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17-5



 エルフリーデは、どうやら何か思惑があるらしいなと察する。この取り調べも、目の前の男からは真実を聞き出そうという気概が少しも感じられない。もうすでに、結論は分かっていると言わんばかりの態度である。


「さっさと認めれば、少しは罪が軽くなるかもしれんぞ?」

「それはどの程度だ? 今すぐ解放されるくらいか?」


 訊ねると、冗談だと思ったらしい取調官は身を揺らして笑う。


「そんなわけねぇだろ。どのみちアンタはしばらく牢にいることになる。騎士団に所属しているんならわかるだろう? ……ああ、あんたは女だもんな。どうせ結婚するまでの腰かけか。真剣には仕事に取り組んでいないから、知らないか」

「………………」

「残念だったなぁ。欲をかいて焦って侯爵家に乗り込んでいったりするから」


 きっと縁談は流れるんだろうな、と、笑う男を見て、エルフリーデは沈黙。

 考えていた。

 別にアクスルとの縁談が流れるのはいい。それは、最悪の事態ではない。

 しかし、自分がこうして拘束されている間に、彼の呪いが進行してしまったら。それだけはどうしても怖い。


(……どうすればいい……)


 エルフリーデは考えるが、いつも通り冷静に見えても、この事態は彼女自身が思っているよりもずっと深く彼女を動揺させていた。

 アクスルのことも心配だ。そして、負傷したアンナのことも。


(わたしが……敵の誘導に乗ってしまったせいだ……なんてうかつだったのだろう……)


 彼女のことがとても心配だった。取調官たちは、何度聞いても彼女の容態を教えてはくれない。おそらくそれも揺さぶりの一つなのだろう。

 アンナは母親がいないエルフリーデを、何年も前から可愛がってくれている女性である。厳しい日々の支えになってくれたその大切さは、計り知れない。


(もっと冷静だったら……いや、せめてあのとき、わたしがカトリーナ殿の腕を放さなければ……)


 自分の身体能力なら絶対にそれができたはずだった。

 しかし、あのとき彼女は、まさか助けようとした者自身に、それを振り払われることがあるとは思ってもみなかったのである。

 事の直前に、カトリーナの誘導にまんまと注意を引かれてしまったことも痛かった。

 彼女も、エルフリーデが、アクスルの名を出せば必ずそちらを見ると分かっていたのだろう。倒れたという彼がそこにいると言われ、つい注意を怠った。

 見事にしてやられてしまった。

 情けなくて、己の未熟さが申し訳なくて。エルフリーデは落胆と責任の重さ、彼女たちの安否を知ることのできない苦痛で、今にも胸が押しつぶされそうだった。


(アンナさん……アクスル卿……どうか、無事でいてください……)



 この事態には、当然多くの者が異を唱えた。

 第四騎士団から広まって、師ランセルや彼女と親しい者たち。そして、ハルトマン家や、《黒女神崇拝会》の者たちも。

 しかし、第三騎士団の長は、誰にもエルフリーデとの面会すら許さなかった。

 それは、どうやら王都に戻った侯爵からの強い意向だったらしい。

 自分の情人を傷つけた者は絶対に許さない。いっさい誰にも会わせてはならないと。もちろんその措置にはエルフリーデの家族たちは強く抗議した。

 彼女がカトリーナを害しようとしたと証言したのは侯爵の家の者ばかり。公平性に欠ける。

 だが、彼らの抗議が侯爵に届くことはなかった。

 侯爵は、猛烈に怒っていた。

 カトリーナに涙ながらに恐怖を訴えられ、自分の家人たちにも口をそろえて、『彼女は被害者だ』と証言された侯爵は、全面的にその言い分を信じたのである。

 息子アクスルが何を訴えても、頭に血が上った父は聞き入れもしない。

 ゆえにアクスルは、決意をもって父に打ち明けた。


『彼女を愛している』と。


 もう何年も前から彼女を慕っていること。どれほど自分の支えとなっているか。彼女がどんなに高潔な人物であるか。カトリーナが言うような悪事を働くようなひとでは絶対にないと。

 息子は真摯に、必死に、彼女を救いたいと切々と文字を書く。

 侯爵は、息子にその紙を差し出されると、そこに書かれた訴えを読み、まず絶句。

 そしてアクスルを、信じられないものを見る目で見つめると、なんとそれをその場で破り捨てた。

 思いのたけをつづった手紙を、見るのも汚らわしいというように床に叩きつけられたアクスルは、言葉を失くす。彼の父は、そんな彼を真っ赤な顔で怒鳴りつけた。


「つまりお前はあの女に心を奪われ利用されたのだな⁉ カトリーナの言う通りではないか……! なんという情けないやつ……それでもわたしの息子か⁉」


 その言葉は、まさに父自身のことではないかと思ったが……アクスルは、痛感した。

 この男は確かに自分の父親だが、彼が自分に傾ける情は、カトリーナよりも下。

 その女が違うと言えば、自分の言葉などゴミのように扱われるのだということを目の当たりにしたアクスルは、瞳を閉じて息を吐く。

 薄々分かっていたことだが、こうして思い知らされるとつらいものがあった。


 取り付く島もない侯爵の反発を見て、状況に危機感を抱いた王太子は急ぎ侯爵に会いに来た。

 本来なら、目下である侯爵が王城に出向くべきだが、エルフリーデはアントンにとっても友を救う大切な《神託の花嫁》。体面を気にしている場合ではなかった。

 彼は侯爵を説得し、第三騎士団のほうにも再調査を命じたが。

 しかし侯爵は頑なに、法を盾にアントンの口出しを拒んだ。

 これは侯爵家で起こった事件なのに、なぜ王家が干渉してくるのだと言われては、王太子らも手を出し難い。

 それでも食い下がる王太子を、侯爵は一見丁寧にもてなしながら、しかし、首を縦にはふらなかった。


「侯爵……エルフリーデ嬢は、けしてあのようなことをするような令嬢ではない。これにはなにか事情があるはず」

「お言葉ですが殿下。殿下はそのエルフリーデ嬢のいったい何をご存じだというのにですか? たかだか子爵の娘。高貴な殿下は、交流などなかったはずです。どんな娘なのかなど、殿下に本当にご判断できますかな?」


 そう指摘された王太子が言葉に詰まると、侯爵は自信を見せて断言。


「片や、わたしとカトリーナは、わたしが妻を迎える前からの付き合いです。もう三十年近く共におります。あれのことはわたしがよく分かっております。愚かなところもありますが、気立ては優しい女なのです」


 それをのちに聞いたアクスルは、あきれてものも言えなかった。

 それだけ長くいてもまだ、父はカトリーナの悪辣な本性には一つも気がついていないのである。

 それだけカトリーナが、父の心をつかみ、巧みに動いてきたのだろうが……それにしたって。父は人を見る目がなさすぎる。

 この時点で、アクスルは父に対して何かを期待するのを諦めた。

 あの男は情人を守るばかりで、真実を見ようという気がない。

 そして、この件が、息子の命にもかかわるということに対しても、楽観的すぎる。

 王太子があの娘は、《神託の花嫁》で、確かにアクスルの呪いを退ける力があったのだと言っても。侯爵はそれを一蹴。


「そもそも、その神託というものがずいぶんあいまいではありませんか。本当にその娘なのですか? 殿下、あの女は罪人です。天の女神が、恐れ多くも善良な民を傷つけるような娘を《神託の花嫁》などに選んだりするでしょうか? これはわたしの姪であるリシェルが言っていたことですがね、リシェルは自分こそが本物の《神託の花嫁》だというのです。あの女を《神託の花嫁》だと言っているのは殿下だけです。きっと他の女神の季節に生まれた娘にとて同じ力がございましょう。なぁに、相手はたかが子爵家の娘です。取り換えてしまえばいいだけのことでしょう。罪人はすぐにでも処罰してください」


 この話し合いの場にはアクスルは同席していなかったが、彼は父のこの言葉を伝え聞いて、完全に父との決別を決意した。

 あの男は情人のために息子を切り捨てた。

 ならば、自分もそうするだけである。


 ただ、エルフリーデを救うために彼らが動きはじめると、ある困った事態が発覚する。

 エルフリーデに不利な証言をした者たちが、皆いつの間に邸から消えていた。

 彼らには法廷での証言の義務があり、現在は王都から離れることは禁じられている。にもかかわらず、彼らは第三騎士団での証言後、すぐに姿を消していたのである。

 カトリーナに聞いても、知らないの一点張り。それどころか、調査をする彼らのことを侯爵の耳に入れ、また激怒させた。

「我が息子でありながら、父の愛する者を疑うのか⁉」と。……話にならなかった。

 父は感情的になり、情人をかばうばかりで、冷静な判断力を失っていた。

 自分の情人を疑うことは、彼への侮辱だと息子を罵り、徹底抗戦の構え。

 しまいには、「カトリーナを邸に置いておいては、お前に何をされるかわからない!」などと言って、彼女をどこかへ連れ去ってしまう。

 おそらく、どこかの客亭にでもかくまっているのだろうが、これは困ったことになった。当事者不在で調査が進まねば、彼らはエルフリーデを救えない。彼女と会えなければ、そのうち彼自身も命を落とすのである。

 おまけにどこから聞きつけたのか、王太子に普段からあたりの強い第二王子、第三王子がここぞとばかりに侯爵を支持した。彼らはこの状況に、王太子の権威失墜という利を見たのだろう。彼らの後押しで第三騎士団もより横柄になり、信じがたいことに、『被告人が牢獄内で暴れていて調査が全然進まない』などと言ってはばかる。

 それは明らかに、エルフリーデの拘留を引き延ばし、アクスルと接触させないための言い訳。

 アクスルは、自分が呪いで死ぬことを、多くの者が望んでいることを察する。

 これには、彼は憤った。

 王太子を守り、その盾となって命を落とすのならば本望と思ってはいたが、この状況ではとても死んでもいいとは思えなかった。

 愛する彼女が冷たい牢獄にいるというだけでも許しがたいことなのに、このままでは、自分や王太子を陥れるために利用されたエルフリーデが、汚名を着せられたまま処罰されてしまう。

 もし、彼女にカトリーナへの殺意があったと認定されてしまったら、彼女はきっと命すら危ない。

 アクスルは、どうあっても生きなければならないと炎のように思った。

 彼女を置いて、呪殺などされている場合ではない。

 どうあっても。 




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