19-4
ここに来てもう数日。誰も外のことを教えてはくれない。
アクスルが無事なのか、アンナが無事なのか。
二人の安否を確かめるすべがないというこの状況には、牢という閉鎖空間の暗い影響もあってか、さすがのエルフリーデも不安に抗いがたくなってきていた。
いつこの場所を出て、二人の安否を知ることができるのか。そもそも本当に、ここを出ることができるのか……。
一見冷静には見えても、彼女は、今もしその二人の無事を知ることができるのならば、悪魔にでも魂を売ってしまいたいと思うほどに思いつめていた。その焦燥は、飢えた獣のようにリシェルを狙っていた。
(手を、伸ばしさえすれば……)
アクスルのもとへ行ける。
その希望に、今にも飛びついてしまいそうだった。
──でも。
「……、……」
エルフリーデは、震える拳を解いて、細く息を吐く。
(……やはり、できないな、わたしには……)
人として外れてはいけない道理というものがある。
それに自分が脱獄などしてしまえば、間違いなく家族にも迷惑がかかるだろう。
エルフリーデは衝動をこらえて、リシェルを真っすぐに見る。
「……お帰りください。ここは、あなたのような方がいていい場所ではありません」
毅然と言い渡すと、リシェルの顔があからさまにひきつった。
エルフリーデがどんな葛藤をこらえた末にそう言ったのかも知らず、彼女は大きな声でわめき散らす。
「偉そうに指図しないでちょうだい! あ、あんたなんか女らしくもないクズのくせに!」
「お、お嬢さん! もう出ましょう!」
と、その剣幕を見て、これはもう駄目だと思ったらしい看守がリシェルの腕を引き、独房の外へ連れ出そうとしている。令嬢はそんな看守に抵抗しながら、エルフリーデを罵倒し続けた。
「はなしてよ! もう一度あいつをひっぱたいてやる! あんたなんか、ここで死ぬんだわ! いいえ! わたしが伯父様に言ってそうさせてやる! いい気味よ! アクスル様どころか、誰の妻にもなれない! あんたなんか! あんたなんか、ここで野垂れ死になさい!」
憎しみにまみれた言葉が次から次に飛んでくる。
令嬢はとても美しい姿をしているのに、その唇から出てくる言葉は憎悪に満ちていた。それは棘どころか、まるで毒の刃のようである。
エルフリーデは言葉もない。
人の恐ろしさを目の当たりにしているような気がした。
後先も考えず、どんなことになろうとも標的を傷つけてやろうとする彼女の執念を感じて、そら恐ろしかった。
でも、やはり引き下がることはできない。
エルフリーデは短く深呼吸をして、きっぱりと返した。
「わたしは死にません。アクスル卿の呪いが解けるまでは……!」
ここではじめて終始礼儀正しかった彼女が、令嬢に対抗する意思を見せた。
天色の瞳が鋭くリシェルを射て、その強いまなざしを受けた青い瞳の娘はカッと憤怒した。
──が。
「っこの──………………っ⁉」
ふいに、どんなに罵倒しても足らないというふうだった令嬢の言葉がぴたりと止まる。
「? リシェル嬢……?」
急に立ち消えた言葉に、エルフリーデがどうしたのだろうと彼女を怪訝と見る。と、独房の出入り口で看守に腕をつかまれていたリシェルは、顔を横に向け、何かに驚いているようだった。
凍り付いたような視線は、独房の外の何かを凝視しているようだが……エルフリーデのいる場所からは彼女が見ているものは、壁に阻まれ見えなかった。
そうしている間にも、リシェルの顔色は見る見る悪くなっていく。
(……誰か、いるのか……?)
不審に思ったエルフリーデは、慎重に場所を移動。
令嬢と看守が入って来た扉は開けっ放しで、少し前に出ればリシェルが見ているものが見えそうだった。
あれだけうるさかった令嬢が、一瞬にして沈黙した。
いったいそこに何が……誰がいるのだろうと。エルフリーデはゆっくり警戒しつつ扉の方へ。
──と。
戸口の影をのぞきこんだエルフリーデはハッとする。
そこには、黒いローブを羽織った何者かが立っていた。




