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20-2

 

 男は王都から離れたある町で、美女と共に酒を楽しんでいたところだった。

 そこへ突然、男たちがなだれ込んできたのだ。

 見知った顔が揃った集団にハッとして、とっさに逃げようとした瞬間、彼の視界は暗転する。

 そうして数時間後。彼は、耳をつんざくような悲鳴を聞いて、覚醒した。


「! な、なんだ⁉」


 驚いて周囲を見回すと、辺りは暗い。じめじめとした、窓もないレンガ造りの室内には、あちらこちらに溶けかけのロウソクの灯りがともされている。

 その怪しさに一瞬気味が悪そうな顔をした男は、気がついてぎくりと肩を揺らす。

 部屋の奥にすえられた大きな肘掛椅子に、誰かが座って彼を見ている。

 長い脚を組み、高慢な顔でじっと冷たい視線を向けてくる顔には見覚えがあった。

 いつぞや王太子のそばで見かけたことがある。


「⁉ ア、アクスル・クヴァント卿……⁉」


 ディルクは混乱した。

 なぜ、自分はこんなところにいるのだろう。

 自分を捕えたのは、確かに第四騎士団の元同僚たちだった。

 それなのに、なぜアクスル・クヴァントが、自分の前にいるのか。


(おまけに……ここはどこだ……⁉)


 そして周りを見回した男は、跳び上がる。

 室内には数多の拷問器具。

 拷問台に、無造作に置かれているのはたしか指を締め上げる道具で。吊るして水攻めをする装置。中に閉じ込めて、身に針を刺して苦痛を与えるもの……。壁には様々な刃物や鈍器がまるでコレクションのように飾られていて、その前に冷えた顔で座するアクスル・クヴァントは、まるで王座に座っているかのようだった。

 凶悪な器具道具で服従を強要する、暴君さながらの気迫に、ディルクは思わず生唾を呑み込んだ。

 おまけにあたりに漂うのはまちがいなく血の匂いで、耳に届くのは悲鳴。

 命を削られていると絶叫するような、恐ろしい金切り声が絶えずディルクの耳に届く。


(これはなんだ……⁉ これは、なんなんだ⁉)


 と、震えながら後退ったディルクは気がつく。

 拷問台の向こうに、誰かが倒れていた。

 室内は薄暗かったが、その何者かの身なりには見覚えがあった。

 暗色の上着に、特徴的な金の刺繍。──クヴァント家の使用人たちが着ている、男性用のお仕着せだ。

 横たわった男の着ているその衣服は、無残にもあちらこちらが裂け、焼け焦げている場所もある。そしてその身の下に広がる血だまりに気がつき、ディルクは戦慄。

 横たわった男は、うつぶせのままピクリとも動かない。どうやらもう息がないらしい……と、察した瞬間。ディレクは恐怖のあまり大声で叫んだ。


「な、なんなんだここは……! あんた、いったい俺をどうするつもりだ⁉」


 しかし、荒い息をこぼす男に怒鳴られても、アクスル・クヴァントは、冷徹な表情をくずさなかった。彼はただ、じっとディルクを憎悪のまなざしで刺している。

 と、暗がりから声が近づいてきた。


「おや、誰がご主人様に怒鳴っているのかと思えば。気が早いですね? せっかく最後にして差し上げたのに、先に拷問されたいのかな?」


 どこか楽しげにやってきたのは、褐色の髪の青年。ディルクはその姿を見て絶句。

 青年は血塗れだった。髪にも、その白い顔にも鮮血がしたたっている。真っ赤に染まった両手には、ノコギリと、赤々と輝くような焼きごてがそれぞれ握られていた。


「な、な……」


 その凄惨な姿に、ディルクは絶句。足から震えが這い上がって来た。


「アクスル様、どうやらこの者は待ちきれぬようです。先に尋問しても?」


 青年がなんでもない調子で聞くと、アクスルは表情も変えずに頷く。それを見たディルクは怯えて叫ぶ。


「やめろ! やめてくれ!」


 ディルクは必死で懇願したが、青年はにっこりと笑う。


「よかった、ずいぶん活きがよさそうだ。うしろの者みたいに、すぐに音を上げそうになくて安心しました」


 言って青年は、ディルクの後ろの死体を見て笑う。ディルクはゾッとした。恐ろしすぎて、額から幾筋もの汗が流れ、顔が歪む。


「お、お願いだ! なんでもする! だからやめてくれ!」

「いや、別にいいですよ。もう侯爵邸の使用人たちからは結構証言が取れてるんでね」


 言って青年は焼きごてをディルクのほうへ向ける。そこから放たれる熱気に煽られて男はすくみ上る。それを押し当てられたら、熱いなんてものではないだろう。考えるだけで、奥歯がガチガチと音を鳴らす、が、ディルクはある閃きにハッとする。


「侯爵邸の使用人⁉ そ、そうか、あんたら、エルフリーデを解放したくてこんなことをしているんだな⁉ どうだ⁉ そうだろう⁉」


 男は引きつりながらも確信をもってアクスルを見る。


「な、なら俺の話にだって価値はあるはずだ! 証言が欲しいんだろう⁉ だったら今すぐ俺を解放しろ! 安全を保障してくれたらなんでも話すぞ!」

「はぁ? でもあんた嘘つきじゃないか。根も葉もない嘘で、エルフリーデ嬢を陥れた。そしてうちのご主人様をも窮地に追いやった。……許されると思っているのか?」

「そ、それは……あんたらの家が揉めてんのが悪いんだろう⁉ だからあの女も……」

「女って?」


 青年がディルクの顔に焼き鏝を近づける。


「う……それは知らねぇ……。俺はただ、金をもらって、エルフリーデがカトリーナって女を狙っていたと言えと命じられただけだ!」

「はあ? 知らない女の指示に従ったのか? 呆れたな……なんて軽率なやつ。金のためにそんな危ない橋を渡るとはねぇ……」


 呆れたように嘲笑われて、カッとなったディルクは吐き捨てる。


「っ鼻持ちならなかったんだよ! 団長の娘だからって、誰にでもチヤホヤされやがって!」


 実はディレクには両親がいない。街でさまよっているところを、エルフリーデの父に拾われ騎士団に入った。彼は団長を慕ったが……いつしか彼は、マルクスに大切にされる彼と同じ世代の娘エルフリーデに嫉妬をいだくようになった。

 自分はどんなに頑張っても、マルクスの本当の家族にはしてもらえない。そう思うと、彼女がとても憎かった。


 その憎悪の告白を、アクスルは黙って聞いていた。

 腹立たしかったが、この男のことはすでに身元を洗ってある。

 ゆえにその動機にも、ある程度察しはついていた。

 アクスルは無言でロリーに指を振って(やれ)と示す。すると頷いた青年がディレクに近づいていき、そのやりとりに、男は再び震え上がった。


「待てと言ってるじゃないか! じょ、情報が欲しいんだろう⁉」

「そんなこと言って、本当は大した情報なんか持っていないんだろ?」


 そう笑って青年は焼きごてをディルクの髪先に当てた。ジュッという音と共に、焦げ臭いにおいが漂って、男は慌てて逃げまどうが、手足を拘束されていて、それもままならない。

 ディルクは冗談じゃないと思った。彼は金が欲しかっただけである。金を手に入れて、気にくわない者がいる騎士団などさっさと捨てて、新しい人生を手に入れようとした。しかし、かといって、そのために命を張る覚悟もなければ、自分をそそのかした女たちへの義理もない。

 ディレクは迫って来る青年に、必死の顔で打ち明けた。


「待て! 待ってくれ! 俺は見たんだ! 金を持ってきた女が怪しいと思って、あとをつけた! どうせなら弱みを握って、もっと金をせびってやろうと思って……。そしたらそいつは侯爵邸に入って行って、ある女と話をしていた。俺にはすぐに分かったその女が、手下の女中に金を持ってこさせたんだと。だから……俺はそいつが黒幕に違いないと思って……今度はその女を見張ってやったんだ!」


 その話を聞いて、ずっと険しい表情で沈黙していたアクスルの眉間がピクリと動く。

 と、ロリーが目を細めて彼の代わりに問うた。


「それで? どうなった? 女に何か動きがあったのか?」


 するとディレクは怯えた顔ながらも、上目遣いでアクスルとロリーを交互に見る。


「金をくれるか……? だったら話す」

「呆れたな……お前自分の立場が分かって──」そうロリーが顔をしかめたとき。後ろから、アクスルが自分の財布をディレクの足元に放った。その意図をくみ取って、ロリーは不満そうな顔。


「え……いいんですか……?」


 確認すると、アクスルは頷く。それを見たロリーは、財布を拾ってディレクの膝に。その重さを感じたらしい男は、あさましい顔を引きつらせて言った。


「女は男に会いに行ったんだ。……第三騎士団の団長だ」

「……女が誰かわかるか……?」


 ロリーが続けてうながすと、ディレクは、血走った目で笑いながらロリーを見て、それからアクスルを見た。

 まるで、これからとても愉快なものを披露しますよとでも言いたげに。くつくつと忍び笑いをもらし、そして男は大きな声で叫ぶ。


「あれは……カトリーナ・ボックだった! カトリーナ・ボックが、第三騎士団の団長と抱き合っているのを、俺は確かに見た!」



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