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それから事態は急速に動いた。
アクスルは、ディルクの証言を聞くと、すぐに王太子と国王の許可を得て、第三騎士団の団長の執務室と自宅を捜索。
結果、男の自宅からは、カトリーナからの手紙が何通も発見される。
手紙には二人の生々しいやり取りがしっかりと残されていて、その中からは、彼女がエルフリーデの拘束期間をできるだけ引き延ばしてほしいと依頼したものも出てきた。
侯爵の嫡男アクスルが命を落とせば、自分の息子が跡継ぎになれる。
そうなれば、これからも、ずっと互いに助け合って生きていけると。
カトリーナは、『わたしの子供はあなたの子供も同然。イエルが侯爵になれば、何もかもが自分たちの思うままになる』と、甘い誘惑を書き連ねて男を動かしていたようだった。
さらに、何通もの手紙の中からは、これまでカトリーナが男に賄賂を渡し、事業に有利になるよう便宜を図ってもらったことや、密売とおぼしき取引をしたいから、騎士団の目の届かない場所を教えてほしいといった内容、さらには男からの金銭の要求に応じる返事とみられる手紙なども発見された。
内容から察するに、彼が侯爵の命令にも素直に従っていたのは、侯爵が潤い、カトリーナが潤えば、結果自分にも利益があるとみこんでのことだったらしい。
もちろんこれらのやりとりの手紙は、他の者に見つかれば、カトリーナもろとも団長自身の身も滅ぼしかねない代物だ。
のちのち団長を取り調べると、男はそれらの手紙を、いざというときの保険、彼女に裏切られそうになった場合の切り札。もしくは恐喝の材料として残しておいたと自白。
危険な代物だが、男からしたら、いくらでも使い道がある。
それにと彼は言った。
『あんな腹黒い女、とてもではないが信じられるわけがない』と。
……まあ、それも当然かもしれない。
もとより人に隠さねばならないような関係でつながり、利益を見込んで、享楽を共にしていた男女である。絆はきっと脆かった。
言葉通り、信じあうことはとてもできなかったのだろう。
彼女をとても信じられないと語った男が、カトリーナを盲目的に信じていたアクスルの父などよりよほど、彼女の本性を理解していたことは、とても皮肉な話であった。
そして皮肉な話は、もう一つ。
その男が、切り札もしくは保険として巧妙に隠し持っていた手紙を、どうしてアクスルたちが速やかに発見することができたのかといえば。
そこには団長の妻が関わっている。
ずっと浮気をしていた夫の異変を、妻は感じ取っていたのだ。
アクスルは騎士団長の自宅を訪れると、夫人に丁寧に筆談で訊ねた。
『ご主人の不貞について、何か知らないか』と。
すると、しばし固い表情だった奥方は、重い逡巡ののち、彼らを自分の娘の部屋に連れて行った。
信じられないことに……男は、己の秘するべき爛れた諸々を、己の子供の寝室に隠していたのである。
おそらくそれは、そこが一番疑われないと思ってのことなのだろうが……。
しかし、彼はきっと、女性の観察眼を甘く見過ぎていた。
彼の妻は、まだ幼子と言っていい歳の娘の、その寝台の下に、夫が何かを隠していることをしっかりと把握していた。
ただ……彼女たちの子供はまだ小さい。
夫がろくでもない男だとは気がついていても、実家も裕福ではなく、別れる決心がつかず。その事実を直視することもできず。夫人はずっと知らないふりをしていたと、震えながら告白した。
けれども、娘の部屋の床下から出てきた手紙と、その内容のひどさを実際に目の当たりにすると。彼女はようやく夫と決別する決意を固めたようだった。
小さな娘を抱きしめる姿はとてもむなしげで、その瞳は、夫と、我が子から父を取り上げさせた女への憎悪に燃えていた。
暴いた手紙がその二人への大きな復讐になると、彼女はアクスルに感謝さえして。
ただ、そう言いながら笑い、涙する姿はなんともいえず痛々しく、とても気の毒だった。
こうした夫人の協力もあり、カトリーナらの悪事は白日のもとへさらされることになった。
さらにそれを裏付けるようにして、ディレクと同じく、アクスルに脅された元侯爵家の使用人たちも、続々彼女の企みを白状。
すべてはエルフリーデを使い、アクスルを呪いによって死なせるための策だったと証言した。
カトリーナは、エルフリーデを陥れ、アンナを傷つけて、さらには夫である侯爵の息子を殺そうと画策した罪で投獄されたうえ、妻のある男と密通していた罪にもとわれることに。
ただ、カトリーナや、彼女のいいなりだった元使用人たち、そしてディレクは、法廷でアクスルが残忍な拷問によって人を殺め、自分たちを脅して証言を得たのだと、その違法性を訴えた。
──が。
その知らせを聞いたロリーは、澄ました顔で笑う。
「……まあ、誰も死んでいませんし、そもそも誰も拷問されていませんからねぇ」
余裕の表情で茶を楽しむ青年の前には、子犬を抱いて椅子に座ったエルフリーデの三兄マイルズ。
彼もまた愉快そうな笑い声を立てている。
──あのとき。
ディレクが見た死体は、実は、彼、マイルズだった。
流れていた血はもちろん偽物。地下室に響いていた悲鳴は、アクスルの配下の名演技であった。
いくら調べられようとも拷問された者は見つからないし、器具にも使用された痕跡などひとつもない。
そもそも彼らの証言は、すでにアクスルの素早い指示によって裏付け捜査が行われ、証拠が挙がっている。
今更違法性がどうなどといっても、カトリーナの企みは明らかで、どうあっても逃れられはしないのである。
あのとき拷問係役を担ったロリーは、マイルズの膝の上でしっぽをブンブン振って彼を見ている子犬に手を伸ばし、その頭なでながら続ける。
「本当に、皆様迫真の演技でした。おまけに、女の悲鳴がいるといったら、奥様がアクスル様が用意した者を押しのけて、わたしもやる、なんておっしゃって……あの時は本当にびっくりしましたけど……それが、どうしてなかなかお上手で……」
絶叫するウルカを思い出した青年は、どこか複雑そうに笑う。
あの貴婦人は貴族らしく、品格にこだわり、アクスルの母親らしく、冷たいまでに飄々としている。
そんな彼女が酔狂にも息子の企みに手を貸したばかりか、人前で絶叫して見せるなど。あまつさえ、それを楽しんでいたなんて……彼にとっては驚きでしかなかった。
「まあ……おそらく、あれが旦那様の側女の罪を暴くためのことだったゆえのご協力でしょうが……」
「ホントになぁ……あの日一番の役者は奥方様だったな……」
あの日ウルカは、どうやら初めから、息子が拷問器具で一芝居うつつもりだということを、見抜いていたらしい。
そのハッタリ手法ですべての者を白状させたあと。夫人はやや不満げに言った。
『わたしだったら本当に拷問してやるのに』
であればもっと楽しかったと、堂々のたまった婦人のいい笑顔を思い出したマイルズは、しみじみ思った。
あの奥方が、侯爵と別居してくれていて本当によかった。
もし妹があんな恐ろしい夫人と同居しなくてはならなかったのなら、彼はきっと全力で彼女とアクスルの婚約を止めただろう。
何せすべての拷問器具は、夫人がとてもお気に召してしまい、現在もあの別邸の地下室に置かれたままであるらしいのである。




