17-6
暗闇で、男たちは憎しみの炎を燃やしていた。
部屋の中央に置かれた炎の周りに集まり、その煌々とした灯りを見下ろしながら、誰もかれもがブツブツと恨みのこもった言葉を吐いている。
「……許せない……なぜだ。なぜ誰も彼もがあの方を陥れようとする……」
「アクスル・クヴァントのせいだ! あやつが呪いなど受けなければ……いや、王太子や王妃が、あやつのために神託になどに頼らなければ……!」
失意に暮れた《黒女神崇拝会》の憎しみは、今やアクスルや王太子らにまで及んでいた。
「会長……このまま我々も手をこまねいているわけにはいきません!」
激しい憎しみと焦燥の目で訴えられた黒仮面は、重く頷いた。このままでは彼らは教祖……いや、推しを失ってしまう。
「……分かっている。今こそ我らもあの方のお力にならねば! たとえアクスル・クヴァントを犠牲にしてでも、エルフリーデ様を取り戻そうぞ」
「でも……どうしたら……?」
不安そうな男に、黒仮面はしばし考える。
《黒女神崇拝会》は、見た目は怪しいが、実態は、エルフリーデ推し友の会。彼らには騎士団に殴りこんでエルフリーデを真っ向から取り戻せるような力はない。
と、黒仮面が思いついたように言った。
「……、……、……オリス・ハルトマン……そうだ、あの方を頼ってはどうだ⁉ あのお方ならば、国王陛下にも働きかけができる!」
オリス・ハルトマンは、公爵家の令息で、国王の近衛騎士。彼はエルフリーデのことを憎からず想っているようであるし、きっと力を貸してくれるはずと黒仮面。その提案は、悲しみの淵にいた男たちに小さな希望を与える。
「よし、すぐに彼に接触を!」
男たちはその号令に頷くと、それぞれ闇の中に姿を消していく。何やら事態がよりややこしくなりそうな予感である。
「…………」
エルフリーデは、寒々しい独房の中に座り、静かに瞳を閉じていた。
彼女が入れられた独房には、格子のはまった窓が高い位置に一つ。
もちろん灯りの類はなく、光は扉についた鉄格子ごしに差し込んでくる廊下の灯りだけ。
室内は暗く、埃っぽく、石造りの床はとても冷たい。部屋の隅には虫が這い、時折ネズミらしい気配もあった。けして清潔とは言い難い環境。
そんな暗い独房のなかで、彼女はずっと考えていた。
この状況を、どうやって打開すればいいだろう。
(おそらく……アクスル卿の呪いが心臓に達するのは、十四日程度を要するはず……)
彼が王太子をかばって呪いを受けた日から、侯爵邸で彼女が呪いを後退させた日までを数えると、十二日。おそらく、そこからは、二日三日あれば、異形の手はアクスルの心臓をつかんだと思われる。
(ならば、わたしに残された猶予は、六日程度ということになる……)
それまでに、アクスルと会い、彼の首をしたたり落ちる呪いに触れなければならない。そうしなければアクスルは……。
「……っ」
それを考えはじめると、焦りが身に刺さるようだが、エルフリーデは自らを厳しく律する。
暗闇でただ無為に過ごすわけにはいかない。失意に暮れて、泣き過ごすわけにも。
何か少しでも、状況を打開するための糸口をつかみたかった。
(そもそも……あの呪いはどうしてわたしを恐れる? 女神の季節に生まれた人間だから? 聖なる力でもあると……?)
しかし、これまで生きてきて、そんな兆候を自分に感じたことはない。
(そもそもそんな力があるのなら、先だっての魔物退治のときも苦労はしなかった……)
アクスルと顔合わせをした日。あの数日前から彼女は近隣領の魔物討伐に駆り出されてはいた。しかし、その魔物とだって、結局通常の武器では通用しなかったのである。
魔物は実体のない種だったようで。それを結局、村の女神教会の神官に、愛用の槍に聖属性を与えられることで、やっと対抗できたのである。
(生まれた日取りや身体の色彩で、加護がどうこうという話ではない気がするな……)
いったいどいうことだろうと更に思考を重ねようとしていたとき。独房の扉がゴンゴンと打たれる。
「?」
目を開けて扉の方を見ると、格子窓の向こうに看守のニヤニヤ笑いが見えた。
「おい、聞いたか? 第四騎士団のやろうが、お前がカトリーナ殿をいたぶってやると言っていたと証言したらしいじゃねえか」
その言葉に、エルフリーデは眉間にグッとしわをよせた。あまりにも覚えのない話である。
「いったい誰がそんな……」
「お、聞いてなかったか? ディレクとかいうやつだとよ。身内にも売られるとは、お前、よほど日ごろから行いが悪かったんだな」
「…………」
看守は牢に笑い声を響かせながら、独房を離れていった。
エルフリーデは荒い息を吐き、憤りを堪える。
(怒ってはいけない。怒りは冷静さを失わせる……わたしは、必ずアクスル卿の助けにならねば……)




