3-1 女子力がゼロ
王太子の求めに応じ、急遽、補佐官アクスルとバルヒェット家の長女の縁談の顔合わせが行われた日の夕暮れ時。
王国第四騎士団の詰め所裏。訓練場の片隅では、鍛錬着に着替えたエルフリーデが、元気な子犬をあやしている。
傍らに愛用の黒い柄の長槍を置いて。その槍に子犬がじゃれつこうとしているのを、なんとかなだめようとしているようだった。
と、そこへ近づいてくる者が一人。その誰かは、どうやら団舎のほうへ帰ろうとしていたが、訓練場のすみに彼女を見つけると、わざわざ遠回りをして彼女のそばへ。その顔には薄ら笑いが浮かんでいる。
「どうした七光り。げ……お前、その犬どこから拾ってきた……? さすが親が偉いと子は余裕だねぇ。任務を抜けて、縁談に、犬っころ。でも、お前そんなんだから失敗するんじゃねぇの? 聞いたぞ? 縁談の席でひどい失敗をしたらしいじゃねぇか! そんなチビと遊んでねーで、どっかで男に媚びうる方法でもならってこいよ」
言いながら笑う男は、明らかに彼女を馬鹿にして楽しんでやろうという魂胆。
しかしエルフリーデは、わずかに目を細めて男を横目に見ただけだった。そこには苛立ちも怒りも、侮蔑もない。ただ彼女は静かに答える。
「媚び……媚びとはなんだ?」
「あ?」
子犬を抱き上げつつ、深々とため息を吐く娘に、男は怪訝。
「叩頭すればいいのか? 笑えばいいのか? それともたくさん喋る?」
真面目な問いに、男はあからさまに馬鹿にした顔。
「お前が喋れることなんて、どうぜ色気もくそもない槍の話題とかだろ……それが媚びかよ。そんなことをしたら、相手に怖がられて終いだろ」
「わたしはそんなに恐ろしいのか? 礼節を守っていたはずだが……なぜあの方は、わたしからお逃げになったのだろう」
縁談に団服でいどんだのが威圧的だったのか? わからない……と。どうやら真剣に悩んでいるらしい彼女に、男は噴き出して笑う。
「お前、縁談に団服で行ったのか⁉ バカなのか? 着飾っていくのがあたりまえだろう!」
「……着飾る……正装と同義かそれは?」
とりあえず、その団服が血塗れだったことは黙っておくことにした。どうせ、気は確かか? などと言われるのは目に見えている。しかし、それを伏せても、男の呆れを誘うには十分だったらしい。
「……話になんねぇな、女が着飾るってったらドレスとかそんなんだろうが……あんな色気もねぇ団服でこられても、相手は呆れるにきまってる」
「……そうなのか……」
知らなかったと、エルフリーデ。
そもそも、衣服に色気という要素があるなんてことも、考えたことすらなかった。
武門に生まれつき、屈強な父と兄たちに囲まれて育った彼女は、まさに男勝り。
父からあふれんばかりの武才を受け継ぎ、兄たちと、日々技を磨くことを競っている。
特に槍術が大好きで、その技の獲得には一生を費やしてもいいとすら考えている。
ゆえに、生まれてこのかた女性らしいたしなみを学んだことはない。ドレスなどというものも、ほとんど着たことがなかった。
彼女の認識では、それは絵画とか美術品に近いもの。つまり、よそのご令嬢が身に着けているのを見て美しいなと眺めるものであって、自分が着るものではない。
子供の頃から武術の稽古をはじめて、それには兄のおさがりを着ているのが一番だった。
ひらひらとしたスカートはすぐに破いたし、なんと言っても動きにくい。
別に嫌いではないが、いつ起こるとも知れない有事のときに、全力で走れない服装は、なんとなく着る気にはなれずに今日まで来た。
父も、亡くなった母も、そのあたりはとてもおおらかで、エルフリーデが清潔でさえあれば好きな服を着させてくれた。……といってもまあ、それは兄らのおさがりなわけだが。
しかし、彼女の父が子爵位をたまわったのは、彼女が十七になったころ。
それまで騎士団で、わんぱくな小僧のように過ごしてきたのに、いきなり令嬢らしくせよと言われても無理がある。
人間、幼い頃に、だいたいの人格が形成されるというではないか。いまさら出来上がったものを、一八〇度変えよと言われても……どだい無理な話であった。




