19-2
兵士姿の男は、メソメソしながら小声で訊いた。
「どうしますか会長! どうしたら、我らの女神のお腹をお救いできるのですか⁉」
「おい……会長と呼ぶな、会長と!」
こんな潜入をしているときに、身元が割れては大事である。
「しかしこのままでは……」
「うむむ……そうだな……差し入れに《黒女神崇拝会より》と、書いてみるか……?」
「ですが、もしそれが看守に見つかれば、いっそうあの方に迷惑がかかることになりやしませんか……?」
……迷惑云々というよりも、その怪しい名称を見て、エルフリーデが警戒を解くかはいささか疑問だが……。
ともかく。
《黒女神崇拝会》は、密かな推し活を楽しむ会。とはいえ、その存在を知る者が、第三騎士団内にいないとも限らない。
そこからもし彼らがエルフリーデのしもべ(※自称)だとバレてしまえば、彼女は今よりもっとひどい扱いを受けるのではないか。
そう危ぶんだ二人は途方に暮れた顔。
と、医師が言う。
「……仕方ない。もう一度会員を集め、オリス卿とも救済策を協議しよう……このままではエルフリーデ様が飢え死にしてしまう……。お前は引き続き、あの方が不当な扱いをうけぬよう見張ってくれ……」
「……わかりました……とりあえず、あのクズ野郎(※第三騎士団団長)の許しがたい暴挙は告発文を書いて、多方面に送っておきます……」
「やつの奥方と、その実家も忘れるな……あることないこと書いて破滅させてやれ!」
……なんだか不穏なことを言い残しつつ。医師は落胆の色も露わにその場を離れた。
彼は悔しかった。
具合の悪い罪人を診るために、牢にも立ち入ったが、あんなに不潔な場所に、いつまでも彼女を入れておくなんて言語道断。
けれども彼女を救う手立てが見つからない。
この一件は、ただ、エルフリーデを牢から連れ出せばいいというものでもない。
ああだこうだと、彼女の名誉を傷つけるようなことを証言した者たちの言葉を覆し、彼女の無実が証明されなければならないのである。
当然彼らも陰ながらそのために奔走しているが、これがなかなか難しい。
男は歩きながら頭を抱えてうなる。
「どうすれば……どうすれば、あの方をお救いできる……⁉」
闇夜の路地で、ひとり苦悩のあまり悶絶。
……と、そのときだった。
ふいに彼はハッとする。
前方の暗がりの中に、兵士が二人。まるで彼を待ち構えているように立っている姿に、彼はギクリと下。……気がつくと、背後にも複数の気配が。
(──しまっ……騎士団への潜入(※推し活)がバレたのか……⁉)
医師は青ざめて、とっさに逃げようと駆けだした。
手にしていた灯りが砂利道に放り出されて。彼は無我夢中で地を蹴った。
ここで捕えられては、きっとエルフリーデに迷惑が掛かってしまう。それだけは、絶対にあってはならないことだった。
彼はその想いで懸命に走るのだが……。
そう鍛えてもいない中年の彼は、足があまり速くない。
案の定、目の前に見えた茂みに慌てて飛び込もうとした瞬間に、後ろから来た兵士に首元をがっしりと捕らえられてしまった。彼はそのまま機敏な男たちに四方を囲まれて呆然。逃げるなと威圧するような視線を感じ、怯えた《黒女神崇拝会》の会長は、なすすべもなく地面の上にへたりこんでしまった……。
翌日の夕暮れ時。エルフリーデの牢に、ある面会者が訪れた。
唐突に独房の戸口に現れたその人物を見て、彼女はまずはとても戸惑った。
彼女にも薄々、自分が、家族などの外部の人間との接見を、禁じられていることは分かっていて。つまり……現れた人物は、上が下した命令を押してここにやって来たことになる。
「あなたは……何故……」
エルフリーデが困惑気味に訊ねるも、その娘は問いには答えない。
彼女はただ、独房内のほこりっぽさを厭うような顔で口もとをハンカチで覆い、青い双眸でエルフリーデをきつく睨む。
「なんて汚らしい場所……。無様ねエルフリーデ・バルヒェット!」
顎をあげて軽蔑したように鼻を鳴らす令嬢は、リシェル・ラングヤールであった。




