20ー1 別邸の拷問
平然と笑う母に、アクスルは無表情。
関係の浅い母ではあるが、利害さえ一致すればこうして協力を得ることはできる。
むしろ、そこだけ提示すれば、彼が多少無茶をしても文句を言わず共闘さえ可能なのだから、ある意味楽な親かもしれなかった。
まあ、とはいえ彼女にとってはただの暇つぶしであろうが。
アクスルがロリーに目で合図すると、頷いた青年は玄関から出ていって、彼が次に現れた時、その背後には屈強な男たちと、その者たちに引きずられるようにしてやってきた男女が数名。皆、口に猿ぐつわをかまされていて、手を太い綱で縛られている。
怯えた顔でやってきた男女は、玄関ホールの奥にウルカを見つけると、ハッとしたような顔。すぐにくぐもったうめき声をあげはじめ……どうやら彼女に助けを求めているようだった。
その顔触れを見て、ウルカが優雅に笑う。
「あらあ、見慣れた顔ばかりなのねぇ」
「うう! ううう!」
「うううう!」
拘束された男女は皆必死の形相だが、ウルカの顔に慈悲が浮かぶことはなかった。
「みんな、お馬鹿さんね。強欲なカトリーナになんか肩入れするからこんなことになるの。自業自得よ」
ウルカはさも愉快そうに笑う。
そう、この者たちは、アクスルらが第四騎士団との連携で捕えた侯爵邸の使用人たちである。
エルフリーデを陥れるために偽りの証言をした、カトリーナの手下たち。
気にくわぬ夫の愛人の手先であった者たちが、敵であったはずの自分に必死にすがろうとする姿が、あまりにも滑稽で、ウルカは上機嫌。その楽しそうな姿には、カトリーナの手下たちは絶望のまなざし。
片やその前に立つ息子は、一貫して冷酷なまなざしを彼らに向け続ける。
侮蔑と怒りのこもった視線は鋭利で、ウルカの愉悦とは真逆。その対比が、余計に囚人たちを怯えさせることとなった。
と、そこへ新たに誰かが玄関から入ってくる。
「おう、邪魔するよ」
現れたのは、エルフリーデの三番目の兄マイルズ。
その肩には荷物のように担がれた何者か。
──ディルクである。
以前より、断然身なりがよくなっている元騎士は、今は後ろ手に縛られてぐったりと気絶。
と、出迎えたロリーが言う。
「ああ、無事捕えたのですね」
「当然当然。……で? あとはまかせてもいいのか?」
どこか得意げに言って青年にディルクを渡したマイルズは、ちらりとアクスルを見る。と、彼は黙ってうなずく。
「ありがとうよ、補佐官様。うちで吐かせてもいいんだけどね。どうにもエルフリーデが関わっているとあって、兄貴たちが冷静じゃなくてさ」
かわいい妹を陥れられたとあって、腕力自慢のグリゴアなどは、ディルクの顔を見たとたんつかみ掛かって殺してしまいそうな勢いなのである。あれではとても冷静に、証言は嘘だったと吐かせられない。
マイルズからディルクを預かったアクスルは、配下に命じて彼らを邸の地下に連れていく。
もとは単なる倉庫であったレンガ造りの地下室には、彼が急遽運び込んだ数多の拷問器具が並んでいた。その、見るだけでも恐ろしい器具の数々に、連れてこられた男女は恐怖した。
「……では、一人ずつお話を聞きましょうか」
言って、ロリーは、地下室の奥を見る。連れてこられた男女がつられてそちらを見ると、半開きになったドアの向こうにも、同じようにおぞましい器具が並んでいた。
それを見た者たちは、互いに寄りかかり合うようにしてヘナヘナと床にへたり込む。
こんなところに連れてこられて、話だけで済むわけがない。
すっかり腰を抜かせた彼らの前を、青年を従えたアクスルが悠然と歩いていく。
彼は震える男女の前に据えられていた椅子に優雅に座り、青年に小さく指を振る。と、それに応じた青年は、さぁて、と、言った。
「あまり気乗りはしませんが……はじめさせていただきましょうか」
青年は、恐怖で青ざめた顔が並ぶなかにゆったりと視線をさまよわせる。
彼の視線が動くたびに、それが己に止まったと見るや凍り付く者たちの反応を楽しむかのように。一巡し、さらに弄ぶように二巡し……彼はやっと、そのうちの一人に目を止める。
「では、あなたから」
ごく丁寧なしぐさで指差された瞬間。その男は戦慄して跳び上がり、床に身を投げ出すようにして逃亡を図る。この男は、例の事件のときにエルフリーデの頬を殴ったあの男である。
石の床のうえを、縛られたまま這うように逃げようとする男を、しかし青年は笑ってその背を踏みつけた。
「おやおや、おやめなさい。到底逃げられませんから」
ロリーはうっすら微笑んで、嫌がり暴れる男の服を無造作につかんで隣の部屋へ引きずり込んだ。
その様子を、アクスルは椅子に座ったまま平然と見送り。同じく、床の上で仲間が連れていかれるのを見ているしかできない者たちは、蒼白の顔でガタガタと震えていた。
仲間を連れて行った褐色の巻き毛の青年は、まだ年若い。
しかし彼は侯爵邸では他の使用人たちとは交わろうとせず、いつもアクスルにのみ付き従い、周りからすると少し得体の知れない青年。
主に似て、あまり感情の見えない青年であることも手伝って、侯爵邸内では、彼は“王太子の冷血犬”たるアクスルの手足となり、いろいろと後ろ暗いことをさせられているのではないか……と、噂されている。その噂を思い出した使用人たちは、おのず、連れていかれた男の末路を想像し、恐怖する。
そんな彼らの怯えた視線の先で、扉はゆっくり閉じられた。
──直後。
命を削り取られているかのような絶叫が、あたりに大きく響き渡った。
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