無理があるのでは?」
その疑わしそうな視線の先に立つのは王太子アントン。
アクスル負傷の一報は、すでに王城内を駆け巡っていた。それを受けて、アントンが自ら国王に説明に参じると、まるで待ち構えていたように第二王子と第三王子がそこにいた。そして彼らは口々に言うのである。
疑わしい《神託の花嫁》を、今すぐ捕えよと。
「な、なぜそんなことを⁉ 今回のことはエルフリーデ嬢が呪いに襲われ、アクスルが新妻をかばっただけだ!」
今回の一件を、エルフリーデは子犬シュバルツの存在を伏せて王太子らに説明してある。つまり、倒れたアクスルを彼女が看病していたとき、ふいに呪いが暴れたと。
同じ説明を耳にしたらしい第三王子は、冷淡な顔で追及する。
「つまり、その娘はアクスル・クヴァントの呪いを祓うこともできていないし、沈める力もないってことでしょう?」
「いや……これまでは確かに……!」
「でも、今回は襲われて、救うべきアクスル・クヴァントを傷つけさせた。これってとんだ役立たずだってことでは?」
鼻で笑うような言葉に、アントンの顔色は真っ赤に。
「な、なんてことを……! お前はこれまでエルフリーデ嬢がどんなにアクスルのために苦心してくれたか知らぬからそんなことが言えるのだ!」
アントンは憤慨したが、第三王子は平然としたものだった。
「そもそも、その娘はアクスル・クヴァントが婚姻を嫌がっていたのに、無理やり結婚したのでしょう? そんな子、本当に《神託の花嫁》なの? 王太子殿下はさ、アクスル・クヴァントがいないと、すぐ人に騙されるからなぁ。案外今回もだまされているのかもよ?」
「そんなことはない!」
「……やめよ二人とも」
言い争う二人を国王がとめる。
「王太子、とにかく早く事態を収拾せよ。大臣らも騒いでおる。このままではお前から人心が離れる」
「……わかりました」
国王に命じられたアントンは、悔しそうな顔を収め、父に一礼し、足早に執務室をあとにしていった。
そんな腹違いの兄の背中を、第二王子と第三王子がじっと見ている。
アントンに続き国王の執務室を出た二人は愉快そうに笑う。
「お前、さては大臣たちをあおったな?」
「だって面白いじゃないですか。あの目障りなアクスルが、王太子が選んだ《神託の花嫁》のせいで怪我をするなんて……これをどうして黙っていられます? 大臣たちにも当然教えてやらなくては」
「お前も意地が悪い……あんな小者は放っておけばいいものを……」
「小者でも羽虫のようで邪魔でしょう。いつも王太子を守っていて目障りなんですよ。いなくなればすっきりします。まあ、でも、今回の騒動は不可解ですが、あの花嫁とやらに呪いを退ける力があったのは本当みたいです。公爵の愛人や第三騎士団の団長たちはしくじりましたが……今ならあいつらを引き離せる。そうすれば、アクスル・クヴァントは呪いにやられて自動的に死んでくれます」
第三王子は、先ほどは国王の前でエルフリーデの《神託の花嫁》としての資質を疑っていたが、どうやら心の中では違ったらしい。しかし彼にはそれはどちらでもいいこと。
にやにや笑う弟を見ていた第二王子は、鼻を鳴らして笑う。
「つまり、お前は王太子の足がひっぱれればなんでもいいんだな」
「だって気にくわないでしょう? 小心者のくせに、先に生まれたからって王太子の座に居座るなんて。あの男は、配下が優秀なだけで、自分自身はなんにもできないんですよ」
「そうは言うが、アントンは国民には人気が高い。知っているだろう?」
そうなのである。王太子アントンは、その人の良さから国民人気は案外高い。
それもこれも、彼の慈悲深い資質を見抜き、うまくプロデュースしているアクスルたち補佐官の支えあってのことだが。その分、王太子自身も、積極的に慈善事業などに取り組むなど努力を重ね、広く支持を集めている。
アクスルが“王太子の冷徹犬”とまで言われるようになってしまったのは、アントンの下で政治の厳しいところを一手に引き受けてきたからに他ならない。彼らのチーム力はとても優れているのである。
第二王子は得意げな弟を見て、意味ありげに忠告。
「あまり迂闊なことをしないように。お前は少し王太子に敵意を露わにし過ぎだ。下手なことをして足元をすくわれぬよう気をつけろ」
母上に迷惑をかけるな。そんな言葉を残して第二王子は去って行った。廊下の先に小さくなっていく兄を見送って、しかし第三王子は不満げ。
「兄上はいつもわたしを子供扱いだ……。兄上こそ、こんな好機になんて悠長な……」
「しかし殿下、第二王子殿下のお言葉もごもっともです。慎重に動きませんと……」
近寄って来た配下に、第三王子はうっとうしげな顔をする。
「慎重なばかりで王位がとれるわけがないだろう。こんな絶好の機会を指をくわえてただ見逃すなど、愚か者の所業だ」
自分の王位継承権は三番目。
のんびり構えてばかりいては、その座は永遠に自分のものにならない。第三王子は不安そうな配下を軽蔑したようなまなざしで見ていたが、不意に口の端を持ち上げ鼻を鳴らす。
「この機会に、陛下や大臣たちの王太子への信頼を崩してやる。王太子自ら選んだ《神託の花嫁》が偽物で、さらに問題を起こしたとなれば、うまくやればあいつの責任だって問えるからな」
言って王子は配下に命じる。
「王太子やアクスルの周辺の者たちを探れ。使えそうなやつの弱みを握っておけば、きっと役に立つ」
その双眸には、野心がギラギラと輝いていた。




