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2-2

 

 王太子は彼女をはじめて見たとき、心から歓喜した。

 彼女は凛々しい顔立ちに、長いつややかな黒髪。長いまつげにふちどられた瞳は、みごとな空色だった。

 ……まあ……現れた時、非常に血なまぐさかったのには、若干ぎょっとしたが、これは仕方ない。

 すぐに来てくれと報せたとき、彼女は魔物の討伐任務に出ていたのである。無理を言って呼び戻したのは彼らだった。

 ともかく。

 彼女は事情があって、いわゆる令嬢らしい淑やかな娘ではなかったが、気性は穏やかで、性格は真面目。

 魔物討伐に駆り出されていたことからもわかるように、彼女は武勇に優れている。そして一見して、武と共に、精神も鍛え上げてきたのだなと分かる、堂々たる風貌とまなざし。男よりも凛々しく、騎士団仕込みの礼儀正しさもあって、慕う者は多かった。

 さらに言えば、度胸があるのも明白。自分が血なまぐさいと分かっていても、堂々王太子の前に出てくるような娘である。これが、気弱なわけがない。

 足取りひとつとっても、毅然としていて頼もしい。

 この娘ならば、呪いなど恐れぬだろうし、偏屈で融通のきかないアクスルにもぴったりだと思った。

 彼の補佐官は、甘えた性根の者が男女ともに大嫌いなのである。

 それに彼女の父、マリウスは第四騎士団の長で、騎士位に加え、子爵位も保有する。

 多くの配下を持ち、広く慕われる武人で、信心深く、悪い噂は一切聞かない。

 バルヒェット家は清廉な家柄で、父親は忠臣。国王と国に忠誠を誓い、国民に尽くすことを掲げ、派閥闘争には近づかない。

 王太子は、彼のこの厳格な中立主義が、もしかしたら彼らには力を貸せないと、縁談を断られる原因となるかもしれないと懸念したが……。

 しかし、そこは国王による口添えでなんとか話が進んだ。

 城下を守る騎士団の長たるマリウスは、人情家でもある。

 派閥争いには加わりたくはないが、人命がかかっているのなら……ということで了承してくれたかたちであった。

 ただ、アクスルは侯爵家の嫡男。貴族主義の者たちからは、もっと高位な家の娘でなければという声がいくつも上がった。

 しかし、できるだけ早くアクスルの呪いを解きたかった王太子はこの縁談を強行。

 長く彼を支えてきたアクスルは、彼にとっては身内も同然。彼らの陣営の主柱でもあり、絶対的に必要な存在なのである。これまでの彼の献身を考えても、忌まわしく、いつ彼を蝕むかもわからない呪いなどからは、早々に解き放ってやりたかった。

 しかしながら、そんな王太子の苦心にもかかわらず……。


 目を覚ましたアクスル本人は、この呪いについての受け止めは極めて冷静だった。

 彼は根っからの忠臣で、ひどい仕事人間。一貫して、自分の呪いより王太子、という態度をつらぬいていた。

 アクスルは、幼い頃から王太子に仕え、彼を守ってきた。

 重要なのは、王太子が無事で、彼の政務を止めないこと。臣下は主のために、ときに自らをていして盾となる。こたびの呪いの一件も、彼としては当然のこと。

 それゆえか、彼は目覚めるとすぐ、『王太子が呪われずよかった』と、いつも通りの仕事を再開。

 そんな彼を見た王城の者たちは、『さすが王太子殿下の冷血犬だ』と、畏怖とも呆れともつかぬ顔で口々に言う。

 その男は王太子に関わることは、人にも、自分にも徹底して厳しいのである。ある意味、彼らしい態度ではあった。

 そのためアクスルは、この《神託の花嫁》との縁談も、忙しそうに『王太子殿下のご意向に沿います』と紙に書き捨てていくのみだった。

 自分の花嫁だ、自分で選んでは? と、気遣う王太子に、彼は紙に面倒そうに文字を書いた。


『そんなことより、仕事が山積みです。もし本当にわたしが死ぬのならば、それまでにできる限り、終わらせておきませんと』


 この己の命にすら淡泊なようすは……王太子を泣かせた。

 しかし主が泣こうとも、アクスルの冷淡な態度は変わらなかった。

 どうやら彼は、王太子と王妃の手前口にはしなかったが、実は女神の神託そのものを胡散臭く感じていたようだ。

 本当にそんなことで呪いが解けるのか? と怪しんではいたものの。それは王太子が与えてくれるものであるし、そもそも彼は婚姻というものには、政治的つながりとしての価値しか見出していなかった。

 自身の両親がそうであるように、侯爵家の安定、ひいては仕える王太子の安定と、国の平和を叶えるための契約。それが彼の結婚観。

 愛などはどうでもよく、いずれは王太子の権勢を支えるべく有利な家柄の令嬢と結婚するのだろうと、前々から考えていた。

 ゆえに、こたびの縁談も、少々呪いなどという煩わしいものが関わってはきたものの、彼にとっては王太子に従うのが当然。

 敬愛する王太子の命令ならばと、相手をよく確かめもせずに了承した。

 ようは、自分の縁談のすべてを王太子に丸投げして、仕事だけに勤しんでいたというわけだが……。

 それが、己の運の尽きだったとは、彼は思いもしなかったのである。



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