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「解呪士殿、アクスル卿を横たわらせたほうがいいでしょうか⁉」
呆然と立ち尽くす男を、今にも抱きかかえようとする娘に、老解呪士は的確な一言。
「いえ、とりあえず、あなた様が抱くのはおやめになったほうがよろしいかと。悪化します」
親切で、空気を読む解呪士のおかげで、アクスルは更なる危機を回避した。
エルフリーデはそうですか、と、まだ心配そうだが。彼女は、表情を引き締めて、では、と老爺に言う。
「さっそく次の段階に参りましょうか」
老爺は頷いて、エルフリーデはうしろを振り返る。すると今度はそこに静かに控えていた紳士が同様に頷く。
彼は部屋の中に進み入り、王太子とアクスルに深々と頭を下げた。そしてそばにあったテーブルに座り、手に持っていた黒カバンからきびきびと書類を卓上に広げる。
「はい、はい、それでは、書類に目を通していただいて、それぞれご署名を……」
「ちょ、ちょっと、ま……ちょっと待ってくれ!」
と、ここでやっとポカンとしていたアントンが我に返る。
……ちなみに。エルフリーデに不意打ちでキスをされたアクスルは、いまだ魂がどこかに飛んでいったまま。代わりにアントンが、声を裏がえし、つっかえつっかえ問う。
「き、貴殿はいったい……いや! そ、それよりエルフリーデ嬢⁉ さ、先ほどの──先ほどのっ! 素晴らしく潔いくちづけはいったい……⁉」
「くちづけです」
が、何か? と言いたげに、さっぱりした答えを真顔で返してくる娘の堂々たるや。
……いや……男女のキスに、外野がいったいもくそもない気もするが……。まあ、あのいきなりさは、驚かれても仕方がなかった。この事態には、あれだけ酔狂な性格のアクスルの母ウルカですらも、言葉を失くし、いつもの余裕の笑みを忘れているようす。
エルフリーデの言葉を聞いた王太子は……最近、推しだ、なんだとウジウジしていた友をずっと見ていたせいか、彼女の毅然とした態度には感動。神々しさすらを覚えて胸が震えた。
(──こ、これが……アクスルや、《黒女神崇拝会》とかいう者たちを魅了しているものなのか──……⁉)
アントン絶句。
と、ここでおずおずと挙手をする者があった。
「ええとぉ……」
ロリーが言った。
「その……主の代わりにお聞きしたいのですが……ちなみに、この方はどちら様なのでしょうか……」
突然、主のラブシーンを目撃し、こちらも少々気恥ずかしそうな青年が、テーブルで書類を広げている紳士を示した。と、エルフリーデが、気がついたように言う。
「おや、すみません。こちらの方は登記官殿です」
「登記官……?」
「はい。結婚登記所の、登記官殿です」
「え⁉」
その言葉には、さすがのロリーも声を上げた。
結婚登記所とは、この国の男女が夫婦になる時に届け出をする国の機関である。
この国では、結婚したい場合には方法がふたつ。
女神教会で結婚式を挙げるか、結婚登記所で簡単な儀式を行い、書類の提出、署名などを行うか。
「つ、つまり……」と、言った青年に、エルフリーデはしっかりと頷き、落ち着いた声で宣言した。
「わたしは今から、アクスル卿と結婚いたします」
唇に触れた、あたたかで、柔らかなものの感触が、彼の思考と身体の自由を奪っている。
(……、……あれは……あれはなんだ……?)




