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23ー1 気絶からはじまる新婚生活


 結局、アクスルの動揺があまりにひどく、見かねた王太子が助け舟を出して。まずは結婚式をしてからにしてはどうか? ということになった。

 初夜は……ひとまず見送られることに。

 アントンはウルウルした目で言った。


「誠に残念ながら……君の夫は小鹿の心臓だ……これ以上の負荷は、寿命を縮めることになると思う」


 王太子にそう真面目な顔で言われては、エルフリーデも、確かにその通りだと計画を一時中断するよりほかなかった。

 そうですね……と、エルフリーデは少し悲しそうに肩を落とす。


「まさか……アクスル様が“初夜”と聞いただけで、お倒れになるとは思いもしませんでした……」

「……、……まったくだ‼」


 エルフリーデはしゅんとして、王太子はくっと沈痛の面持ちで力一杯の同意。

 現在、エルフリーデから受けた諸々のダメージの蓄積で限界を迎え得た男は、医務室に運び込まれ治療中。アクスルはまた、知恵熱を出したというわけである。

 さきほどまでは、彼女も新妻としてアクスルに付き添っていたのだが、夜も更けてきて、そろそろ一緒に食事でもどうだと王太子に誘われて今に至る。

 今夜は、彼女は兄と共に王城に泊まり込むことになった。


 思い直したようにナイフとフォークを握り直した王太子は、豪華な食事を前に笑顔をエルフリーデに向ける。


「ま、まあ、今回は、呪いは関係ないようだから大丈夫だ! 君も牢から解放されたばかりだ、しっかり食べて元気になってくれ」


 そうしてぜひ、アクスルをなんとかしてほしい。

 己の冷血犬と呼ばれた補佐官が、結婚したくらいでぶっ倒れるとは彼も思ってもみない。

 これまでアクスルを恐れてきた他の者たちがこれを聞けば、驚くか、嘲笑のまととなるか……。まあ、もし馬鹿にされるようになればアクスルは気の毒ではあるが……おそらく、己の愛しの《黒女神》を妻にした喜びがすべてを洗い流してくれるはず。

 いや……まあ……それも、アクスルがエルフリーデが傍らにいることに慣れなければなんともならないわけだが……。


 夫に早々に気絶されたエルフリーデは落胆顔で肩を落とし、しきりに何かを気にしている。その視線が何度も行きつく方向から察するに、おそらくアクスルの容態を気にしているのだろう。

 目の前に並べられた食事もなかなか喉を通らぬようすの彼女を見て、アントンは、微笑ましいやら、気の毒やら。


「わたしが焦りすぎたのです……。冷静であったつもりが……あの方のお顔を見ると……ときどき愛しすぎて理性が飛びます!」


 憂い顔を深刻に歪めたエルフリーデが、なんだかやや恥ずかしいことを吐露している。その訴えに、王太子は前のめり。


「いや! 断じてそんなことはない! 君は実に頼もしかった! ──ただ……アクスルには、心の準備というものが必要だ(人よりだいぶ多めに)」

「……はい、そうですよね。臆病なお方ですし……」

「お、おく……? う、うむ、まあそうだな。結婚式をすると決めたのだから、共に準備をしていくといい。そういった共同作業でも絆は深まるし、アクスルも君に慣れていくだろう」


 エルフリーデと王太子が共に夕餉をとっ(恋バナをし)た、その夜。

 王宮のある部屋の寝室には、気絶するように寝ているアクスルのそばに彼女の姿があった。

 アクスルの状態から、初夜はまた日を改めて、と、相成ったものの。ならば看病しますということで、エルフリーデは彼と同じ部屋に来た。ただ、そのような手前、寝る場所は別。……これ以上強引に迫って、新郎を追い詰めてはならない、と、エルフリーデは自戒。

 そうしてアクスルの寝顔を見つめながら、彼女は静かに考えていた。

 どうにか結婚までにはこぎつけたが、この先どうしたらいいのだろう。

 初夜が先送りになったのであれば、自分が《神託の花嫁》として今できることはなんだろうか。

 エルフリーデはふとアクスルの頬に触れ、首の呪いの輪に触れる。するとやはり輪がぶるりと震え、その揺らぎを見て彼女はつぶやいた。


「……教えてくれ、君はどうしてわたしを恐れる?」


 エルフリーデは、これまでの出来事を順に脳裏に思い起こしてみた。

 あのとき。牢獄で呪いに触れ、異形と対峙したとき。

 彼女は不思議な感覚を味わった。

 たくさんの獣の声を聞いた気がするのだ。姿はとても禍々しく見えたが、耳に残る声はとても悲しそうに聞こえた。


(あれが……呪いの正体なのか……?)


 アクスルが横たわる寝台に肘をついて考えていると。ふと背後に気配。


「……おや? シュバルツ?」


 振り返ると、彼女の後ろで子犬がしっぽを振っている。

 焦げ茶の身体に頭に黒ブチを丸い帽子のように乗せた柄の子犬を腕に抱き上げると、扉のほうからひそめた声が。


「シュバたん! ダメだ! 夫婦の寝室にいっちゃ! 何が行われてるか分かんねぇのに……! エルがアクスル卿を襲ってたらどうするんだっ!」

「……、……、……兄上……」


 扉の影に四つん這いになり、こそこそ子犬を呼び戻そうとしていたマイルズに、エルフリーデは呆れをのぞかせる。心外な、と一言。


「わたしは寝込みは襲わない」

「……お前な……堂々と寝込みじゃなきゃ襲うって言うなよ……問題発言だぞ」

「……」


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