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ちなみにだが、アクスルがあのあとエルフリーデのいる牢獄に侵入できたのは、例の《黒女神崇拝会》の会長、黒仮面こと、町医者の手引きである。
第三騎士団の団営を見張らせていたアクスルは、彼らがエルフリーデのために第三騎士団に潜入していることに気がついた。そこで彼は、町医者と話し合いの場を設け協力を仰ぐことに。
しかし、《黒女神崇拝会》の会長は、今回の騒動の発端となったアクスルをとても恨んでいた。
すべてはアクスルが受けた呪いからはじまった。それさえなければ、エルフリーデが、侯爵家とかかわることもなかったし、牢に入れられるよう苦痛を受けることもなかった。
『彼女を崇拝する者として、自分の罪はよくわかっているだろう』と、突きつけられて。もちろんアクスルにも、彼が怒る気持ちは理解できたのである。
彼とて、もし自分が会長たちと同じ立場なら、自分をとても許せなかっただろう。
彼自身、冷血で陰険な者の集まるクヴァント家は、エルフリーデにふさわしくないと思う。
けれども、彼はなんとしても彼女を救い出さねばならなかった。
話し合いの中で、おそらくその決意は、同じ女性を救いたいと願う同志に伝わった。
アクスルが誠心誠意エルフリーデのために尽くすと誓うと、会長は徐々に考えを軟化。
彼ら《黒女神崇拝会》としても、その時点ではオリスの助けがあって第三騎士団に潜入できたものの、以降は手詰まりを感じていた。
なにせ、エルフリーデは食事を止められ、彼らが差し入れた食べ物も怪しんで口にしてくれない。
背に腹は代えられなかった……ということもあるのだろう。
──しかし。
その時のことを思い出したマイルズが、膝の上の子犬をなでながらため息をこぼす。
「まあ……あのときのアクスル卿は、ちょっと感動的だったもんなぁ……」
あのとき。
アクスルが《黒女神崇拝会》の会長と対峙したとき。呪いの進行を受けて、彼はもうすでにかなり弱っていた。
今にも倒れそうという顔色をしていながら、必死にペンを握り、机にかじりついてでもエルフリーデの助けとなれそうな者と対話しようとする姿は、見る者の心を打つ懸命さがあった。
それがいったい誰のための奮闘なのかは、誰の目にも明らか。
ただ、そんな苦痛を滲ませる男を見たとき、町医者でもある会長は、彼らの提案に難色を示した。
『……そのような有様では、エルフリーデ様を救うことなど到底できまい』と。
心を打たれはしても、協力がためらわれるほどに彼の状態は悪かった。
呪いが心臓に迫っているうえ、その前日、リシェルによって呪いが暴れたときのダメージは残ったまま。彼の身体は、一刻一刻、気力と体力が削り取られていく。
正直なところ……この時点でアクスルは、もう自分の先が短いかもしれないと思っていた。
だからこそ、もはや死を目前にして、恥じらいなど何の意味もないことのように感じていた彼は同志たちに断言した。
『誰がなんと言おうと、わたしが一番エルフリーデ様を愛している』
『貴殿らは、命を賭してあの方を救う覚悟はあるか!』
『──わたしには、ある』
死人一歩手前という顔色で、もはや従者に支えてもらわねば、立ってもいられないという風体の男が。今にも力尽きようとしているのだと、誰の目にも明らかな男の手が。震えながら書くその言葉には、まさに筆舌に尽くしがたい決死の力があった。
それはまるで遺書のようだったと、のちに会長は《黒女神崇拝会》のメンバーに語る。
まだこの先を生きる者ではとうてい及ぶことのできない、胸をえぐるような切ない闘志が、アクスルの目には確かにあったのだと。
ゆえに会長はアクスルに協力することを選んだ。
不満そうだった同志を説得し、オリスの力も借りて。アクスルに頼まれた通り、第三騎士団の管轄内で、同時多発的に騒動を起こし、騎士や兵士を団営からおびき出した。
そして手薄になった団営に、すでに騎士団内に潜入していた会長や兵士らの手引きで、彼はエルフリーデのところまでたどり着いたのである。
その場所に、リシェルが居合わせたのも、もちろん偶然ではない。
父、侯爵にも、もれなく密偵をつけていたアクスルには、父にエルフリーデとの面会を泣いてせがんだリシェルの動きは筒抜けだった。
そこでアクスルは、侵入のタイミングを彼女の牢獄訪問と合わせたのである。
第三騎士団の団営奥深くにある牢獄は、父の命令でリシェルに融通を利かせたことで、余計な人員が追い払われていた。
騎士団の中にも、さまざまな勢力があり、騎士団長の団の私物化をよく思わない勢力もある。
その者らが外に出され、おまけに残されていた見張りも、リシェルが獄にいる間は席を外すように言われていた。まあ、つまり……リシェルが腹いせにエルフリーデをいたぶるだろうから、見て見ぬふりをせよと命じられていたのである。
そのことを察したアクスルは、令嬢の横暴さに心底腹を立てつつも、彼女を利用することに。
案の定、彼女は短絡的で、感情的。
エルフリーデへの逆恨みに燃えた彼女は、アクスルらの追跡にも気がつかず、彼らにとって最後の難題であった独房の鍵を、意気揚々と開けてくれたのであった。
そうしてアクスルらに利用されたリシェルは、事後、田舎にある伯爵領に逃げ帰っている。
去り際の彼女は、何かにとても怯えていたらしい。
それがなぜなのかは、アクスルと、その配下たちしか知らぬこと。
だが、きっとそれが賢明だろう。
王都には、今回の件で彼女を憎むだろう者が、アクスルを含め、大勢いるのだから。
──と、その令嬢の悲壮な逃げっぷりを思い出し、『いい気味だ』と鼻を鳴らしたロリーが……ふと、自分の話を神妙な顔で聞いているマイルズに、困惑の表情を向ける。
ずっと殺伐とした顔で語っていた青年が、急になんだかとても戸惑った顔をするもので。マイルズはキョトンとその顔を見る。
「ん?」
「いえ……あの、ところで……あなたはどうして毎度子犬を連れているんですか……?」
ロリーは、会話中、ずっとテーブルに乗り出すようにして自分の手をなめてくる子犬が気になってしょうがない。
先ほど頭をなでてからというもの、構ってもらいたくて仕方がなくなったらしい子犬は、もはやマイルズの膝の上に後ろ脚をつっぱり、テーブルのうえに身を横たえて四肢をばたつかせている。しっぽをちぎれそうに振りながら、じりじりと自分のほうへやってくる子犬に、ロリーはいささか当惑気味。
そんな一人と一匹を見たマイルズは、のんきに破顔。
「あんた凄く好かれてるなぁー」
「……いえ……そうではなく……」※あまりの勢いにちょっと引いてる。
「え? だってさ、こいつはまだ世話が必要だし、放っておくと、すぐに他の兄妹たちが、こいつを自分の子にしようとするんだよ。お前は俺の子だもんな~」
シュバルツたん♡ と。
嬉しそうにその頭の黒ブチをなでる男は、実は例の拷問騒動の時もこの子犬を連れていた……。
なんとものんきな男(と撫でられることに必死過ぎる子犬)を見て、ロリーはなんだかすっかり毒気を抜かれた気分である。




