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現在のアクスルは、とことんネガティブであった。
(エルフリーデ様に捨てられぬためには、そもそも拾っていただかなければいいのでは……?)
(そうとも……そんな胸の張り裂けそうな事態になるくらいなら、やはり、今まで通り遠くから拝観させていただくだけに留めていたほうが、我が人生、よほど平穏なのでは……)
(呪い……? それはあれだ、貢物を収める代わりに週一くらいでお力をいただいて……)
もはやそれは神仏の扱いである。
しかし、ネガティブに落ちたアクスルは、自分の思考のおかしさにも気がつかない。
(いつまでも口がきけないのは問題だが……若干慣れてもきたしだな……)
思いつめ、偏愛のどつぼにはまろうとしている男にとって、それは愛するエルフリーデに捨てられるよりは、ずいぶんましなことのように感じられた。
大きな愛ほど、失うときには傷つくもの。
アクスルは、自分の中でエルフリーデの存在が、これまで以上に膨らみきっていることをひしひしと感じていた。
以前はただただ尊いと感じていたものの、それでも彼の中には王太子や、仕事のことを考える余裕があった。それが今ではこのありさま。
主であり、友でもあるアントンを守ることは彼の使命なのである。
アントンを守ることは、彼女の暮らすこの国を守ること。彼にとってそれは、大切な人を守るためにも必要な使命であった。
(わたしは……永遠に、死ぬまであの方を想っていたい。そのためには……)
と、つらつらと紙に苦悩を吐き出していると、その手もとをのぞきこんだロリーが呆れを滲ませて問う。
「でもアクスル様。あなたが幸せに推し活しているその間に……バルヒェット様が他の男と結婚したらどうします?」
とたん、アクスルが書いていた紙がビリッと激しい音を立てて破れた。
動揺も露わな筆圧で紙を裂いた男は、ペンを折れそうなほどに握りしめ、背中を震わせて苦悩。その頭からは、彼の悩みでくすぶった煙がもうもうと漂ってくるようである。
暗雲を背負う主を見て、ロリーは(つらそうだなぁ)と思いつつ、容赦なく続ける。さすがアクスルが主だけあって、その従者もなかなかに手厳しい。
「あの方は、とても潔いお方に見えます。もし、今アクスル様以外の誰かを愛したら、きっと後ろは振り返らないでしょう」
主が複雑な想いを抱えていることは、もちろんロリーとて分かっているが……彼の呪いを解くためにも、ここらでエルフリーデに対する逃亡癖をなんとか克服してもらいたい。
ロリーは、主に対してきっぱり突きつける。
「とても善良なお方のようですから、きっとそれでも呪いの解呪には協力してくださるでしょう。でも、アクスル様がほしいのは、あの方の協力だけですか? 愛情は? もしそれが他の者に与えられたら耐えられるんですか?」
ずけずけと遠慮のない従者の言葉には、彼らのそばで会話を聞いていたアントンが心配そうな顔をしている。
しかし、その問いに、アクスルは沈黙。
従者の厳しさは、彼の心の隅に追いやられていた冷静さを呼び起こすようだった。
男は自問する。
本当は、答えはとうに分かっていた。
もしそうなったとき、自分はきっと耐えられない。
今はもう、遠くから彼女を見つめていただけのときとは違うのだ。
彼女に自分を見つめてもらえる喜び。名を呼んでもらえる幸せ。触れ合える温かさを知ってしまった。
欲しいのは、協力ではなく、彼女自身の心である。
それらが自分ではない誰かに与えられることを想像したとき、アクスルは反射的に立ち上がっていた。
(────っ)
アクスルが勢いよくロリーを振り返る。と、その必死な顔を見た従者は、すぐに彼の求めることを察する。
「バルヒェット様なら、兄君とご一緒に一時間ほど前に退城なさいました」
その言葉を聞くや否や、アクスルは床を蹴って扉のほうへ。
とたん王太子がホッとした顔。同じくロリーも、やっとかという表情で安堵の息をはいていた。
ふたりとも、彼がようやく壁を乗り越えたらしいと感じ、とても嬉しかった。
そんな二人に見送られたアクスルは、このとき非常に慌てていたが。しかし、今回は、自分の足が、しっかり床を踏みしめているのを感じた。
まるで、向かう先が定まり、迷いが消えたようだった。
早くエルフリーデのもとへ行きたかった。そして、これまで彼女から逃げ続けたことを謝罪し、正直に愛を請わなければならない。
それは、考えるだけで彼を緊張させる。顔はこわばり、動悸は早鐘。息も浅くなり呼吸もつらい。
王城から帰ってしまったという彼女。もしかしたら、もう呆れて見切りをつけられてしまったのかもしれない。もう、あんな煮え切らない男には付き合っていられない、と。
──でも。
(っ!)
アクスルは、駆け寄った扉を思い切って押し開く。
(呪いのことは関係なく、自分の妻になってほしいのだと……愛しているのだと、お伝えしなければ……!)
アクスルは、決意のまなざしで補佐官室を飛び出した。
──が。
「⁉」
扉から勢いよく踏み出した瞬間、アクスルはギクリと立ち止まる。
目の前に、誰かが仁王立ちしていた。
「おや、」と、その人物は、背筋を伸ばし、顎をあげ、腰に手を当てて言う。
「アクスル卿? まさかまたわたしからお逃げになるのですか?」




